第16話「課税神殿と免罪の証書」
滅税国家アスクル=エデンの拡大とともに、周辺各国は警戒を強め始めた。
その中で最も異彩を放つ勢力――それが第七階層、課税神殿イデア=セクトである。
そこでは、「罪とは未納なり」との教義に基づき、宗教と税制が完全に融合していた。
司祭は徴税官であり、説法は申告であり、祈りとは納税そのものだった。
「奴らにとって、神とは“税”そのものなんだよ」
苦々しくそう語るのは、元・課税神官の男ヴァスリオ。
彼はアスクルに亡命した際、手に一枚の破れた証書を持っていた。
「これは……?」
「《免罪の証書》。本来、これを持っている者は“生涯無税”のはずだった」
「なのに?」
「破られた。“証明が不完全”だと。信仰心が足りないという理由でな」
クロウは、ヴァスリオの話に背筋を冷やす。
――信仰心の強度を税の担保にする。
それは、証明不可能な内面に課税するという、極めて悪質な制度だった。
***
クロウとラグズ、そしてヴァスリオの三人は課税神殿イデア=セクトへ潜入する。
そこは巨大なピラミッド状の神殿で、階層ごとに“課税度”が定められていた。
下層では食事に税がかかり、
中層では発言に税がかかり、
上層では“思考”にすら税が課されていた。
「なるほど、思考課税か……。これは、課税の概念を究極まで抽象化している」
ラグズが興味深そうに目を光らせる。
神殿の頂上で待っていたのは、イデア=セクトの頂点に立つ者――大司祭ケレブ・フィデスだった。
「来たか、異端者クロウよ。貴様の滅税思想は、我らの神の否定だ」
「お前らの神は“税”じゃない。無根拠な献上を絶対化した亡霊だ」
「ふん。では証明してみせよ。貴様に、己の罪を“免ずる価値”があるのか――!」
クロウに課されたのは、《罪課税試練》。
過去に犯した全ての“納税拒否”が記録から引き出され、その一つ一つに対し答弁を求められる。
***
1. 幼少期、孤児院で施しを拒否された際、物乞いに渡した1銭の未申告――これは“脱税”である。
2. 初めての仕事で給与未記録のまま自費で設備を補填――これは“仮装隠蔽”である。
3. 滅税国家設立時、魔族から資金提供を受けたが記録がない――これは“対魔課税未履行”である。
「すべては、納税の外にある義務を果たすためだった」
クロウの言葉に、大司祭は嘲笑する。
「ならば、貴様に“神が与えた免罪”の価値はない」
その瞬間、神殿全体が震え、天井が開いた。
空中に浮かび上がったのは、巨大な記録装置――聖課帳簿(セント・レッジャー)。
そこには全市民の“罪課税”が記され、誰一人として免れてはいなかった。
「この世界に生きる限り、誰もが神に税を支払わねばならぬ。貴様もまた同じだ」
「ならば――“神の記録”にこそ滅税を」
クロウは滅税帳簿を天にかざし、宣言する。
「この瞬間より、《神的課税制度に対する違憲申告》を提出する!」
***
《違憲申告》とは、税制に“倫理上の欠陥”が存在する場合にのみ発動できる最終手段。
それを認めるのは唯一、記録そのもの――帳簿の本質だった。
――審査中――
――倫理基準確認中――
――判断:課税神殿制度は“信仰の強要”により違憲と認定。
【記録訂正:免罪証書は正当】
【課税制度:破棄】
【神聖徴税権:無効】
光とともに、聖課帳簿が崩れ落ちた。
その瞬間、大司祭の顔が蒼白になる。
「ば、ばかな……神の……帳簿が……!」
「帳簿に神はいない。いるのは、ただ“生きている者の記録”だけだ」
***
課税神殿制度は崩壊し、免罪証書は正当な滅税文書として回復された。
ヴァスリオは神殿の瓦礫の中で、静かに証書を胸に抱いていた。
「俺は、これでやっと……“赦された”気がするよ」
「それは違う。お前が“生きることを選んだ”から赦されたんだ」
ラグズは、記録された彼の過去に“許し”の言葉を書き加える。
それは、罪すらも価値へと変える、滅税国家の“未来税”だった。
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