【第11章 深海の幽霊船】
5W1H:
When:4月13日 昼
Where:“深海の幽霊船”(海賊譚の世界)
Who:碧・陽翔・純子
What:物語世界に転移し、幽霊船長の恨みが“現実の海”に影響していると知る
Why:書き換えによる負の感情が、物語と現実を壊し始めているから
How:陽翔の自己中心的な行動が裏目に出るが、仲間を守る決断へと成長する
気づくと、空がなかった。
いや、“空”というよりも、どこまでも果てしない水の壁――水の底から見上げたような、青黒い闇が広がっていた。
「ここが……“深海”の世界か」
碧は息を吐きながら、足元の板張りを確かめた。どうやら船の上らしい。が、波はなく、風もない。全体が水の中にあるはずなのに、呼吸はできる。不思議な静けさと、どこか重い圧力が感じられる世界だった。
「うわ……マジで幽霊船だ」
陽翔が舷側から外を見て呟いた。視線の先には、朽ちた帆とねじれたマスト、舵輪のまわりに巻き付く鎖。どれも、何百年も前に沈んだ海賊船のようだった。
「でも、おかしいわ」
純子がそう言って、船の中央に置かれた小さな石碑を指差した。石碑には、かすれた文字が彫られている。
『この船は怒りによって縛られし者の魂を宿す。
宝を奪われし船長の心が鎮まる時、波は再び動き出す――』
「怒りで動く船……?」
そのとき、船体がきしむような音がした。
次の瞬間、背後の扉がバタンと開き、骨のように痩せた男がゆっくりと現れた。ひび割れた帽子に、黒い軍服。目だけが、異様なほど赤く光っている。
「侵入者か……また“あの子”の差し金か……」
「……あなたが、この船の船長?」碧が静かに問いかける。
「そうだとも。この船を沈め、私の宝を奪い去った者どもへの怒りを、我は忘れん……!」
「奪われた宝って、何のことです?」
船長は、荒れた声で答えた。
「記憶だ。“あの子”は私から“思い出”を盗んだ……何百年もの航海の記憶を、すべて白紙にした。私には、もはや自分が何者だったかさえ、わからん!」
その言葉に、碧の胸が締めつけられた。物語の改変――それは単なる出来事の変更ではなく、“誰かの存在そのもの”を塗り替えてしまうことなのだ。
「つまり、奪われた“宝”ってのは……あんたの人生そのもの、ってことか」
陽翔が静かに言った。
船長の赤い目が、ふと彼に向いた。
「……そのとおりだ、若造。お前、名前は?」
「陽翔」
「いい名だ。その名に恥じぬよう、生きよ」
その言葉と同時に、船が大きく揺れた。
波がないはずの海がうねり出し、船体を押し上げる。船長の姿が、霧のようにぼやけていく。
「まずい、物語が崩れてる!」
純子が叫ぶ。「このままだと、現実にまで影響が出る!」
実際、星ノ宮学園の近海でも、“原因不明の濁流”が港に押し寄せているというニュースが流れ始めていた。
「どうすれば、この世界の結末を元に戻せる……?」
碧が羅針盤を開く。針は激しく振動し、次のページ番号を示さずに“白紙”を指していた。
「……誰かが、“書かなきゃ”ならないんだ」
そのとき、陽翔が一歩、船長の前に立った。
「なあ。宝ってさ、手で持てるモンじゃないよな。記憶だろ。お前が仲間と過ごした時間、どんな海を越えたか、それが宝だったんだろ?」
船長の目が揺れる。
「じゃあ、思い出せよ。俺たちが書いてやるよ。その航海を。あんたがどんな嵐を超えて、どんな歌を歌ったのか、全部――」
碧がすぐにメモ帳を開く。勇希がいない今、代わりに“視点”を持つのは陽翔だ。
陽翔は腕を組んで、言葉を紡いでいく。
「かつてこの海に、“黒帆の騎士”と呼ばれる船長がいた。仲間とともに笑い、叫び、七つの海を渡り歩いた。風とともに歌い、星を地図にして進んだ」
碧の手が止まらない。次々に言葉が紡がれ、ノートに刻まれていく。
やがて、霧が晴れ、船長の目から赤い光が消えた。
「……そうか、私は……“歌っていた”のだな」
彼の体がふわりと宙に舞い、白い光に包まれていく。
「ありがとう、若者たち。お前たちの物語に、風が吹きますように――」
船長が消えると同時に、船は静かに沈み始めた。
だが、三人の足元には柔らかな光が広がり、再び羅針盤が回転を始める。次の“ページ”を示す準備ができたのだ。
「陽翔、すごかったな。言葉、まっすぐだった」
「……ああ。でも、俺のためでもあったよ」
陽翔は初めて、そう呟いた。
「誰かのために動いたのは、俺のためにもなってた」
新たな旅の準備は、静かに整っていく。
物語は、まだまだ終わらない。
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