第23話「終末の選択」
1
その朝、世界が変わった。
街の角に、現実には存在しないはずの古い洋館が立っていた。夢の中でしか見たことのない建物が、物理的な実体を持って現れたのだ。
「これは...」洸が病院の窓から街を見下ろすと、至る所で異常現象が起きていた。
空中に浮かぶ島、逆さまに建つビル、重力を無視して流れる川。夢の世界の物理法則が、現実世界に侵食していた。
ニュースでは緊急事態が報じられていた。
「各地で報告されている異常現象について、政府は『夢と現実の境界が消失する収束現象』と発表しました」
街では混乱が広がっていた。夢の世界から現れた住人たちが、現実の人々と混在している。彼らは半透明で、触れることはできないが、確実に存在していた。
「収束の日が来た」洸が呟く。
ミナも窓の外を見つめていた。
「これが最後の戦いなのね」ミナが覚悟を込めて言う。
洸は頷いた。Dream Dwellerは消滅したはずだったが、その最後の力で夢と現実を融合させようとしていた。もし完全に融合すれば、現実世界そのものが夢の支配下に置かれてしまう。
「行こう」洸がベッドから立ち上がる。
「どこに?」
「収束の中心地。そこでDream Dwellerと決着をつける」
二人は病院を出て、混沌とした街に向かった。
2
街は完全に変貌していた。
現実の建物と夢の建物が入り混じり、空間が歪んでいる。重力の方向も一定しておらず、人々は空中を歩いたり、壁を這って移動したりしていた。
「すごい光景ね」ミナが感嘆する。
しかし、洸は不安を感じていた。このまま収束が進めば、現実世界の物理法則が完全に破綻してしまう。
収束の中心地は、大学のキャンパスだった。そこに巨大な竜巻のような光の柱が立っており、周囲の空間を激しく歪ませていた。
光の柱の中心に、Dream Dwellerが立っていた。しかし、その姿は以前とは全く違っていた。
巨大な光の存在となり、無数の顔が表面に浮かび上がっている。過去の契約者たちの顔、洸やミナの顔、さらには未来の犠牲者となるであろう人々の顔まで。
「ついに来たか」Dream Dwellerが洸とミナを見下ろす。
「これで終わりにする」洸が宣言する。
「終わり?」Dream Dwellerが笑う。「これは始まりだ。夢と現実が一つになれば、完璧な世界が生まれる」
洸は覚醒の力を使ってDream Dwellerに立ち向かおうとした。しかし、収束現象の影響で、彼の力も不安定になっていた。
戦いが始まった。
洸の攻撃とDream Dwellerの反撃が激突し、周囲の空間をさらに歪ませる。現実と夢の境界がますます曖昧になっていく。
3
戦いの最中、洸の心にミナの声が響いた。
「人間らしい洸くんに戻って」
その声は、物理的な音ではなく、心に直接届く声だった。
洸は戦いを続けながら、自分の状態を見つめ直した。確かに覚醒の力は強大だったが、同時に人間らしさを失わせていた。
「俺は...何のために戦っているんだ?」
その疑問が生まれた瞬間、洸の覚醒の力が揺らいだ。
Dream Dwellerがその隙を突いて攻撃してくる。洸は辛うじて回避したが、明らかに劣勢に陥っていた。
「どうした?先ほどまでの力はどこへ行った?」Dream Dwellerが嘲笑う。
洸は決断した。
覚醒の力を手放し、再び人間に戻ることを。
「俺は人間として戦う」洸が宣言する。
その瞬間、洸の身体から神々しい光が消えた。彼は再び、普通の大学生に戻った。しかし、その目には確固たる意志が宿っていた。
「愚かな選択だ」Dream Dwellerが失望する。「これで君に勝ち目はなくなった」
確かに、人間に戻った洸では、Dream Dwellerに太刀打ちできない。しかし、洸には別の計画があった。
4
「俺が消えれば、この悪夢も終わる」洸がミナに向かって言う。
洸は最後の賭けに出ることを決意していた。自分の魂を犠牲にして、現実ごと夢の世界を封印する術式を発動するのだ。
