第33話「亡税の書――死者に課された数字」

 クロウ・ベルフェインは、風のない書斎で古びた羊皮紙を広げていた。

 文字は黒く、焼き付くような力で紙面に刻まれていた。それは、かつて歴史から抹消された“亡税”という異常な制度について記された文書だった。


 「死者にも、税が課せられていたのか……」


 呟きながら、クロウは顔をしかめる。

 亡税――それは数百年前、滅びたエレム王朝が制定した禁忌の税制。死者の魂や遺産に対して課税し、それを納めなければ“死霊徴収官”が現れて魂を回収するという、魔術と税制が融合した歪な制度だった。


 その制度は当然、王朝の崩壊とともに禁忌とされ、封印されてきた。

 だが先日、帝国西部にある廃墟「ヴァイザン古文書庫」の調査中、偶然にも“亡税の書”が発掘されたのだ。


 クロウは報告を受けてすぐに現地から文書を取り寄せ、全文の翻訳を依頼した。

 そして今――その全文が彼の目の前にある。


 「徴税の対象:死者の保有していた全資産、並びに死後百年以内の家系に属する者の所得……狂気の沙汰だな」


 この制度を復活させようとする勢力が水面下で動いている、という情報も届いていた。

 名を「税神派(ゼクス=アーク)」――かつて国家に税を超越した絶対秩序を求め、王政と対立した異端者の末裔たち。


 「目的は明白だ。税による完全な支配。そして、死者すら逃れられぬ“永税国家”の再建だ」


 クロウは書を閉じた。そして静かに、だが鋭く言った。


 「ならばこちらも、それを潰す税理論を構築するまでだ」


 クロウは直ちに信頼する仲間たちを招集した。ティア、リューク、アイリス、そして魔王ルゼルグ。四人は重苦しい空気の中、会議室の長机に着席した。


 「亡税……それ、本当に存在したのか?」とリュークが眉をひそめる。


 クロウは頷き、羊皮紙を机の中央に置いた。


 「文献の整合性、魔法的封印痕、記述様式……いずれも当時のもので間違いない。問題は、これを復活させようとしている勢力が動き出していることだ」


 「もしこれが現代に施行されれば、遺族は故人の財産にまで課税され、払えなければ村全体が滞納の連帯責任を負うことになる」


 ティアが顔を青ざめさせる。


 「しかも、税率は“死後年数”によって加算される。死んでから長く経っている者ほど課税率が上がり、百年を超えれば『存在滞納罪』という、意味不明な犯罪にすら問われる」


 「それって、もはや税じゃない……死者の尊厳を冒涜する制度よ」とアイリスが唇を噛んだ。


 ルゼルグも腕を組みながら呟いた。「これは税を装った呪いだな。人の恐怖と罪悪感を利用した“徴魂術”に等しい」


 「この亡税制度を復活させれば、税神派は社会を“永遠の納税地獄”に陥れることができる。そして彼らはその中央に立ち、死者と生者の両方を支配するつもりだ」


 クロウの言葉に、場は凍りつく。


 「だが――」とクロウは言葉を継いだ。「逆に考えれば、この制度の穴を突けば、奴らの目論見は崩せる」


 一同が顔を上げた。クロウは書物の中の一文を指差す。


 「亡税の条文にこうある。『課税対象は“物理的存在を有する霊魂”にも及ぶ』――つまり、魂が魔術的に定義され、一定の“霊体構造”を持っていると認識されなければ課税できない」


 アイリスが目を細めた。「霊魂に実体を与えなければ、課税対象にならないってこと?」


 「その通りだ。死者の魂を“税法上の存在”と認めさせなければ、亡税は成立しない。逆にいえば、税法上の存在に“なった魂”を故意に造り出せば、亡税制度の運用そのものが破綻する」


 「フェイクの霊魂を……?」


 「いや、合法的に“登録されていない死者”を大量に発生させ、彼らに架空の財産を付与し、税神派側の徴税処理能力をパンクさせるんだ」


 リュークが笑い出した。「ははっ、まさか“偽の霊魂資産バブル”を起こすってわけか?」


 「加えて、死後の財産移転に関して“宗教的免税特例”がまだ現行法に残っている。これを利用すれば、亡税はほぼ機能しなくなる。聖職者の介入を受けた遺産は、“神聖領土に還元されたもの”と見なされる」


