第四章:わたしという性別

保育園の頃の記憶は、霞がかった写真のようにぼんやりしているけれど、なぜかあの場面だけは鮮明に残っている。


男の子たちは、外でパンツ一丁になって着替えていた。

風が少し冷たくて、みんな笑いながらシャツを脱いでいた。

でも、先生に呼ばれた自分だけは「中で着替えてね」と言われた。

理由は言われなかったけれど、なんとなく分かった。

自分が「女の子」だからだと。


その瞬間、「自分は違う」と思った。

自分が望んだ性ではなく、周囲が決めた性が、目に見えない境界線を引いていた。

その線は、制服の色や着替える場所、トイレの入口、そして将来を語る会話の中にもずっとあった。


髪は長くて、ワンピースもスカートも好きだった。

メイクも楽しかった。

でも、そこに込められる「女だから似合うね」という言葉は、どこか不純で、押しつけがましくて、拒絶したくなるものだった。


自分は、男でも女でもない。

ただ「わたし」でいたかった。

性別で世界を切り分けられることが、ずっと苦しかった。


「自分という性別で生きたい」

そんな感覚は、きっと誰にも理解されなかった。


教室でも、家でも、どこにいても、自分の体と心は、わずかにずれていた。

人から見た「女性らしさ」をまとえばまとうほど、自分が遠ざかっていくような気がした。


それでも、心が向かう先は確かだった。

同性の友達と手をつなぐこと。

好きだと思う人の髪に触れたいと思うこと。

胸がぎゅっとする気持ちは、いつだって、異性ではなかった。


同性なら、触れることもできる。

キスも、たぶんできる。

それ以上も、怖くない。

でも、異性が相手だと、心が拒絶してしまう。

身体の芯から冷えて、何もかもが汚されたような気がして、死にたくなってしまう。


だから、わたしは「恋愛が嫌い」なのではなく、「恋愛のかたちを押し付けられること」が嫌なのだと思う。

異性との性行為が、「普通」とされる社会で、それを拒絶するわたしは、ずっと異端だった。

でも、それでもかまわない。

わたしは、わたしをやめない。


わたしという性別で生きていくことが、許される世界を、信じたいと思った。

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