第15話「不死税条約と魂の延滞請求」

 亡税者の制度を再構築し、アスクル=エデンはひとときの安定を迎えていた。

 だがその静寂を破ったのは、遠方の第五階層にある都市国家ネクロノミカからの特使だった。


 彼らは、アスクルに対して一通の契約書を突きつける。


《不死税条約》第三項に基づき、かつて不死性を貸与された魂に対し、未納延滞税の支払いを請求する。


 ――延滞額:一魂あたり99,999年分。


 署名:永命王メム=ザルクⅧ世


「……どういうことだ、これは」


 クロウが目を細めると、特使は淡々と答えた。


「“命を延ばした”のだから、当然“時間の税”が発生する。しかもあなたの国は、延命者を無税で受け入れている。つまり、徴税逃れだ」


「滅税と脱税は違うぞ。魂の時間に税をかけるってのは……」


 だが、特使は既に帳簿を開いていた。


「これは魂の延滞請求だ。命を伸ばした結果、本来支払われるべきだった“死”を踏み倒した連中への正式な請求である」


 クロウは、すぐに調査を始める。


 


 ***


 


 調査の結果、驚くべき事実が明らかになる。


 ――アスクル=エデンに暮らす住民の一部が、実は“死んでいるはずだった者”たちだったのだ。


 その代表が、鍛冶職人の老婆ティレイア。

 彼女は、二百年前に疫病で死ぬはずだったが、古代ネクロノミカの“不死契約”によって生き永らえていた。


「死ぬはずだったのに、私の願いを聞いてくれた。もう一度、子供たちに会いたいって……」


「それで、命を“前借り”した?」


「違うわ。命を“延ばされた”の。私は、ただ一日でも多く、罪滅ぼしをしたかっただけ……」


 ティレイアの魂に、契約印が焼きついていた。


【延命契約No.01431-A】


債務内容:時間税


状態:未納・超過999年


 


 ***


 


 クロウはネクロノミカへ向かう。


 そこは、死を克服した知識の都であり、魂を貨幣とした国家だった。


 不死者たちが市場を歩き、永遠を手にしながら魂を削り続ける。

 その中央議会で、クロウは永命王メム=ザルクⅧ世と対峙した。


「あなた方は、“命を繰り返し使わせる”ことで、税を発生させている。だが、それは“生きること”ではない」


「違う。我らの制度は、“死に価値を与えた”のだ。死は課税の始まりに過ぎない」


「ならば生は?」


「生など、ただの税務対象にすぎん」


 その言葉に、クロウは滅税帳簿を開く。


「魂の延滞請求制度に対抗する新たな滅税法――《輪廻税控除》をここに提案する」


 


 ***


 


 《輪廻税控除》とは、魂が転生することで“時間税”を再配置し、負債を減算する制度。

 人間が“生き直す”ことで、命の価値を再評価し、税の元本を免除する画期的な方法だった。


 当然、ネクロノミカの議会は猛反発する。


「それでは我が国の税収が崩壊する!」


「制度の正当性が破壊される!」


「いや……むしろ“生きる価値”が見直されるチャンスだ」


 そう口を挟んだのは、若き不死学士メレフィア=コルン。


「不死を売る時代は終わるべきだ。“死に直面することで得られる理解”こそが、魂の根源だ」


 議会は分裂し、ついに投票が行われる。

 結果は――可決。


 魂の延滞請求は廃止され、輪廻税控除制度が採用されることとなった。


 


 ***


 


 帰還後、ティレイアは自ら志願し、新たな輪廻記録を残した。


「また会いましょう、クロウ。次は、あなたの国の空の下で、きっと……」


 彼女の魂は新たな命へと還元され、その記録はアスクルの帳簿に静かに記された。


 クロウは、また一つの“滅税”を完了させた。


 その背後には、命の価値を再定義しようとする国の輪郭が、確かに浮かび上がっていた。

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