4
ケレマウスとアマベルが登場し、玉座に座った。
「そこにいるのが、マゴロクなのか」
そうでございます、とトーハンが答えた。
「楽にせよ」
ケレマウスの言葉で、孫六はゲインズに言われて立ち上がった。
「……、奇妙な髪よの」
「これは髷と申すものでな、我らの中ではこれが普通でござってな、むしろ、儂から見れば他の者の方が奇妙に見え申す」
これは面白い、とケレマウスとアマベルが口を隠して笑う。
ケレマウスは、トーハンの佩刀を指さし、
「かの剣をつくったのはお前だと聞いているが?」
「それがしが打ち、意匠をほどこしてござる」
「実に良いものを見た。マゴロクは、出はどこだ?」
「美濃国にある関、と申す町の生れにござる」
「ミノ?セキ?」
「左様。美濃国関でござる」
そうか、とケレマウスはそれ以上深掘りするのを止め、
「鍛冶はどこで習った?」
と話題をかえる。
「それがしは代々の鍛冶屋で、父の代からにて」
「そうか。さぞかし、父子ともに名人か」
「いやいや、それがしの腕なぞは、親父殿に比べればひよっこより下。比べるべくもない」
「これほどの腕を持っている者が言うのだから、マゴロクの父はさぞかし名人なのだろうな」
「仰せのとおりにござる」
「それと、もうひとつたずねたい」
「なんなりと」
「昨日、魔術灯付近で、黒づくめの連中と戦ったと聞いている。間違いないか」
「間違いござらぬ」
それはおかしなことだ、と、ケレマウスは、不思議そうにした。
「黒いミサとマゴロクの間に何かあるのか」
「それがしは、そもそも黒いミサなるものが如何なるものか存ぜぬことではあるが、ある経緯によって、狙われた由」
「巻き込まれた、と考えるべきかな」
「ある意味では」
なるほどな、とケレマウスは一応の納得を示した。
「黒いミサの残党については、各領主たちや、衛兵たちも力を尽くしているが、いかんせん未だに殲滅に至っていないのが現状だ。衛兵たちに報告によれば、お前の剣の腕が相当なものでだそうな」
「あれは、ほんの手慰みにて」
手慰みなものか、とケレマウスは声を上げて笑った。
「剣はどこで習った?」
「京の鍛冶屋で修業を致した折、京八流の道場にて」
「キョウハチリュウ?」
「鬼一法眼を祖とした、古い流派でござる」
「益々面白い男よの、アマベル」
ケレマウスの隣に座っている王妃のアマベルは、
「実に魅力的な方ですわね」
といった。
「ときに、マゴロク」
「はっ」
「よろしく頼むぞ」
ケレマウスとの謁見はこれで終わった。トーハンの額からでる汗が止まらない。
「な、なんとか乗り切ったかな」
「ご領主さまよ、そこまで緊張せずともよかったのではないか」
「私のときならば、私の胸一つでどうにかなるが、陛下の御前であればどうしようもないであろう。とにかく謁見も終わったから、屋敷に戻ろう」
トーハンの屋敷に戻ると、留守番をしていたレベリウスが待っていた。
「どうだった、親方」
「儂はどうということはないが、ご領主さまはひどく疲れているようだ」
「ゲインズ、私は少し休む。後を頼む」
トーハンはそういって寝室に入っていった。
「我々も一息つきましょう」
ゲインズの提案に孫六は頷いた。
孫六たちはそれぞれソファに座ると、メイドたちがハーブティーを入れて持ってくる。
「面白い味だの」
孫六ははじめてのハーブティーに少し戸惑っていたが、気に入ったのかお代わりを求めていた。
「これからのことですが」
ゲインズが切り出す。
「例の黒づくめの連中のことかね」
「ええ。今回のことを踏まえると、クロムンド氏と孫六さんは、命の危険性が高まります。護衛をつけてはどうか、という話がありますが」
そんなもんは邪魔だ、と孫六は言い放った。
「儂らの仕事がやりにくくなる」
「しかし、死んでしまえば元も子もないでしょう」
