プロローグ ひねくれたふたりは仲良くなれない①

 なんらかの方法であの部屋を手に入れる。


 部活動や同好会でも立ち上げることが手っ取り早そうだが、一人では困難だと考えた。


 自分で言っていて悲しくはなるが、俺には友達が少ないからだ。


 困り果てた俺は、数少ない友人である松澤友樹まつざわともきに相談をした。


「へ? 別にできなくはないと思うけど、一体なんで?」


「それは……言えない。ただ、水崎千夏との約束なんだ」


「水崎さん!? ちょっ気になる気になる」


 友樹は俺の肩を揺さぶってきた。


 俺が逆の立場なら、似たようなリアクションをするかもしれない。


 なんせあの、水崎千夏となんらかの接点があるということに、他ならないのだから。


 ブレザーが肩口からずれて、いつの間にかボタンも外れていた。


 友樹はやりすぎたと感じたのか、パッと手を放した。


「ごめんごめん。明大に友達がいなさすぎて、ついに妄想の世界に行ったかと」


「病気か! 理由はその、説明できないんだが、嘘じゃないんだ」


 水崎との約束は、むかつくけど守ろうと心に決めていた。


 説明をすれば水崎の秘密をしゃべることになるため、詳しくは話せなかった。


 俺はただ、できるだけ真剣なまなざしで友樹を見つめた。


「明大……やっぱり目つき悪いね」


「ほっとけ!」


 茶化された。


「まあ、明大が真剣だってことはわかったよ」


 友樹は、人好きのする笑顔を見せていた。


 丸みを帯びた可愛らしい雰囲気は、なんとなくワンコのような愛らしさがある。


 そんな松澤友樹は、俺と違って誰とでも仲良くしている。


 友樹にとって俺が特別というわけではないが、こうして相談に乗ってくれるところは感謝をしている。


「理由はわからないけど、明大にも居場所があるっていうのはいいかもね」


「俺には居場所がなかったのか?」


「うん」


 友樹は真っすぐに言い切った。


 すがすがしいほどの真顔だった。


 この信用されていない感じが、自分事ながらいたたまれない。


「旧資料室かあ。使われてないんなら、架空の部活を作って、顧問の先生さえ見繕えばイケるかもね」


「まあその線が王道だよな」


「顧問の先生はなんとでもなるし、部活の設立は手伝ったことがあるから、大丈夫かな」


「……すまん」


 理由も言わないのに協力をしてくれる友樹に、感謝を込めて頭を下げた。


「謝られるより、お礼を言われた方が僕はうれしいかな」


「……ありがとう」


 俺がお礼を言うと、友樹は口元を緩ませて目を細めていた。


「明大って、笑顔がへったくそだよね」


「お礼を言ったらこの仕打ちかよ」


「じゃあ部活の内容や名前は、明大と水崎さんで決めておいてね」


「俺たちで決めちゃっていいのか?」


「僕はたまに使わせてもらえばいいし。それにさ」


 友樹は立ち上がって、カバンを背負った。


 今にも駆けだし、悪だくみを実行しようとしているようだった。


「なんだか、こういうのも青春っぽいよね」





 友樹の協力は得られそうだが、そもそもどうやって水崎と話をすればいいんだ。


 そう考えていたけれども、水崎は今日も旧資料室に居座っていた。


 いつの間にか設置されている、給油ポットに木目調の急須。渋めの緑茶缶にも見覚えがない。


 もうすでに、旧資料室は水崎の支配下にあるようだった。


 水崎はパイプ椅子に腰かけ、緑茶を飲んでいた。


 俺が最初に使っていたはずなのに、すでに水崎に乗っ取られていることに、少々腹が立っていた。


「おい」


 俺が声をかけると、ギロリと睨まれる。


 あっやべっ。ころされる。


 水崎は湯呑を勢いよく机に置く。


 ガチャン、と不穏な音が響く。


 あからさまな怒りの表現がちょっとこわい。


「まだ、自分の立場がおわかりでないようですね」


「いや、すまん。おいはちょっと失礼だった」


「でしたら、言い直してください。うやうやしく、謙虚に」


「水崎……さん」


 俺がそう言っても、睨むような瞳は解除されなかった。


 不満げに口を歪め、仰々しく足を組みだした。


「あなたに『水崎さん』と呼ばれるだけの関係性なんてありません」


「さん付けじゃなかったら、なんて呼べばいいんだよ」


「呼ばないでください」


「それは無茶だろ!」


 勢いのままツッコミを入れる。


 水崎はよくわからないが、なぜか満足げに笑っていた。


「仕方がないですね。百歩譲って、呼ぶことは許しましょう」


「それで、水崎さんさ」


「あなたに『水崎さん』と呼ばれるだけの関係性なんてありません」


「さん付けじゃなかったら、なんて呼べばいいんだよ」


 会話がループしている。


 選択肢を選ばなきゃ進まないタイプのゲームかよ。


 ただ今回ばかりは、水崎は会話を先に進めた。


「水崎――でしょう?」


 凛とした声色はまっすぐに届いた。


 有無を言わせぬ高貴めいた表情に、腹が立つほどのドヤ顔。


 昨日の出来事は夢だったかもしれないと疑いはあった。


 けれど、この出来事で確信した。


 水崎千夏は、もう単純に性悪だった。


 俺はもう、ヤケになることにした。


「いいかげんにしとけよ――千夏!」

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