第7話 忍者、バイトをする

「じゃ、次のダンジョン攻略は週末に泊りがけで」

「わかった。そのつもりで準備しておく」

「私の方も大丈夫です」


 和緒の店で買い物が済んだ後。 

 新しい武器に慣れるのと、深層に向けてダンジョンを進める計画を立てたが、実施は日を改めることになった。

 平日は学生をしている志信らであったため、次の休日までダンジョンはお預けである。


 月曜日。退屈な午前の授業を消化した志信は、沙夜と一緒に屋上に来ていた。人気のない屋上で、沙夜が大きめの弁当袋に入った弁当箱を取り出す。


「はい、今日のお弁当です」

「いつもありがとうございます」


 2人のささやかなルーティーンだった。幼少の頃から、昼時は一緒に弁当だったり、たまに売店で買ったパンや総菜を食べるのである。


「私が用意している訳ではないので……」

「ばあやさんには、いつも感謝してます!」


 和食で彩られた弁当を嬉しそうに頬張る志信に、目を細める沙夜。


「志信は、私がお弁当を用意したら、食べたいですか?」


 沙夜がふと、そんなことを口にした。


「えっ? ……それは、何と言うか恐れ多いですね。今でも、毎日いただいているのはどうなんだ、って時折思うので……」


 嬉しいか、そうでない気持ちがあるのか考えてみるが、嬉しい反面、もう形骸化してしまったとはいえ主君筋の沙夜にそういったことをさせるのは抵抗がある。

 この弁当を貰うのだって、沙夜と弁当を用意してくれている御剣家のお手伝いさん、ばあやに押し切られて受け取っているものだからだ。


「……そうですか」


 紗夜が少し不満げに、自分のお弁当をつつき始めた。

 志信も会話をやめ、お弁当に集中することにする。


「ふぅ、ご馳走様でした!」

「はい。お粗末さまでした」


 沙夜に空になった弁当を返却すると、彼女は箱を持ってきた弁当袋に戻した。

 袋を膝に乗せた沙夜が、居住まいを正して志信に話しかけてくる。


「今週末、再びダンジョンに潜るわけですが、それ以降はどうするのですか?」

「えっ……そうですね。特に問題なければ、時間があればダンジョンに潜るつもりです」


 唐突な質問に、志信は少し考えながらそう答えた。


「……志信、私はやはり、反対です」

「反対、ですか?」


 戸惑う志信は、沙夜の目を見る。真剣な様子だった。返答に困っていると、沙夜が続ける。


「ダンジョンには命の危険が伴います。もちろん、志信の目的のために、お金が必要である、というのは重々承知していますが……それは、ダンジョンでなくてもよいはずです」

「それは……」


 その言葉に、志信は迷う。確かに、もし同じくらい稼げるなら、ダンジョンでなくてもいいのかもしれない。しかし、


『でも、忍法もきっと再発見がある。新しい居場所を見つけられる』


 柄蓮の言葉が脳裏に蘇る。

 金が稼げるから。それだけだろうか。


「来週の探索後に、また聞きます。よく、考えてみてください」


 先に戻りますね、という言葉を残し、扉を開け、校舎へと戻った。 

 

「私も、何か志信に返せたらいいのですが……」

 

 扉を閉めた沙夜の小さな呟きは、チャイムの音に掻き消えていった。


 放課後。

 

「これ、片付けておけよ!」

「はい!」


 志信はというと、ダンジョン付近の工事現場でバイト中である。暇さえあれば、日雇いで単価の高い労働を行い、生活費や借金返済のために使っていた。

 現場監督にドヤされつつ、作業着に身を包んだ志信は、地面を均すための機材を片付け、軽トラに積み込む。

 ダンジョン付近では頻繁にマギマシンが出入りするため、道路が痛みやすい。そのため、こういった日雇いでの工事バイトが多く、志信は助かっていた。それに、


(動いている間は、余計なことを考えずに済むし……)


 借金とか、沙夜に聞かれたダンジョンのこととか。


「よし」

「……バイト?」


 積み終わると同時に、立ち入り禁止のために設置したコーンの向こうから、志信は急に声を掛けられて振り向く。

 柄蓮が夕飯だろうか、食材が詰まった手提げ袋をぶら下げ、そこにいた。


「うん。柄蓮は買い物?」

「そう。夕飯と、うちの社員の夜食用」


 予想は当たったらしい。


「片付け終わったんならさっさと報告に来い! 残業代は出さねーぞ!」

「はい! すみません!」


 大声で現場監督に返事をし、柄蓮に簡単に言って別れようとする。


「じゃ、俺はこれで……」

「もう終わる? なら、向こうで待ってるね」

「え、あ……」


 何か言い返すより前に、柄蓮が工事現場から少し離れた所に移動した。

 

