第五話「拘置」

 若い警官は、わざとらしく書類をめくりながら言った。


「で、何であんなことしたの?」


 洞内は答えない。死んだ魚のような目で、ただ睨みつける。


 若い警官は、気まずそうに笑った。


「……はぁ。……君、自分が社会に迷惑かけてるって、自覚ある?」


 書類を叩きながら、正義を押しつけるような声。薄っぺらい怒り。空っぽの理想。


 ――いつから警察の取り調べ室はSNSになったんだ?


「たまにいるんだよね、君みたいな奴」


 洞内は、微かに肩を震わせた。怒りか、笑いか、見分けがつかない。


 そのとき。後ろに控えていた年配の警官が、ふと一歩前に出た。何も言わない。ただ、洞内を見た。


 静かな目。怒りも、軽蔑もない。ただ――


「お前も、どうせ終わりだろう」と言いたげな、冷えた目。


 洞内の中で、何かがひび割れる音がした。机が揺れる。明かりがぐらつく。心が、叫んだ。


 若い警官が慌てて声を上げた。


「ま、まぁ……なぜか被害届もないし、弁護士もやけにやり手だし、送検はしないけど、しばらく拘置して頭冷やしてもらうから。……少し、反省することだね」


 そういって、若い警官は立ち上がる。ヒョコヒョコと、ペラペラと。


 残された年配の警官が、一言つぶやく。


「お前、親は」


 洞内は、その時はじめて、口を開いた。


「関係、あんのかよ」


 目を閉じる警官。立ち上がる。振り向きもせず。


 洞内は答えない。ただ、机が歪む。


 だが、何も変わらなかった。


 拘置所は、暖かすぎた。


 暖房が効いて、壁は白く、シーツは無地で無臭だった。人間らしさの代用品が、ほどよく揃っていた。


 洞内が、一番臭かった。自分で自分に吐き気がした。


「……くせぇな」


 鼻をすすった。逃げ場はない。自分自身の中に、閉じ込められている。


 それでも、あそこに居たかったのだと、気づいてしまった。


 バーガーよりうまい飯。ぬるい脂より、白米のぬるさが沁みた。


 恥だった。惨めだった。


 でも、笑っていた。「もう、良いのかもしれない」


 這いつくばった、犬の笑み。それとも、叩かれても、沈んでも、たったまま死ぬための、笑み。


 どちらにせよ、やることは、変わらない。


 ハンバーガー?上等だ。食ってやる。


 腹がはち切れそうになるほど食らって、最後にはすべて人の頭の上に吐き出してやる。


 それが、仁義なき品位そのものだろう?

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