5

「また来たのかい」

 鍛冶屋の親父は驚いていた。

「来ては悪いのか?」

 孫六がたずねる。

「いやあ、そんなことはないさ。で、何か用があるのか」

「お前さんが打った剣を見せてほしいんだ、いや、どれでも構わん」

「買うつもりかい?」

「田舎の鍛冶屋の後学のためと思うてな」


 鍛冶屋の親父は、

「妙なことを言う奴もいるもんだ」

 と、奇妙に思いつつも、小振りな一振りの剣を孫六に渡した。

「これは、無垢か?」

「ムク?なんだそりゃ」

「鋼のままに鍛えているのか、ということさ」

「ああ。それはどこも同じだと思うがね」

「この剣は、いくらだ?」

「銀貨で二十枚ってところだな」

 孫六は、レベリウスに払えるかどうか聞くと、レベリウスは懐から革袋を取り出し、銀貨を数え始めた。

「払えるよ」

 というので、孫六に二十枚の銀貨を手渡すと、孫六はそのまま鍛冶屋の親父に渡した。

「毎度あり」

「ときに、親父」

 なんだよ、と親父は少しうんざりした顔で言った。

「この地で。……、みればるで一番の鍛冶屋は誰だね」

 すると、弟子であろう若い男が、

「そりゃうちの先生に決まっているじゃないか」

 と、眉を顰め、少し荒い声を出していった。それを親父は一喝してなだめると、そうだなあ、と考えつつ、

「北の町のログレスにいる、バモフェルというやつがいるが、俺が知っている限りじゃ、そいつが一番だな」

 と答えた。

「そうか、良いことを聞かせてもらったよ」

「あんた、鍛冶屋になりたいのか?」

「儂はアーデンの町で鍛冶屋をやっている者なんだが、腕のいい鍛冶屋に教えてもらいたいと思っておる」

「だとしたらバモフェルはやめといたほうがいいな。あの爺さん、ドワーフ特有の頑固おやじで、おまけに人嫌いと来てる。他にも良い鍛冶屋はたくさんいるから、そっちに行ったほうがいいぞ」

「ああ、まあ考えておくさ」


 孫六たちが鍛冶屋を出て見そびれた魔術灯を見に行こうとしたとき、

「やっと見つけましたよ」

 という声が聞こえた。ゲインズであった。

「どうした?」

「どうしたもこうしたも、トーハン様が呼んでおられます」

「ご領主さまが?」

「マゴロクさん、大事な話ですので、すぐに戻ってください」

 屋敷に戻った孫六たちは、すぐにトーハンに会った。トーハンは、

「レベリウスは少し席を外してくれ」

 というと、

「なんでですか?」

 レベリウスが反した。

「これは、マゴロクにとって大事な話だ。たしかに、お前は一応、マゴロクの師匠、ではある。だが、これはマゴロクの話だ」

「俺が師匠って分かっているなら。……」

「そこまでして聞きたいのか?お前にとっては残酷な話になるぞ?」

「聞かせてくれ」

 トーハンは仕方なさそうに、孫六に話し始めたのは、

「ケレマウス陛下が、孫六をお抱えの鍛冶師にしたい」

 というものだ。

「儂を、召し抱えるということか?」

「そうだ。しかるべき領地を与え、おそらく場所と道具、手伝う者をつけての待遇になるだろう」

 レベリウスの顔色が白くなっていく。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 慌てふためいたレベリウスを見たトーハンが、

「だから言ったではないか、聞くべきではない話だ、と」

「なんで、マゴロクが?」

「私のこの剣を見た陛下が、是非に、と仰ったのだ」

 レベリウスが孫六の方を見る。孫六の表情からは、読み取れるものがない。孫六は、

「しばらく考えさせてもらえんか」

「返事は明日だ。明朝、もう一度、最後の謁見の折に、返事を聞かせてもらいたい」

「よかろう。明朝までに考えておく」

「よい返事を頼んだぞ」

 トーハンの言葉に、孫六は反応しなかった。


 魔術灯近くの歓楽街にある酒場で、レベリウスは一人酒を食らっていた。

「そんな飲み方で大丈夫かい?」

 酒場のあるじが心配そうにカウンター越しに話しかけてくる。

「なにか、悩みでもあるのか」

「……、放っておいてくれよ」

 レベリウスの目つきをみたあるじはそれ以上何も聞かず、黙々と食べ物を作り始めた。

(絶対に行くわけがねえんだ)

