【第10章 仲間を乗せる船】
5W1H:
When:4月12日 放課後
Where:星ノ宮学園 グラウンド
Who:碧・早紀・勇希・純子・周・陽翔
What:次の物語世界への転移準備を進める
Why:チームの戦力を整え、羅針盤が示す“深海の幽霊船”へ向かうため
How:乗り気でなかった陽翔が、仲間の言葉で参加を決意する
放課後のグラウンドに、薄い雲の間から差し込む夕日が長い影をつくっていた。体育館からはバスケットボールの音が響いている。その一方で、グラウンドの隅に集まっていたのは、図書館チームの面々だった。
「次は“深海の幽霊船”ってわけか……聞くだけで寒気がするな」
碧が手にした羅針盤は、またしても異常な動きを見せていた。針は一定方向ではなく、ぐるぐると回りながらも、最後には“PAGE 142”を指して止まる。
「幽霊船って、ジャンルで言えばホラーよね? ただの童話じゃなさそう」早紀が眉をひそめる。
「でも、今回は“あえて”行くって決めたんだろ? なら、もう怖いとか言ってられない」勇希が片目をつむって笑う。
周はチェックリストを片手に、持ち物を確認していた。
「防水ライト、ロープ、予備の衣類、簡易スナック……最低限はこれくらいだろう。あと、これ」
彼が取り出したのは、厚手のレインコートだった。
「水中や濡れた床でも動けるようにと思ってな。念には念を、だ」
「さっすが準備魔人」と純子が笑う。「でも、もう一人……大丈夫かな?」
みんなの視線が向いたのは、少し離れたベンチでふんぞり返っていた陽翔だった。制服の上着は脱ぎ、スポーツバッグを足で押さえながら、空を見ていた。
「ねえ、陽翔。そろそろ合流してよ」純子が優しく声をかける。
「いや……俺は遠慮するわ。船とかさ、閉じられた空間ってどうも苦手で」
「幽霊が怖いとかじゃないんだ?」勇希が冗談めかして聞いた。
陽翔は肩をすくめた。「怖くはねーよ。ただ……なんか、損しそうなんだよな。俺が行っても、何も得しない気がする。お前らだけで、うまくやってこいよ」
その言葉に、碧が一歩前へ出た。
「得とか損とかで考えるなら――“仲間であること”自体が、損かもな」
「は?」陽翔が顔をしかめる。
「でもな、俺たちは“誰かの物語”のために動いてる。自分が得するためじゃない。誰かのページを守るために。……そうやって、物語は誰かの心に残るんだ」
静かだった空気に、風が一筋吹いた。
陽翔はしばらく沈黙したまま、つま先で砂を蹴るような仕草をしたあと、やっと立ち上がった。
「……言いたいことは分かった。でもさ、俺は“自分のためにしか動かない”って決めてるんだ」
「それでもいい。だからこそ、今“誰かのために”動いたら、絶対に意味がある」
碧の言葉に、陽翔は少し目を細めた。やがて、苦笑を浮かべる。
「……ずるいよな、お前」
「そういう性格なんで」
陽翔はスポーツバッグを肩に担いだ。「行くよ。足手まといにはならない。ちゃんと、俺のやり方でやるから」
「歓迎するよ」早紀が微笑んだ。
「それじゃ、行こうか。全員、準備はいい?」
羅針盤を手に、碧は仲間たちを見回す。勇希はフードを被り、純子は小さなポシェットを肩にかけ、周はノートと懐中電灯を胸ポケットに固定していた。早紀は手帳とシャープペンを握りしめ、陽翔は手首を一度回してストレッチを始めた。
「次のページ、“142”。深海の幽霊船――そこに何があるか、確かめに行こう」
グラウンドの影が少しずつ伸びていく中、六人の影もまた、ぴたりと並ぶ。
誰ひとり欠けることなく。
この日、星ノ宮学園の図書館では、誰も気づかぬまま、一冊の本の次のページが静かに開かれた。
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