第33話 新たな刺客

 ともかく、やれるだけの事はやっておこう。

 上空をにらみ、王都に飛来したドラゴンの集団を見据える。

 ドラゴンは最強クラスのモンスターであり、一匹だけでも人間にとっては脅威だ。それが十数体もいる。

 あんなのが王都に降りてきて、暴れ回ったら……間違いなく王都は滅ぶだろう。魔族どもの狙いはそれか。


「無限覇王剣、奥義……『旋風』、閃光斬……!」


 剣を抜き、両手で握り締め、闘気を込める。

 『力』を注入され、ブルブルと震える剣を押さえ込み、上空に向けて、振るう。

 奥義『閃光斬』の派生技の一つ、『旋風』。闘気の刃を巻くようにして上空へ放つ、対空技だ。

 闘気の刃が閃光となり、光の刃が空間を占拠し、薙ぎ払う。


『ギャアアアアアアアアア!』


 空から飛来したドラゴンどもの巨体が真っ二つになり、どす黒い血を噴出させながら、落下していく。

 今ので一〇体ほど倒したぞ。だが、新手が次々と飛来してきている。一体全体、何体ぐらい攻めてきているんだ?


 巨大で凶悪なドラゴンが、一体でも王都に降り立ってきたら、それだけで王都は壊滅状態となるだろう。

 ドラゴンどもの破壊力、攻撃力は半端じゃない。どうにかして連中の王都への降下を防がなければ……。


 即座に移動し、ドラゴンどもが射程距離に入る位置まで走る。

 俺一人にできる事など限られているが、それでも精一杯、やってみようと思う。魔族連中なんかの好きにさせてたまるもんか。


 最初に飛来したドラゴンどもは茶色だったが、やがて赤い皮膚をした連中が降下してきた。

 レッドドラゴン。竜種の中でも上位、最強クラスに君臨する種族だ。レッドドラゴンの大型種は皇帝竜インペリアルドラゴンなどと呼ばれていて、過去には魔王と同格以上の力を持つとされる『竜王』を名乗る者も存在していたという。


『ゴアアアアアアアア! 死ね、人間ども!』

「……冗談じゃねえぜ……!」


 急降下してきた巨大なレッドドラゴンと対峙し、冷や汗をかく。

 頭の中に直接、声が聞こえてくる。コイツらも『黒竜帝』とかいうのと同じく念話が使えるのか。

 それにしてもやたらとでかくて、すさまじい圧を感じる。全身から高熱を発していてマグマの塊みたいな竜だな。こんなのと剣一本でやり合うなんて、正気の沙汰じゃないぜ。

 だが、まあ……実家を襲ってきた、あの黒い竜よりかはマシかな? あいつはマジでやばかった。冗談抜きで死を覚悟したからな。あそこまで邪悪ですさまじい力を持った相手と遭遇したのは初めてだった。


「『旋風』、閃光斬!」


 『閃』の技の奥義を、上空に向けて放つ。

 先頭で降りてきたレッドドラゴンの巨体を真っ二つにして仕留めたが、他のドラゴン達が、俺の剣の射程外へと降下していくのを見やり、冷や汗をかく。


「ああくそ、みんな同じ場所に降りてこいよな!」


 王都は広い。強大な力を備えたドラゴンが王都の各所に降り立ったとしたら。

 王国騎士団や王都警備隊、冒険者を総動員しても、対処しきれないのかもしれない。

 だが、できる限りの事をするしかない。一匹でも多く、降下してきたドラゴンどもを仕留めて……。


「……そこの人間、待て。貴様が『無限の剣士』だな?」

「!?」


 不意に声を掛けられ、ギョッとする。

 そいつはフラリと、なんの気配も感じさせずに、通りの片隅に現れた。

 漆黒のマントとローブ。顔には白い仮面を被っている。

 かなりの長身で、成人男性の一・五倍ぐらいの背丈をしていた。異様に長い腕をしていて、その先端には鉤爪のような指を生やした、ゴツイ両手がぶら下がっている。

 姿形も異様だが、なによりもまとっている気配が普通じゃない。

 このゾッとするような禍々しい気配に、強烈な存在感と殺気は……人間じゃないな、コイツ。


「私の分身や、部下が世話になったようだな。おかげで貴様の存在を知る事ができたのだから、無駄ではなかったが……」

「……!」


 分身に、部下だと? それはもしかして、街中で襲ってきた連中や、王都の周辺に強力な魔物を出現させていたヤツの事か?