「一度死んでおる身だ、死ぬことになんら恐れはない。それに、護衛などは仕事の邪魔にはなっても役に立つことはなかろう」
「それで、いいのですか?」
「ご領主さまがそうせい、とおおせあったか」
「いえ。今の段階では私自身の中での話です。……、マゴロクさんならそういうかもしれないとは思っていましたが、出来る限りのことはこちらでします。それくらいはいいでしょう」
「儂の邪魔さえせなんだら、いうことはない」
ケレマウスのふとした表情を見たアマベルが、
「いかがなされましたか?」
とたずねた。
「いや、あれが気になってな」
「あれ?……、トーハン卿のあの剣のことでございますか?」
「あの見事な剣はそうそうに打てるものではない。あのマゴロクとかいう鍛冶師、あの町に埋もれさせるは実に勿体ない話だとは、おもわんか?」
「ええ、確かに。……、でも」
「でも?」
「当の本人がそのようなことを望むのでしょうか?」
「この国王ケレマウスが直々に抱えようというのだぞ?これ以上の名誉はあるまい」
「たしかに、名誉は名誉でございましょうが、それを皆が望む、とお考えでございますか?」
アマベルはそういい、もしかすると孫六はその手の人物ではないのではないか、というようなことを言った。
「なぜそう思う?」
「トーハン卿の様子を見れば、一目瞭然でございますよ」
「余は必ず応じてくれると思うがな」
「では、トーハン卿に再度来ていただき、その旨をお伝えすればよろしいのではないか、と」
「なるほどな。では、今一度、トーハン・アーデンを呼ぶことにしよう」
トーハン・アーデンに再度、王宮に上がるよう通達が来たのは翌日のことで、
「はて?」
とトーハンは疑問に思った。
「なにかあったか?」
黒づくめの連中のことについてある程度の始末はついた、と思っていたが、どうやらまだ残っていたのだろうか。
「そのようにめぐらせても仕方ありません。国王陛下の真意をおたずねするしかありませんから」
ゲインズにそう言われて、
「それもそうか」
と、トーハンは軽い気持ちにして、王宮に出向いた。
謁見で、ケレマウスは、
「マゴロクを、王宮の鍛冶師に迎え入れたい」
ということを伝えると、トーハンは、一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに、
「あの、本当にそうお考えでございましょうか」
と尋ね返した。
「そうだ」
「冗談の類ではない。……」
「冗談をいう余ではない」
「であれば、こればかりは、本人の意見を聞かねばなんとも。……」
「では、本人に召し抱えるつもりがあるということを伝えよ」
「承知仕りました。ただ、本人の意思に重きを置かねばなりませんので、そのあたりはご容赦のほどを。……」
「わかった。とにかく、話をせよ」
王宮から戻ってきたトーハンに、ゲインズは、
「どうでございましたか」
と聞き、トーハンから事の次第を聞くと、
「それは、実に。……」
といって、それ以上の言葉が続かなかった。
「であろう?あの老体がこのような話を受けるとは思えんのだ」
「しかし、ケレマウス陛下直々の召し抱えとなると、これ以上ない名誉だと思いますが」
「たしかにな」
「ここはひとつ、本人に話をしてみてはどうでしょう」
「無論、そのつもりだ。マゴロクはどこにいる」
「町を散策する、といって外に出て行きましたが」
「なにを考えているのだ、あの老人は」
「護衛をつけさせようと思いましたが、『要らん』の一言で、レベリウスと二人で繰り出しました」
「とにかくすぐに見つけろ。そして首に鎖をつけてでも屋敷に連れ戻せ」
ゲインズはすぐに手配をすると、自身もすぐに町へ繰り出していった。
孫六とレベリウスはそのようなことは知るはずもなく、またしても鍛冶屋の店に足を運んでいた。
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