【第12章 宝の正体と歌の記憶】

5W1H:

When:4月13日 夕方

Where:“深海の幽霊船” 船長室

Who:碧・勇希

What:船長の残した“宝”の真の意味に気づき、結末を修復

Why:物語の本質を誤解したままでは再び“書き換え”が起こるため

How:勇希の新しい視点が、“宝”は“思い出”であることを導き出す

 碧が勇希とともに再び目を開いたとき、彼らは幽霊船の中でもとりわけ古びた一室にいた。壁の板は黒く煤け、天井からは切れたロープが垂れている。机の上には航海日誌が一冊、ひっそりと置かれていた。

 「ここが……船長室か」

 碧が呟きながら、そっと日誌を開いた。だが、中のページはほとんど白紙。筆跡はあっても途中で止まり、まるで“何かを書こうとして忘れてしまった”ような空白が広がっていた。

 「記憶を奪われたって、こういうことかもな」

 勇希が言った。「言葉も想いも、心の底から消えて……でも、何かが確かに“あった”って感触だけは、残ってる」

 碧は頷き、日誌の最終ページを指さす。そこには、ひとつだけ書かれていた言葉があった。

『ウタ、ワスレルナ』

 「……歌?」

 その瞬間、部屋の片隅にあったオルガンのような古びた鍵盤楽器が、ひとりでに音を鳴らした。

 ぽーん……ぽろん……と、かすかに鳴るその音は、まるで誰かの記憶を呼び戻すような、優しく懐かしい響きだった。

 勇希は一歩、鍵盤に近づいて言った。

 「たぶん、これが“宝”なんだ。お金や地図じゃない、“歌”。――船長が仲間たちと歌っていた、航海のうた」

 彼は目を閉じ、低く歌い出す。

 > 風を背に受け 星を越え

 > 舵をとる手は 友の声

 > 波が高くても 恐れずに

 > 船は進む 明日へと

 歌はやがて、鍵盤の音と重なり、部屋中に広がっていった。

 その音に呼応するように、壁の木板がきらきらと青白い光を帯び始め、先ほどまで白紙だった航海日誌にも、次々と文字が浮かび上がる。

 「記憶が……戻ってきてる!」

 碧は立ち上がり、日誌を抱えるように読み上げる。

 > 『あの日、彼らと交わした歌は、波よりも強く、嵐よりも深かった。

 > 私たちは歌を羅針盤にして進んでいたのだ。』

 「“歌”が航海の記憶をつなぐ鍵だったんだ。物語の中でそれを忘れた瞬間、彼の人生は失われてしまった」

 勇希は静かに頷いた。「誰かが“失ったものを取り戻す”こと、それ自体が物語の結末だったんだな」

 そのとき、羅針盤が再び動き出し、今度はゆっくりと“PAGE 193”を指し示した。次の物語世界が、確かに準備されつつある。

 だが――

 床の下、船体の奥から不気味なきしみ音が響く。

 勇希が顔をしかめた。「まだ、この世界が完全に安定したわけじゃなさそうだな」

 「じゃあ……俺たちが、しっかり“終わらせて”帰ろう」

 碧と勇希は歌を口ずさみながら、部屋を出ていく。船内の空気はすでに穏やかで、霧も晴れ始めていた。

 舷側に立つと、今まで真っ暗だった海の底が、ほんの少しだけ光を帯びていた。

 「宝を守ったんじゃなくて、“思い出させた”のが正解だったんだな」

 「……そしてそれが、また“次の物語”を目覚めさせる」

 羅針盤が明るく光り、波の音とともに、ふたりの姿が白く包まれていく。

 深海の幽霊船は静かに沈み、最後に小さな泡がぽんと弾けた。

 その泡の中には、小さな音符が浮かんでいた。

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