第34話 狙われる理由

 王都の各所には、王都警備隊の兵士や王国騎士団の騎士達、そして冒険者ギルドの冒険者達が出張ってきていた。

 人間に憑依していた異形の怪物達を倒し、空から飛来したドラゴンどもと戦っている。

 さすがは王国の中心地である王都だけあって、腕の立つ戦士が多数集まっている。剣士だけではなく、弓使いや槍使い、それに魔法使いもいて、巨大なドラゴンを取り囲み、攻撃を加えていた。


 おお、さすがは大都会、王都だな。かなりの戦力が集まってきているじゃないか。

 レッドドラゴンが相手では楽勝とまではいかないが、割と善戦している。彼らに任せておけば大丈夫か?

 ……ちょっとだけ、手助けしておくか。


「奥義、『疾風』、閃光斬……!」


 通りすがりついでに剣を振るい、ドラゴンの巨体に斬撃を叩き込んでおく。

 胸部に闘気の刃を受けたドラゴンは、鉄よりも硬い皮膚が裂け、どす黒い血を噴き出していた。


「あとはよろしく」

「グ、グランド様!? すみません、助かりました!」


 俺の顔を知っているらしい騎士の一人が声を掛けてきて、俺は彼に軽く手を挙げて応えながら、その場から離れた。

 ここは彼らに任せておけばよさそうだな。次へ行ってみよう。


 全力疾走で通りを駆け抜けていく。一応、基礎訓練は欠かさないようにしているし、それなりに鍛えているつもりではあるが、俺もいい歳だし、若い頃のように全力を出しても疲れ知らずというわけじゃない。

 明日か明後日あたり、筋肉痛で苦しむ事になりそうだな。この際、仕方ないか。


「お、おい、待たぬか! 貴様、本当に人間か? 野生の獣のような速さで移動しおって……お、おい、待てと言うのに!」


 例のミスドメストとか言う魔族は宙に浮き、俺を追い掛けてきていた。

 こっちは全力疾走だというのに引き離せない。さすがは魔族、非常識極まりない存在だ。

 俺は闘気をまとい、人間の限界を超えた速度で移動しているっていうのに……恐ろしいヤツだ。


 あいつの狙いは俺だ。つまり、俺がこうして逃げ回っている間は、他の者が襲われたり、王都が攻撃される心配はないはずだ。

 街中で暴れている異形の怪物やドラゴンどもをある程度片付けてから、あいつの相手をしよう。

 被害を最小限に抑えるには、それがベストのはず……。


「ええい、待てコラ! 貴様だけは、我が葬ってくれるぞ! 我ら魔族の宿敵め……!」


 しつこく追いすがってくる魔族を引き離す事ができず、さすがにイラッとしてくる。

 なんなんだ、コイツは。どうしてそこまでしつこく俺を追い掛けてくる。いい加減にしてくれ。

 俺が継承している剣技、『無限覇王剣』は対魔族に特化したものだが、衰退しまくっているマイナーな流派だ。

 魔族が脅威に感じるほどのものではないはずなのに……なぜそこまで固執するんだ?


「とぼけおって……元を正せば、貴様の一族のせいだろうが!」

「!?」


 俺の一族のせいだと。なんの話なんだ?

 首をかしげた俺に追いすがりつつ、ミスドメストが語り掛けてくる。


「かつて、我ら魔族がこの世界を支配しようとした際、立ちふさがってきたのは、貴様ら『無限の剣士』だった」

「……」

「『無限の剣士』どもは人間の領域を超えた剣技を振るい、我ら魔族の戦士達を討ち滅ぼした。当時の魔王ですら、『無限の剣士』に倒されてしまったと聞いている」

「……」

「人間の寿命は短い。数百年の時がすぎ、もはや『無限の剣士』の一族は滅んだかに思えた。そんな時、一人の魔族が……魔王軍でも幹部クラスの者が、人間の一族を滅ぼそうとした。来るべき、魔族の大侵攻に備えて」

「……」

「魔族の脅威が去ってから数百年、人間どもは完全に油断していた。武術に長けているという辺境を治める貴族とやらも、魔王軍幹部の相手にはならず、あっさり滅ぼされた。だが、そこへ……貴様ら人間どもの一人が、恐るべき戦士がやって来た」

「……」

「『無限の剣士』。そいつは魔王軍の幹部を務める高位の魔族をあっさりと始末してしまった。十数年後、ようやく見付けたそいつを我らが同士である暗黒竜、『黒竜帝』が襲ったが、返り討ちにあってしまった。恐るべきは『無限の剣士』よ。我ら魔族が活動を再開する上で、貴様こそ最大の邪魔者だ。魔族全軍の総力を結集して滅ぼすしかあるまい……!」

