第2話 人ではない
「……っ、く……ぅ……。」
まぶたが重たい。
どこか遠くで、鳥のさえずりのような音がしていた。
目を開けると、広がっていたのは
――相変わらずの見知らぬ森の景色。
「……やっぱり、夢じゃないのかな……。」
状況がうまく飲み込めないまま身体を起こそうとするが、全身がだるくて力が入らない。
それでもなんとか上半身だけを起こすと
ふと――すぐそばに“誰か”がいた。
草むらの奥から、静かにこちらを見つめる瞳。
それは人のようで、人ではない。
柔らかそうな毛並みの耳が頭に、しなやかな尻尾が腰に揺れていて、
思わず澪は息を飲んだ。
(なに……? 動物? 人……?)
混乱する澪のそばに
その“存在”はゆっくりと歩み寄ってくる。
「だいじょうぶ……?」
その声はやさしく、そして言葉が分かった。
すぐにもうひとり
――同じような獣人が現れる。
小柄な体格で、目の前の男の子と同じような耳と尻尾を揺らしながら、こちらに駆け寄ってきた。
「この子、人間……?本物、初めて見た。」
「きっと、どこかから来たんだ。迷子かな……。」
彼らは言葉を交わしながら、澪の様子を覗き込んだ。
恐怖よりも、不思議と“安心感”が勝ったのは、
その目がどこまでもやさしくて、澪のことを傷つけようとする気配がなかったから。
「とりあえず、村に連れて帰ろう。体、冷えちゃってる。」
「うん、きっと長くここにいたんだ……。」
ふたりの獣人に支えられ
澪はそっと立ち上がる。
まだ頭はふらふらしていたけれど、温かな体温が寄り添ってくれるのが心強かった。
(ここ……どこなの……? 私……どうして――)
問いは胸のなかでぐるぐると渦を巻いたまま。
だけど今は、この不思議な世界に、澪は小さく身を委ねた。
――――――――――――
森を抜けると、目の前にはこぢんまりとした村が広がっていた。
木でできた家々が並び
遠くには山が
足元にはやわらかい草の道が続いている。
どこを見ても、自然に溶け込むように作られた風景が広がっていた。
「ここが、ぼくたちの村だよ。」
「安心して。危ない人はいないから。」
先導してくれていた獣人のふたりが、にこりと笑う。
猫のような耳と尻尾を持ちながら
彼らの表情には人間と変わらない暖かさがあった。
「……ありがとう……。」
澪はおそるおそる、けれど小さな声でそう返した。
ふたりは顔を見合わせて、うれしそうに笑った。
そのあと、澪は村の中央にある、木造の大きな建物――どうやら集会所のような場所に案内された。
分厚くて暖かい、毛布をかけてもらうと
澪の隣にいた小柄な獣人の女の子が
少し照れくさそうに言った。
「……“人間”って、話にしか聞いたことなくて…みんなビックリすると思う。
でも、お姉さんなら、きっと歓迎するよ!」
「どうして……?」
問い返すと、彼女はふわふわの尻尾を揺らしながら、静かに答えた。
「だって、すごく怖そうなのに
――わたしたちを嫌がらなかったから。」
澪ははっとして、自分の手を見つめた。
怖くて震えていたはずなのに…。
“この世界に取り残されたこと”より
なぜかこの子たちの優しさに心が揺れていた。
(でも――元の世界に、帰りたい……)
ぽつりと心に浮かぶその想い。
でも今は、それを確かめるすべもなくて。
(……せめて、ここでお世話になるなら……ちゃんと、感謝を返さなきゃ)
それが、この世界での最初の一歩だった。
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