 ティアが小さく拍手を打った。「さすが、クロウさん……あの地獄の制度を逆に利用するなんて」


 だがクロウの表情は硬い。


 「ただし、税神派は甘くない。奴らには“亡霊審理官”がいる。これは死者の魂を“法的個人”として裁き、強制課税する魔法職だ。奴らが動き出す前に、こちらの仕掛けを完了させなければならない」


 翌日、クロウたちはそれぞれの担当に分かれて、亡税潰しの作戦を始動させた。


 アイリスは帝国内の聖職者ギルドと交渉し、死後財産に対する宗教的免税の適用範囲を拡大させた。

 リュークはゴーストタウンとなっていた旧戦地に赴き、“税登録されていない死者”を名簿上に大量に記録する偽装操作を開始。


 そしてティアは“財産の移転証明魔術”を使い、死者が生前に全資産を“神聖保有地”へと寄進したように記録改ざんする支援を行っていた。


 一方クロウは、亡税制度の根幹を司る霊魂登録魔術そのものに手を加えていた。

 彼は、魔王ルゼルグの協力を得て“虚霊印章”という、魂の存在を“未登録化”する術式を完成させたのだ。


 「これが完成すれば、亡霊審理官の魔法は無効化される。課税不可能な“存在しない死者”を大量に作り出せる」


 クロウの手元にある魔法陣は、かすかに青い光を放っている。虚霊印章は、まるでこの世にいないはずのものを、存在しないという形で固定化する技術だった。


 「反則級の術式だが、敵が亡税というチートを使うなら、こちらも税理士として全力で潰す」


 準備は整った。

 だが、クロウにはまだ一つの疑問があった。


 ――なぜ今、この“亡税”が掘り起こされたのか。

 偶然か、あるいは……何者かの意図か?


 そんな疑念を抱えたまま、彼は最終フェーズに移行する。


 作戦決行の日、クロウは亡税の制度中枢を担う“霊魂徴税院”――帝国北東の霊廟都市ネクロディウムへと乗り込んだ。

 そこでは、税神派の中枢人物であり、亡霊審理官の最高位に立つ男「エゼリオ・グレイヴ」が待ち構えていた。


 「貴様が、現代の税理士か……ふむ、悪魔と契約した亡国の男にしては、随分と理性的な目をしているな」


 「お前が……“亡税”を復活させようとした張本人か。霊に課税して何が得られる? 死者の恨みか?」


 「違うな、ベルフェイン。これは“恐怖”の収益化だ。生者が死を恐れ、死者の怨念が遺族を縛り、その連鎖の中で課税対象が永遠に循環する……」


 クロウは苦笑を漏らした。


 「なるほど。だがそれは“税”じゃない。“呪い”だよ、グレイヴ」


 「貴様に、この制度の本質が理解できるとはな。だが、それを止めようとしても無駄だ。もう魂の課税は始まっている。お前の仕掛けた虚霊印章など、亡霊審理官たちには通用せん!」


 「……さあ、それはどうかな?」


 その瞬間、霊廟都市の地下から魔法陣の光が立ち上がる。リュークとティアが設置した“架空死者財産爆弾”が発動したのだ。


 数万の“架空の死者”が登録され、それら全てに莫大な財産が記録されていた。徴税システムは処理能力を超え、自己崩壊を始める。


 「これは……虚構か!? いや、登録は……正規……ッ」


 エゼリオ・グレイヴの魔力が崩れ落ち、亡霊審理官のローブが虚空へと溶けていく。

 制度の基盤が、自壊した。


 クロウは背後でルゼルグが放った“亡法断罪”の呪文で、霊廟都市そのものに“制度無効化”の封印をかけた。


 ――亡税、崩壊。


 数百年の闇が、静かに歴史の底へと沈んでいく。


 ティアが呆然と呟く。「終わった……の?」


 クロウはうなずき、淡く笑った。


 「死者を課税対象にする世界など、税理士として絶対に許さない。それだけさ」


 そして、仲間たちと共に――次なる税の狂気へと向かっていく。

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