第五章:静かな抵抗

高校三年間、生理は数えるほどしか来なかった。

それはどこか、体が「わたし」を守ってくれていたようにも思える。

“女”という印を減らしてくれた。

誰もが「楽でいいね」と笑ったけれど、自分にとってはそれ以上の意味があった。


生理が来るたびに、体が裏切っているように感じた。

それは「女」であることを、いやおうなく突きつけてくる証だった。

血が下りるたび、自分がこの身体に収まりきれていないことを思い知らされた。


友達との会話も変わった。

恋バナで盛り上がる輪の中に、もう自分の席はなかった。

中学生のころは、あんなに好きだった恋の話が、今では気持ち悪くて仕方ない。

「彼氏ができたんだ」

「初めてを捧げた」

「妊娠したらどうしようって話しててさ」

そんな会話が耳に入るたびに、胃の底がざわついた。

おめでとう、と笑ってみせることもあった。

でも、本当は、逃げたかった。声を、世界を、全部シャットアウトしたかった。


わたしは、恋を否定しているわけじゃない。

ただ、それが「当然」であるかのように語られることに、絶えず傷ついていた。

性行為が、大人になる通過儀礼のように扱われることに、吐き気を覚えた。


それは、きっとあの時からだ。

あの、男の子から「オナニーしてる?」と聞かれたあの日から。

その言葉ひとつで、自分の心は壊れた。

もともと繊細だった何かが、音を立てて崩れた。

「女」として、そこにいることを、世界に強制された気がした。


以来、人と距離をとるようになった。

「女らしさ」からも、「普通」からも、自分を切り離すように。

でもそれは、逃げではなく、抵抗だった。


静かで、小さな、でも確かな抵抗。

「私は、私でいる」と決めた抵抗。

誰かを否定するためじゃない。

自分を守るために選んだ、唯一の方法だった。


スカートも履く。

メイクもする。

けれどそれは、「女らしさ」を演じているのではなく、ただ「わたし」の感性のひとつ。

「誰かに見せるため」じゃなく、「わたし自身であるため」の装いだった。


だから、誰にも触れさせない。

誰にも、決めさせない。

恋愛も、性も、わたしの生き方も。

それは、世界と対等に立つための、静かな拳だった。


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