第九話 湖底の咆哮

静寂に包まれた大湖、アル=ナイール。伝承によれば、この湖の底にはかつて龍が眠ると言われてきた。だが今、その湖に異変が起きていた。


「湖水の一部が、毒のように黒ずんでいる」


ラルファ村の長老の報告により、パーティは調査のためアル=ナイールへ向かうことになった。


「ふぅん、面白そうじゃねえか!」


タツが牙を剥き出して笑う。彼はドラゴン族の血を引く者。その力は桁外れで、興奮すれば周囲に灼熱を撒き散らす。


「暴れすぎんなよ、村ひとつ燃やす気か」

ケンタがため息混じりに言った。


「まあまあ。せっかくの調査なんだし、理性も大切にしようよ」

フェアリムが羽をひらひらさせながら嗜めた。


「私も湖の力の乱れを感じる。……何か、目覚めている」

セレスティアが目を閉じると、彼女の額に微かに光の紋が浮かんだ。


「俺は湖周辺の村を見てくる。補給線の確保も必要だ」

バンピーノは一人、南岸の村へと別行動を取ることになった。


湖の中央には、異様な黒い渦が浮かんでいた。


「これが……毒気の元か」


タツが眉をひそめる。フェアリムは風の魔法で湖上を漂う毒霧をかき分けた。渦の中心から、かすかな唸り声が聞こえてくる。


「な、なんか出てくるよ!」


湖面が裂け、巨大な影が姿を現した。濡れた鱗、目のない顔。水竜の亜種──汚染されたドラゴンだった。


「俺の出番だな……」

タツの背中から赤い鱗が現れ、瞳が爛々と輝く。


「うぉおおおおっ!!」


彼は湖に飛び込み、水面が爆ぜた。蒸気と火炎が交じる中、タツは拳で水竜に殴りかかる。魔法ではない。純粋な物理、そしてドラゴンの本能的闘争力だ。


「よっしゃ、来いよ! 俺がぶち壊してやる!!」


渦巻く水と火の激突。フェアリムは上空から援護の風刃を送り続け、ケンタは対岸で避難誘導に当たった。


セレスティアは静かに詠唱を始める。


「契約の光よ──水の瘴気を断て」


彼女の指先から純白の矢が放たれ、ドラゴンの腐った鱗に突き刺さる。瞬間、黒い瘴気が浄化されていく。


「ナイスアシストだ、姫ちゃん!」

タツが拳に炎を纏わせ、最後の一撃を繰り出す。


「龍焔──轟拳!!」


湖が割れるほどの衝撃とともに、水竜は消し飛んだ。


「いやー、最高のストレス解消だったぜ!」

タツは火照った体を冷やすように湖水を被った。


「でも……この汚染は、自然に発生したものではないわ」

セレスティアが湖の中心をじっと見つめていた。


「何かが……この地を汚そうとしている」


「奴か……」

バンピーノが戻ってきて呟いた。「北の塔で奇妙な気配を感じた。おそらく……奴が動き出したな」


「奴?」


「闇の継承者だよ。俺の先祖の、仇でもある」


仲間たちは静まりかえった。


セレスティアの光が、タツの炎が、そして仲間の力が結集しても、これから先に待つものは──


だが今は、クエストは完了だ。


パーティは湖畔に立ち、沈黙の波の中でひとときの安堵を感じていた。


その平穏が、嵐の前の静けさであるとも知らずに。

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