第22話 指名手配とアイス②

 翌日土曜日、友坂家の四人は、男の住むマンションのすぐ前にある公園にいた。家族でピクニックをしてるフリをして男の動向を探るのが自然だろうという詩織の提案で、大きな木の下にレジャーシートを敷いて、手作りの弁当を広げてくつろいでいた。いや、くつろいだフリをしていた。


 公園にはいくつかの遊具もあり、小さな子ども連れの親子のグループが数組訪れていた。子どもを遊具で遊ばせ、母親達はその付近でお喋りに興じている。


 マンションは道路を挟んでちょうど真ん前に見えている。男の住む六〇四号室のベランダには洗濯物が干してあった。男性のものらしき衣類が見える。


「待っていても出てくるとは限らないな」

 レイは少しイラついていた。


「刑事みたいね、アンパンと牛乳の代わりに唐揚げとコーラだけど」

 詩織の作った唐揚げを頬張り、コーラで流し込みながらメイが言った。


「おいおい、遊びじゃないぞ」

 アランはそう言いながらメイの頭を撫でた。台詞と動作が合わないのはわざとだ。


 派手な服を着た若い女がマンションから出て来た。

「あっ、あの女の人にも何か憑いてるぞ! 右側にピッタリくっついてる。お婆さんだ」

「えっ、そうなの⁈」


「メイ、とりあえず繋ぐから話してみて」

「うん」


 アランが素早く女に憑いている老婆の霊とメイを繋げた。


 メイが頭の中で呼びかける。

『私は友坂ともさかめいと言います。霊と交信出来ます。あなたは何故その女性に憑いているのですか』


『は、はい? ええと、私はこの娘の祖母ですが』

『何か怨みとか未練があるのですか』


『はい、実は孫は‥‥‥』

『詳しく聞きたいのでこちらへ来てください』


 メイは霊を木の下に呼び寄せた。憑かれていた若い女性は、公園を横切り去って行った。


「神の御名みなにおいて汝に命令する。メイの中に入れ」

 シートに座ったメイにアランが霊を降ろした。


「貴女とお孫さんの名前を教えていただけますか」

 アランが丁寧な口調で問うた。


「私は高田 俊子としこと申します。孫娘は麻衣です」

 メイの声で俊子が応えた。


「俊子さんはいつどうして亡くなったのですか」

「脳梗塞で半年前に死にました」


「何故お孫さんに憑いているのですか」

「‥‥‥実は、麻衣は、孫は三年前から音信不通で、私が死んだことも多分知らないのです」


「詳しくお話していただけますか」


 五年前に高校を卒業した麻衣は、美容師を目指して北海道から上京した。美容学校に通っていたはずの麻衣と音信不通になったのはその二年後の事。


 学校は二年で卒業するはずだったので、仕送りは二年間続けたが、その後パッタリと連絡が取れなくなった。住んでいるはずの学生アパートにも不在で、電話もメールも繋がらなくなった。


 麻衣と連絡が取れなくなってから二年半後に俊子は脳梗塞を患い亡くなった。連絡が取れないので、麻衣を葬式にも呼ぶこともできなかった。


 そして、今度は麻衣の父親が癌に冒され、余命三ヶ月と診断された。


 俊子の未練はたった一つ、父親が死ぬ前に麻衣に会わせたいという事だった。


「私は死んだら、やっと麻衣に逢えました。でも麻衣はキャバクラで働いていて、しかもとんでもない男と一緒に暮らしているのです」


「とんでもない男とは?」

「九州で轢き逃げ事件を起こして逃げ回っていて、指名手配されている男です」


「轢き逃げで指名手配⁈」

 レイが驚いた声を上げた。


「は、はい」

 俊子は、レイのテンションに怯えた声で応えた。


「麻衣さんの部屋は六〇四号室ですか」

 続けてレイが問う。


「えっ、どうしてそれを?」


 前日メイとレイが後をつけた男が、俊子の孫と同居しているようだ。マンションの六〇四号室には、二人の男女が暮らしていて、それぞれに霊が憑いているということになる。


「男の名前は分かりますか」

「ええっと、確か、本名は八村、八村昌一、だったと思います」


 アランはすぐにスマホで検索した。九州大分県で轢き逃げをして指名手配になっている八村 昌一しょういちはすぐにヒットした。レイに見せるとわからないと言った。男はサングラスをかけマスクもしていたので、ほとんど顔は見えなかったのだ。


「俊子さん、いかがですか」

 アランはスマホを俊子が降りているメイにも見せた。


「目はこんなに細くないです。クッキリ二重ですよ」

 指名手配の写真の八村の目は、細い一重瞼だ。


「でも鼻から下はこんな感じです。鼻が高くて唇は薄い。はい、目を除けばこの男です」

 スマホの画面に手を伸ばし、指名手配写真の目の部分を指で隠すと、メイの声で俊子は断言した。


「目を整形したんじゃないかしら。二重手術はすぐ出来るから」

 詩織もスマホを覗き込んできた。


「そうか、一重が二重に変わるだけでずいぶん顔つきが変わるからな」

 アランは詩織の髪を撫でた。


「指名手配されてるなら、警察に通報すればいい。今、その男は?」

「部屋にいます。さっき娘が出た時はいました。大抵娘の部屋にこもってます」


「警察に通報するなら、光輝こうきのお父さんにしたら?」

 レイは先月仲良くなった友達の名前を出した」


「そうだな、じゃそれはレイに任せるよ」

「うん!」


「先程、本名は、とおっしゃいましたが、偽名を使っているのですね」

「はい、田中まさと、いやまさしかなぁ、娘はまさくんと呼んでます」


「本名を何故知ってるのですか」

「ああ、あの男に憑いている幽霊さんに話を聞いて。その幽霊さんがあの男に車で撥ねられたのです」


「指名手配犯と分かっててかくまっていたら、お孫さんも罪に問われるのでは?」

 詩織が心配そうに呟いた。


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