 つまりコイツが、一連の事件の黒幕か。そして間違いなく、魔族。

 しかも下っ端などではなく、それなりに高位の魔族か。


「俺を狙っている連中の、黒幕はお前か?」

「さて、そうなるのかもしれぬな。もっとも、貴様を……『無限の剣士』を狙っているのは、我ら魔族全軍でもある。私が黒幕というのは正しくない表現なのかもな」


 なんだそれ、面倒くさいな。

 コイツ以外の魔族も、俺を狙ってるっていうのか? 俺が受け継いでいる剣技は、衰退しまくっているマイナー剣技なのに、どうかしてるぜ。

 一般的には他のメジャーな剣技が広まっているはずなのに。『神聖剣皇流』とか『王道神明流』とか。

 なぜ、『無限』の剣を……覇王剣をそこまで警戒するんだ? 他の流派にはない、なにかがあるのか?


「まあ、なんだ……とりあえず、死ね」

「!?」


 仮面の黒装束が異様に長い右腕を持ち上げ、ゴツイ掌を俺に向けてくる。

 刹那、掌から黒い稲妻のようなものが放たれ、俺を襲う。

 暗黒系の魔法攻撃か? すさまじい速度と威力だ。まばたきでもしていたら、脳天を貫かれていただろう。

 既に剣を抜いていた俺は、反射的に防ぐ事ができた。

 闘気を込めた剣を振るい、ヤツが放った謎の魔法攻撃を剣で受け止め、弾く。


「……貴様、本当に人間か? 今の攻撃、魔族でも反応できる者は滅多にいないというのに……」

「不意打ちを受けるのには慣れているんでね。あんたら魔族はそういうのが得意だよな」

「……」


 ヤツが被っている白い仮面にある切れ長の目が、さらに鋭く、細くなったように見えた。

 あれって、仮面に開いているのぞき穴とかじゃなくて、あいつの目だったりするのかな? どうでもいいけど。

 魔族というのは、人間とは根本的に違う存在なんだ。衣服や装飾品も含めてそいつの身体だったりするし、見えている姿全てが幻だったり、魔力の塊という場合もある。

 非常に戦いにくい相手だが……幸いにもというか、俺が継承している『無限覇王剣』は、そういった特殊な存在である魔族を斬る事に特化した剣技なのだ。元を正せば、非力な人間が魔族と戦うために生み出されたものらしいので。

 相手が魔力の塊だろうが思念体だろうが幻影だろうが、斬る事ができる。それが『無限』の名を冠する流派の特徴だ。

 それが理由で魔族から狙われているのかもしれないな。もっとも、現代において魔族と戦う術を持つ剣技は、『無限』の流派以外にもあるはずだが……。


「我が名はミスドメスト。誇り高き魔族の戦士なり。無限の剣士よ、貴様の名はなんという? 殺す前に聞いておこう」

「グランド・リークだ。別に覚えてくれなくてもいいけどな」


 ミスドメストと名乗った魔族は仮面の口を歪めてククッと笑い、再び長い腕を持ち上げ、右手を俺に向けた。

 刹那、腕そのものが伸びて、鋭い爪を備えた大きな手が襲い掛かってくる。

 剣に闘気を込め、鉤爪みたいな指をガキン、と弾く。

 恐ろしく速く、重い攻撃だ。込めた闘気が少なかったら剣を折られていた。


 ……厄介な相手だ。魔法攻撃のみならまだしも、肉弾戦も得意なのか。

 正面からまともにやり合うのは危険かもしれないな。こうなったら……。


「相手をしてやりたいのは山々だが、今日はちょっと忙しいんだよな。悪いけど、勝負は後日改めてって事にしてもらえないか?」

「なにを言っておるのだ? 我が貴様を逃がすとでも……」

「『旋風』、閃光斬!」

「!?」


 剣を振るい、下から上へと巻き上げるようにして、閃光の刃を放つ。

 魔族は、魔法障壁を張って防いでいた。さすがにこの程度じゃ倒せないか。

 だが、ヤツの動きを止める事ができたぞ。今のうちに……!


「ふん、この程度の攻撃で我を倒せるとでも……おい、どこへ行く?」

「忙しいので、後でな! あばよ!」

「ま、待て、『無限の剣士』! ふざけるな!」


 魔族をその場に残し、全力疾走でヤツから離れる。

 ふざけてなどいない。俺は大真面目だ。

 今は、あいつとやり合うよりも、王都の各所に降下したレッドドラゴンを倒す方が先決だ。

 あの魔族は黒幕なのかもしれないが、どちらの方が街に大きな被害をもたらすのか、考えるまでもない。

 まずはドラゴンだ。魔族とやり合うのはその後でもいい。


「ま、待たぬか、『無限の剣士』! 敵に背を向けて逃げ出すとは正気か!? 正々堂々、我と戦え!」


 うるさいなあ。魔族が正々堂々とか言うなよな。

 心配しないでも、後で相手をしてやるさ。

 俺としても黒幕を逃すつもりなんかはさらさらないからな。

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