第3話 出会い
澪がこの村に来てから
もうすぐ一週間が経とうとしていた。
朝、目を覚ますと
小鳥のさえずりと風の音が耳に届く。
扉を開ければ
木の香りがする外の空気に包まれる。
「澪ちゃーん、おはよう!」
ふわふわの耳とクルクルの角。丸いしっぽを持つ、隣に住むおばあちゃん
――ミレーネさんが、今日も元気に手を振ってくれる。
「おはようございます、ミレーネさん。」
「はい、これ。今朝焼いたパン。余ったから、食べてちょうだいな。」
差し出されたカゴの中には、香ばしく焼きあがった小さなパンがいくつも入っていた。
どこか懐かしい匂いに、澪の胸がじんわりとあたたかくなる。
「ありがとうございます……。でも、私、こんなに――」
「んまぁ、遠慮なんていらないよ。
ここは“分け合う”のが当たり前なの。困ってる人に手を差し伸べるのはね、獣人としての誇りなのよ。」
ミレーネさんの言葉に、澪は何も言えなくなって、代わりにパンを抱きしめるようにして、何度も「ありがとう」と言った。
――――――――――――
午後には、近所の子どもたちが澪の家の前で遊んでいた。
「みおー!あそぼーっ!」
「みおの髪、ひらひらしててきれー!」
ふわふわの耳としっぽを揺らしながら駆け寄ってくる子どもたち。
澪は最初こそ戸惑っていたけれど、すぐに笑顔になって、小さな子のしっぽにリボンを結んであげたり、石でできた将棋のような遊びに付き合ったりしていた。
「……なんだか、不思議。
異世界なんて、怖いと思ってたのに……。」
気づけば澪は、心から笑っていた。
どこか懐かしい、だけど現実のどこにもなかったようなやさしい時間が流れていた。
――――――――――――
ポツ、ポツ――
空から落ちてくる雨粒が、草木の葉を打ち、地面に優しく沁みていく。
「……あれ?おかしいな……。」
澪は薄いケープのフードを深くかぶりながら、森の小道を見回した。
ミレーネさんに頼まれて、いつもの薬草を採りに来た帰り道――
気がつけば、村へ戻る道がわからなくなっていた。
「……こんなに奥に来たつもりなかったのに。」
周囲に広がるのは、どこも同じような木々と獣道。
空気はどこか重く、雨足も少しずつ強くなっていく。
と、風にまぎれて、かすかな音が耳に届いた。
――ごそっ。
「……?」
足元の茂みから聞こえた音に、澪は思わず身を固くする。
でも、その音の主は――
「……ひと……?」
倒れていたのは、銀色の髪と、濡れた大きな耳を持つ、獣人の青年だった。
体を丸めるようにして、薄く震えている。
服も泥だらけで、呼吸はかすかに聞こえるほど弱々しい。
「……あの、だいじょうぶ……ですか?」
澪がそっと近づいて声をかけると
その青年はゆっくりとまぶたを開けた。
ぼんやりとした金の瞳が、澪の姿を映す。
けれど、言葉を返すことはなかった。
「……動けませんか?あの、わたしの家、すぐそこなんです。連れていきますから……安心してください。」
雨の中で震える彼の体を、澪は自分の肩に必死で抱えかける。
小柄な澪の身体では支えるのもやっとだったけれど、それでも放っておけなかった。
この世界に来て、誰かに助けられた。
今度は、自分の番だと思った。
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