 レベリウスは心の中で叫んだ。

 孫六の腕をケレマウスが認めるのは、当然のことだ。

 北の町にいるという、バモフェルよりも上だろう、とも考えている。つまり、レベリウスにとって、ミレバルにおける最高の鍛冶師は、誰あろう孫六に違いない。

 だから、孫六が国王のお抱え鍛冶師になるのは致し方ないことだ。

 むしろ、喜ぶべきはずである。

 だが、レベリウスにとってそれは、目標の喪失、というより、学ぶべき手本を奪われることに耐えがたい寂寥を覚えていた。

 行くわけがない、と言い聞かせているのは、そうでもしなければ何かが崩れ落ちてしまいそうな気がしたからで、孫六が自分の目の前からいなくなった時、レベリウスは鎚を置こう、と決めていた。


「隣、よろしいですか」

 レベリウスが目線を向けると、ゲインズだった。

「ああ」

「随分と飲んでますね」

「飲まなきゃやってられませんよ」

「……、マゴロクさんのことですね」

 レベリウスが折れたようにうなずく。

「レベリウスは、納得できませんか」

「……、親方が決めることだから、親方がそうするなら従うしかない。けど、……」

 ゲインズは、ただ黙って出てきた酒を飲んでいる。

「親方にとっては名誉なことだとは思う。ケレマウス王が直に召し抱えようとするなんてことは滅多にないことだし」

「……」

「そりゃ、親方はそれだけの腕を持っているし、ふさわしいと思う。だけど、俺は親方の打つ剣をこえる、そう誓ったんだ。……」

 その先を聞こうとしていたゲインズがふと目をやると、レベリウスは酔いつぶれて眠っていた。

「やれやれ」

 ゲインズが苦笑すると、

「兄さん、知り合いかい?」

 酒場のあるじが話しかけてきた。

「ええ、ですが酔いつぶれてしまったようなので、すみませんが、トーハン・アーデンの屋敷に使いを出してもらえませんか?彼を背負うには私は少し心もとないので」

 わかった、とあるじはすぐに店員の一人を呼び伝えると、店員は屋敷に走り去っていった。

 しばらくして数人の男が台車を一台引いてきた。ゲインズはレベリウスをそれに乗せ、屋敷に戻っていった。


 翌朝、レベリウスはあてがわれた部屋のベッドで目を覚ました。

「??」

 レベリウスの記憶は、ゲインズが隣にいたことくらいしかない。そのゲインズが部屋に入ってきた。

「お目覚めのようですね」

「あ、あの。昨日は。……」

「酔いつぶれてしまったので、私が酒場の主人に頼んで、屋敷の者に引き取らせました」

「す、すいません」

「結構ですよ、あのような話を聞かされては、やけ酒もしたくなるでしょう」

 そういわれて、レベリウスは昨日の話を思い出した。孫六が国王に召し抱えられる、というものだったはずだ。

「あの、親方の返事は」

「それは、私も、トーハン様も聞いていません。何だったら、レベリウスがたずねてみますか?」

 レベリウスはどうして良いか分からない。

「まあ、とにかく朝食を済ませましょう。大丈夫ですね?」

「ああ」


 食堂に差し込む陽ざしに、レベリウスは少しくらくらするような眩しさを感じた。

 孫六とトーハンはすでに朝食を取り始めていたようで、レベリウスも開いた席に座って、出された朝食を取り始めた。

「レベ」

「はい」

「昨夜は、ずいぶんと騒がしかったようだな」

「すいません」

 レベリウスが頭を下げるのへ、

「あまり酒を過ごすとろくなことにならんぞ。気をつけておけ」

 孫六はそういったきり、後は何も言わなかった。


 トーハン一行が、ケレマウス王への謁見に向かった。そこにはレベリウスの姿も当然にある。

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