「……」


 なんか無茶苦茶言ってるな。それが俺を狙う理由なわけか。

 というか、十数年前に、魔族の一人が起こした事件が元凶だっていうのか? だとしたら、それは……。


「……グランドさん? 今の話って……」

「!?」


 街中を移動しているうちに、別行動を取っていたシェリルと鉢合わせてしまった。

 レッドドラゴンの一体を倒していたシェリルは、魔族に追われながら現れた俺を見て、驚いている様子だった。

 いかん、今の話を聞かれたか? シェリルには知られたくなかったのに……。


「グランドさんが魔族に狙われているのは、私の実家を襲った魔族を倒したからだったのですか? だとしたら……魔族に狙われているのは、私のせい……?」


 愕然とした様子で呟いたシェリルを目にして、俺は歯噛みした。

 いや、そうじゃない。そうじゃないぞ、シェリル。


「違うぞ、シェリル。君のせいなんかじゃない」

「えっ? でも……」


 戸惑うシェリルに言い聞かせるように、俺は彼女に告げた。


「君のせいじゃない。悪いのはあの時、君の実家を襲った魔族の方だ。魔族側にも事情や理由があったのかもしれないが、仕掛けてきたヤツの方が悪いに決まっている」

「で、でも……あいつを倒したせいでグランドさんが……」

「仮にそうだとしても、君のせいじゃない。なんの罪もない、君の一族を襲った、あいつが悪い。あのクソ野郎を斬ったせいで狙われているのだとしたら、むしろ本望だよ。後悔なんてしない」

「……」


 そういう事だ。俺は一度も後悔なんてしていない。

 後悔があるとすれば、あの日あの時、もう一日早くあの地を訪れていれば、シェリルの家族を救えていただろうという事だ。

 当時、修行中だった俺は、一人きりで世界中を旅して回っていた。

 旅の途中で、過去に自分の一族と交流があったという、辺境の地を治める貴族を訪ねてみようとしたんだが……一日、遅かった。

 邪悪な魔族により、辺境の地は火の海となり、貴族の屋敷は炎に包まれていた。

 俺が屋敷に飛び込んだ時には、既に貴族や屋敷に仕える者達は魔族によって皆殺しにされた後だった。

 唯一、生き残っていたのは貴族の娘と思われる幼い少女だけだった。そして、そこには異様な姿をした人外の者がいた。

 そいつが屋敷を襲った張本人であり、人間ではなく魔族であるというのが直感的に分かった。

 魔族はその長い腕を伸ばして少女の首根っこをつかみ、俺に告げた。


「ククク、動くなよ、人間の剣士。少しでも動けば、この幼い人間の子供をバラバラに切り刻むぞ」

「……」

「剣を捨てろ。嫌だと言うのなら、この人間の子供を殺すぞ」

「……分かった。捨てるよ」


 どうせ、言う通りにしたところで、俺も人質の子供も殺すに違いない。ヤツの態度からそれが分かった。

 分かっていたので、とりあえず言う通りにした。

 そして、ヤツを……バラバラに切り刻んでやった。卑怯とかなんとか言っていた気がするが、知るもんか。子供を人質に取っておいて、なにが卑怯だ。殺されても当然だろう。


「あの時、グランドさんが使った技が、覇王剣の奥義、『閃光斬』……私はずっと、あの技を修得すべく、剣の修行を続けてきたのです……」


 そうだったのか。まさか、事件当時あんなに幼かったシェリルが、俺が魔族を倒した技を覚えていたなんて……夢にも思わなかったな。

 天涯孤独の身になったシェリルは孤児院で育ち、一〇歳ぐらいに成長した頃に、俺のところへ剣術を学びに来たんだ。

 両親を、家族を皆殺しにした魔族に復讐するために。魔族に対抗できる剣技を身に着けるために。

 俺のところで基本的な修行を終えた後、冒険者となって、さらに腕を磨いたんだな。冒険者としてはトップクラスのSランクまで昇りつめ、『白銀の閃光剣』という二つ名で呼ばれるまでになったのか。


 シェリルと鉢合わせ、足を止めた俺に、例のミスドメストとかいう魔族が迫ってくる。


「ようやく観念したか、『無限の剣士』よ。貴様だけは逃さぬぞ。我がこの手で仕留めてくれるわ……!」

「俺が狙われている理由は分かったが……王都を襲うのはなぜだ? まさか、俺を殺すためじゃないよな?」

「王都攻略は、以前から計画していた事だ。そこへ貴様が現れた。貴様が我らの計画を知れば邪魔をするに違いない。なので、ついでに片付けてやろうと考えたのだ」

「俺はついでなのかよ。ついでで片付けられちゃたまらないな」


 俺を殺すために王都を襲ったわけじゃないのか。それについてはちょっと安心した。自分のせいでこんな大がかりな侵攻をされたんだとしたら嫌すぎるよな。


「我にとっては、王都攻略も、貴様を仕留める事も、同等の重要な案件だ。特に貴様は、絶対に殺す。覚悟しろ!」

「……うれしくない特別扱いだな」


 どうあっても俺を仕留めるつもりらしいな。

 そういう事なら、受けて立つしかないか。

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