「何を言ってるの?」ミナが慌てる。
「この収束現象の中心は俺だ」洸が説明する。「俺がDream Dwellerとの最初の契約者だったから」
洸の話によると、収束現象は契約者の魂をエネルギー源としている。洸が自分の魂を完全に燃やし尽くせば、現象を停止させることができるという。
「でも、それじゃあ」ミナが涙を流す。
「君には生きていてほしい」洸がミナの頬を優しく撫でる。「俺の分まで」
洸がミナに別れを告げようとした時、ミナが彼の手を強く握った。
「一緒に消えるなら怖くない」ミナが決意を込めて言う。
「ダメだ」洸が反対する。
「私も洸くんと同じくらい、この戦いに関わってきた」ミナが主張する。「一人だけ逃げるなんてできない」
その時、後ろから声がした。
「俺たちも道連れにしろよ」
振り返ると、田口が立っていた。そして、その隣にはひかりもいた。
「田口...ひかり...なぜここに?」洸が驚く。
「親友が最後の戦いしてるのに、見てるだけなんてできるか」田口が笑う。
「私たちも、この異常現象に巻き込まれた被害者よ」ひかりが付け加える。「最後まで一緒にいるわ」
洸は感動した。こんな危険な状況なのに、友人たちは彼を一人にしなかった。
5
「お前たちの友情など無意味だ!」Dream Dwellerが激怒する。
巨大な光の束が四人に向かって放たれた。しかし、不思議なことに、攻撃は四人の前で弾かれた。
友情の絆が、見えない盾となって彼らを守っていたのだ。
「無意味でも、俺たちには大切なんだ」洸がDream Dwellerに向かって答える。
洸は仲間たちに支えられながら、封印の術式を発動し始めた。
彼の身体から温かい光が放たれる。それはDream Dwellerの冷たい光とは正反対の、生命力に満ちた光だった。
「不可能だ」Dream Dwellerが動揺する。「人間にそんな力があるはずがない」
「これが人間の力だ」田口が言う。
「愛と友情の力よ」ひかりが続ける。
「あなたには理解できないでしょうね」ミナがDream Dwellerを見つめる。
洸の光がますます強くなっていく。それに呼応するように、街中の人々からも同じような光が立ち上った。
家族への愛、友人への友情、恋人への愛情。様々な人間の絆が、光となって天に昇っていく。
「これが...人間の真の力か」Dream Dwellerが初めて理解した。
6
封印の術式が完成に近づいていた。
洸の身体は既に半透明になっており、魂が燃え尽きようとしていた。
「洸くん」ミナが彼の名前を呼ぶ。
「ありがとう」洸が微笑む。「君に出会えて、本当によかった」
「私も」ミナが涙を流しながら答える。
田口とひかりも、洸の肩に手を置いた。
「お前と友達になれて、よかったよ」田口が言う。
「ミナを愛してくれて、ありがとう」ひかりが付け加える。
四人の絆が、最後の力となって封印術式を完成させた。
巨大な光が夢と現実の境界を包み込み、収束現象を停止させていく。
Dream Dwellerの姿が薄くなっていく。
「私は...負けたのか」Dream Dwellerが最後に呟いた。
「負けたんじゃない」洸が答える。「君も人間の心を理解したんだ」
Dream Dwellerが微笑んだ。それは初めて見る、優しい表情だった。
「そうか...これが愛というものか」
Dream Dwellerは光となって消えていった。もう、誰かを支配しようとする邪悪な存在ではなく、ただの美しい光として。
収束現象が完全に停止し、夢と現実が再び分離した。
しかし、封印の代償として、洸たちの姿も薄くなっていく。
「でも、後悔はない」洸が最後に言った。
「ええ、後悔はないわ」ミナが頷く。
四人は手を取り合い、光の中に消えていった。
世界は救われた。
しかし、英雄たちの運命は...
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