プロローグ 空き部屋と優等生の秘密③
ヤられたくない一心でツッコんだ俺に対し、水崎はキョトンとした表情を見せた。
「意外ですね」
「何がだ? あの水崎千夏にツッコミを入れたことか?」
水崎千夏という同級生に対し、大半の奴らはどこか一線を引いている感じがした。
完璧すぎる同級生に対し、どうやって接すればいいのかわからないという気持ちがあるのだろう。
それはもちろん、俺だって同じだ。
けれど、俺も必死なんだ。
相手のことを見下しているとしか思えない瞳。
それに屈すれば、もう終わりだからだ。
水崎は、意外そうな表情を崩さずに口を開いた。
「いえ、真中さんがちゃんと、人の言葉を話せることにです」
「ツッコむ前から会話してただろうが!」
水崎にバカにされた。
「おかしいですね。私の知っている真中さんは、ほとんど友達がいなくて、会話をする相手もいないので、人の言葉が話せないのかと心配をしていたのですが」
「あってるけどしゃべれるわ!」
水崎にめちゃくちゃバカにされた。
もうこの時点で、俺の水崎千夏に対する一般的な憧れはゼロになった。
顔と名前を知っているだけでも異常なこと。
それどころか、俺の交友関係が狭いという事実まで把握している。
水崎千夏という奴が、ぶっちぎりでやばい女に格上げとなった。
「しかし、どうしましょうね」
「何が?」
俺はこいつに対して敬意を払うことを、辞めることにした。
「いえ、私のお茶目な一面が認識されてしまったことです」
「お茶目? 性悪の間違いだろ」
俺がそう言った瞬間、水崎は机の上から古びたバットを手に取った。
そのままなんの躊躇いもなく、横なぎに振り払った。
「うおっ!?」
俺はしゃがみこみ、間一髪で避けることができた。
命を刈るための一撃をかわされ、水崎は微妙に口を曲げていた。
「なんで避けるんですか?」
「危ないからだよ!」
「当たり前じゃないですか。叩けば記憶も消えるかもしれないですし」
「せめて少しはごまかせよ!」
物理的に排除することは諦めたのか、水崎はバットを机に置き、口元に左手を添えた。
「真中さんがなかなかくらってくれないので、困りましたね」
「いや待て、話し合おう。俺は今日見たことや聞いたことを、他の奴らに言ったりなんかしない」
「信用できません」
水崎はぴしゃりと言い放った。
自分以外の誰も信じていないといった、頑なな態度。この世のすべてを疑い、仮面で生活をしているような振る舞い。
誰をも包み込むような穏やかさや寛容さを、水崎千夏から見つけることはできなかった。
普段の天使と評される振る舞いは、水崎なりの生き方なのかもしれないと感じた。
水崎は五分ほど思案しつつ、この部屋全体を見回していた。
口元に笑みが浮かぶ。
邪年に満ちた歪んだものではなく、いたずらを思いついた子供みたいな表情だった。
「少々散らかっていますが、この部屋はいいですね。真中さんはいらないですが」
「最後の一言は必要か?」
「決めました」
水崎は可愛らしく両手を合わせた。
有無を言わさぬその表情。
「この部屋を、なんらかの形で手に入れてください」
「なんらかの形って、なんだよ」
「何かの部活動の部室として使うとか、方法はなんでも良いです」
「んな無茶な」
「無茶を通すことが、明大の役割です」
どういう心境の変化か、いきなり呼び捨てにされた。
「いや、なんでいきなり呼び捨てなんだよ」
「明大は、ただの備品をさん付けで呼ぶんですか?」
「そういうことか!」
水崎はどうやら、俺のことは部屋の付属品ぐらいに思っているらしい。
なんて女だ。
「明大に友達がいないことは信用をしていますが」
「そこを信用するな」
俺のツッコミを、水崎はフル無視した。
「この問題を放置することで、私の高校生活に懸念が残ることは、よろしくないですよね」
「お前さっきから自分のことばっかりだな」
「なので、この部屋で監視させてもらいますね」
水崎千夏は清純さを詰め込んだような笑みを浮かべていた。
思わぬところから生まれた接点。窓から風が吹き抜ける。
青春の息吹のような、生ぬるい風が心をなびかせる。
何かが動き、始まるような。胎動にも似たうごめき。
俺は、湧き上がる感情を振り払うように叫んだ。
「ふっざけんなああああああ」
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