TOO RATE TO DIE〜札束で殴り合うスポーツ〜

北 流亡

TOO RATE TO DIE

 高山早太は、アタッシュケースを乱雑に置いた。

 黒服が、中身を検める。


「確かに、1億円入っております」


 金本卓造は、革のソファに背を預けると、表情筋を歪めるように笑う。


「貧乏人風情が、よく用意できたな」


 早太は金本の顔に唾を吹きかける。黒服が飛び出ようとするのを、金本は手で制した。早太は金本を見下ろす。


「この金は別にくれてやってもいい。俺は、お前が破滅するならなんだってやる」

「いいねえ、活きが良い若者は嫌いじゃないぞ。せいぜい楽しませてくれよ」


 早太は、淡々とした足取りで部屋を出ていった。


「卓造様……」

「良いんだ。どうせあと数分の命だ」


 金本は窓から下を眺める。そこには広大な空間が広がっており、闘技場と、取り囲むような観客席が広がっていた。数万人の観客が、これから始まるを今か今かと待ちわびていた。


 エスコンフィールド北海道の地下20mに広がる、裏エスコンフィールド北海道。そこで定期的に裏世界のスポーツ「モクシング」が行われていた。

 専用のグローブで殴り合う。立てなくなったほうが負け。ルールがそれだけの単純明快なデスマッチだ。


 早太が、白虎の門から出てくる。観客の歓声が巻き起こる。


「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 絶叫が、会場に谺する。早太は意に介さずまっすぐに闘技場の中央まで進む。

 2m近い大男が立っていた。アンドリュー・ジェイムズ・キングとアナウンサーが叫んでいた。全身が鎧のような筋肉で覆われていた。格闘技の心得があることは一目でわかった。

 早太は少しも臆しなかった。このスポーツが、体格の差だけで優劣が決まらないと知っているからだ。


「ラウンド1、ファイッ!」


 審判が両手を交差させる。

 アンドリューはすぐに飛び出してきた。ジャブ。顔に飛んでくる。ガードして、早太は僅かに顔を歪めた。パンチが重い。

「モクシング」は、試合に使用するグローブに大きな特徴がある。戦闘前に課金をして、その紙幣のに応じて、グローブの威力が上がるのだ。

 ただのジャブであった。しかし、鉛の塊をぶつけられたと錯覚するほど重かった。


「5億」


 アンドリューは早太にだけ聞こえる声で呟いた。それが、金本がこの試合に費やした課金額なのだろう。

 アンドリューは次々とジャブを繰り出す。早太は、かわすか、受け流すように努めた。パンチのひとつひとつが致命傷になりかねない。

 大振りのフックが来た。掻い潜る。同時にストレートを放つ。拳は、綺麗に顎を打ち抜く。アンドリューがニヤリと笑う。早太はバックステップする。


「お前、いくら課金したよ」

「400万円だ」


 アンドリューは口元を緩め、更に激しく攻撃する。

 ガードをした早太の顔が歪む。


「威力が……上がっている?」


 アンドリューは肩を竦める。


「そうだ小僧。それが俺の特殊能力ギフト造勢ペイタックス』だ。時間が経つにつれて、攻撃の威力が、3%、5%。8%。10%と増加していく」


 早太の額を汗が流れる。


「お前もギフト持ちなのか」

「そうだ、隠しているつもりは無かったがな」


 アンドリューは一歩で間合いを詰めてきた。顔。そちらは囮だった。早太が腕を上げた瞬間に、拳が脇腹に突き刺さっていた。みしみしと、骨が折れる音がした。早太の口からくぐもった声が漏れる。

 早太は膝をついた。しかしレフェリーは止めない。これはボクシングではなくモクシングだからだ。


「なあアンタ……アンタほどの腕なら表の世界で頂点を取ることだって出来たはずだ……どうして金本なんかの奴隷をやってるんだ……」


 アンドリューは両手を広げた。


「奴隷じゃないさ、ビジネスパートナーと言ってくれ。金払いの良いところに流れるのは普通のことだろ?」

「それほどの技術、金だけのために身につけられるもんじゃないだろ……」


 早太は息も絶え絶えに言う。アンドリューの脳内に今までの人生が再生される。両親に捨てられ、盗みをして食いつないだ幼少期。不良や大人との喧嘩は日常茶飯事だった。そんなとき、アンドリューを拾ったのは過去に幾人ものチャンピオンを育て上げた名トレーナー、フレディ・ドーン。フレディはアンドリューを一目見るなり言った。「その手で夢を掴める手だ」と。そしてアンドリューはジムのドアを叩き――


「なに呑気に回想してるんだよっ」


 早太は距離を詰めていた。ストレート。まっすぐにアンドリューの顔に伸びる。ガードする。アンドリューは体が浮き上がり、観客席まで飛んで行った。

 会場に悲鳴が響き渡る。全員が、何が起きたのか理解してなかった。


「俺のギフト『猟牙柄エクスチェンジ』だ。俺が触った紙幣は、30分経つとリヤルに両替される」


「モクシング」のグローブは、課金した紙幣のに応じて威力が上がる。

 つまり1万円=280リヤルなので、威力が280倍になったのだ。


 観戦していた金本の背中に冷たいものが走る。


「まさか……あいつもギフト持ちだったとは……」


 金本は拳を強く握りしめる。

 早太は、闘技場から金本の姿をしっかりと見ていた。


「クソ……若造が……。次こそは最強の刺客を用意してその体を八つ裂きに――」


 早太は、金本に歪んだ笑みを見せる。


「もう遅い」


 爆発。金本の背後で起きた。アタッシュケースが破裂し、金本の体を木っ端微塵にした。中に入っていた1億円が280倍に膨れ上がったのだ。

 ガラスに、血肉が張り付く。


「その1億円はくれてやるよ」


 早太は、淡々とした足取りで会場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TOO RATE TO DIE〜札束で殴り合うスポーツ〜 北 流亡 @gauge71almi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