「早くしろ~!」


 そろそろ限界そうな現場監督に向かって、返事をするより先に、志信は走りだす。

 その後は学生の身分だと夜遅くまで作業することもできないため、本日分の給料をスマホから電子決済で貰い、志信は退勤することになった。


「お疲れ様」

「ありがとう。じゃあ、えっと……帰ろうか」


 柄蓮に迎えられ、咄嗟に何て応えるのが正しかったのか逡巡を見せつつ、志信は歩き出した。

 

(時間帯的に、女の子を1人にするのも微妙か……)


 特に柄蓮と一緒に帰る理由もなかったが、志信はそう納得した。


 柄蓮の家の方角がわからなかったので、とりあえず自分の住む賃貸アパートに向かって歩き出す。きっと方角が違ったら、柄蓮が声を上げると思ったので。


「怒鳴られるようなこと、無くて良い程度には稼げるはず」

「え、ああ」


 なんのことだろう、と一瞬戸惑うが、志信は先程の現場監督とのやりとりを思い出しつつ、柄蓮に答えた。


「幾らでも欲しい、ってのもあるし……あれくらいなら少し耐えればいいから」


 柄蓮が立ち止まり、抗議するような目線を送ってきた。

 志信は何故そんな風に責められるような視線を送られなければいけないのか、思い至らず、苦笑しつつ話題を変える。


「えっと? 柄蓮の家ってこっちでいいの?」

「全然。バスに乗る」


 バス停なんてとっくに通り過ぎていた。呆れるような、責めるような気持ちを柄蓮に述べる。


「なんでこっちまで来たの……」

「志信の家、興味ある。忍者屋敷」

「今は普通の賃貸だよ……」


 歩き出した柄蓮に続き、志信は仕方なく、自分も歩き出した。

 そこから間もなくして賃貸アパートにたどり着いた2人は、2階にある志信の部屋の前で沙夜を見つけた。

 手提げ袋を持った沙夜が、志信に気づき、笑みを浮かべる。そして、その背後に柄蓮の姿を見つけると、わずかに表情を曇らせた。


「……ばあやが志信にも、と」

「わぁ、ほんとですか! いつもありがとうございます」


 手提げから出てきた重箱を志信は喜んで受け取る。


「いつも?」


 沙夜から重箱を受け取る様子を、柄蓮は興味深そうに見ていた。

 そして、沙夜もまた、柄蓮の姿を見、


「食材……志信に?」


 ほんの小さな声で、紗夜が呟いた。

 しかし志信は、手元にある重箱の中身への興味もあり、何故そこが気になったのか、志信には思い至らなかったのでスルーした。

 紗夜に上がってお茶でもして貰おうか。そう思い、口を開きかける。


「では、私はこれで。邪魔をしては悪いですし」

「あっ……ありがとうございます!」


 開きかけた口は、沙夜の言葉で中途半端なお礼に代わり、止める間もなく、沙夜はすっと2人の横をすり抜けた。


「怒らせちゃった?」

「いや、そんなことないと思うけど…」


 とりあえず、重箱をしまおう。志信はそう思い、制服のズボンから鍵を取り出す。


「どうする? お茶くらいなら出すけど……」

「ううん。場所もわかったし、帰る」


 志信は本当にどうして来たんだ、と思ったが、そこはグッと堪えることにした。


「バス停まで送ってくよ」 

「気にしなくていいのに」

「女の子を遅くに1人で歩かせられないでしょ……」

「ふふ。優しいね」


 ひとしきり笑った後、柄蓮は何かに気づいたように言った。


「紗夜はよかったの?」

「紗夜様は……ほら。家がすぐそこだから」


 紗夜が、アパート前にある大きな屋敷の門の影から、志信と柄蓮を覗いていた。


「紗夜、気にしてるよ?」


 志信と柄蓮の視線に気づくと、紗夜は少し慌てて屋敷に入る。

 

「……あとでちゃんと話すよ」


 志信は重箱と荷物を玄関先に置き、柄蓮をバス停まで送った。

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