6
トーハンによれば、この謁見がカンタレス滞在中の最後の行事らしい。この謁見が終ると、その足でアーデンの町に戻ることになる。
レベリウスは孫六とトーハンの背中をじっと見やっている。どちらも微動だにしない。やがて、ケレマウス王と王妃アマベルがやってくる合図を受けて、王と王妃がそれぞれ玉座に着いた。
「トーハン・アーデン」
厳かにケレマウスが呼ぶ。
「はっ」
「道中無事であることを」
「はっ」
時に、とケレマウスは孫六の方を向いた。
「マゴロク、心はきまったか?」
「そのことでござりますれば。……」
孫六は一呼吸おいて、
「召し抱えの件、まことに過分なお引き立てではござりまするが、それがし、性に合いませぬゆえ、お断り申す」
と、きっぱりと言い切った。
レベリウスが思わず拳を握って目を輝かせる。トーハンは額を抱え、ゲインズは苦笑している。
「なにゆえだ?」
「申し上げた通り、性に合いませぬでな。それに、弟子が師匠を差し置いて、召し抱えというのは、ちと僭越に過ぎ申す」
「過ぎたるものということか」
「御意」
しかし、とアマベルが口を挟む。
「マゴロクよ、王国の直の召し抱えとあれば、思うように鎚を振るい、剣を鍛えることが出来ますのよ?」
「王妃さま、鍛冶屋というのは、ただ刀を打つだけに非ず。例えば鋤や鍬、その他にも修繕や他のものも作らねばなりませぬ。それに」
「それに?」
「どうにも、あのアーデンという町が、儂のいた関の町によう似ておりますのでな、どうにも離れるのは耐えがたくござる」
ケレマウスとアマベルは顔を見合わせ、しばらく笑っていた。
「なにか、面白いことでも話しましたかな」
いやいや、とケレマウスは手をふる。
「このような事ははじめてだ。他の者であれば、真っ先に町を捨て、こちらに来ようとするが、マゴロクのような奴ははじめてだ」
「世上の者であれば、泡沫の名誉を求めるものなれど、儂はすでに死んでおる身、今更名誉だのなんだの、というのは邪魔なだけ」
そういうとケレマウスはまたしても笑う。
「じつに面白い男だ。世界は広い、なあ王妃」
「ええ。実に」
「ではな、マゴロク。一振り、このケレマウスに剣を打ってもらえんか」
「それならばお安い御用。精魂込めて作らせてもらいましょうぞ」
「場所は、王宮の鍛冶部屋を使うがよかろうぞ」
孫六とレベリウスは、衛兵に案内されながら、鍛冶の館に向かう。
館には火床からふいごといった一通りの鍛冶道具だけではなく、研ぎから細工までの、およそここだけで自己完結が出来るほど、支度が出来上がっていた。
「レベ」
孫六が呼ぶ。
「へい、親方」
「なにを嬉しそうな顔をしておる。さっさと仕事に取り掛かるぞ」
「へい!!」
早速鋼の選定から始めた孫六であったが、
「どれも、これといった物がないな」
と、少し困った。
「レベ、鍛冶屋の親父を呼んでくれんか。今すぐにだ」
レベリウスが早速と出かけ、暫く待つと鍛冶屋の親父がやってきた。
「なんだよ、王様のお呼び出しだと聞いてきたのに。……、なんだあんたか」
「すまんな、だが、王様の呼び出しというのはまんざら嘘でもない。実はな、ここの王様に剣をつくるように命ぜられたのだが、これといった鋼がない。親父は、どこかいい砂鉄。……、ビヒールだったか、の場所を知らんか」
それなら、と親父は王宮裏の山でビヒールが採れる、という。
「案内してくれんか、不案内でな」
「それはいいが、あんた、本当に王様からか?」
「でなければ、ここにはおるまいよ」
「そりゃそうだ」
親父に連れて行かれたその裏山は山肌がこれみよがしに現れている、いわゆる裸山であったが、孫六は親父から砂鉄の場所をあらかた聞き、いくつか掘ってみた。そして必要分を手に入れると、館にあるたたら場に持っていき、関の町でやっているのと同じように鋼を取り出した。
出来上がり、冷えた鋼の色は、虹のように見る角度によって色を変えた。
「不思議なものだな。これを使っているのか」
そうだ、と鍛冶屋の親父は頷く。
「一度、叩いてみるか」
孫六は出来上がった鋼をいつものように小割にして梃子鉄に乗せ、さらに即席で作った泥水をかけ、小麦の藁を元に作った藁灰を全面にまぶしたあと、火床に相当するところに入れた後、炭を隙間をつめてまんべんなく入れ、火を入れた。
次第に鋼が熱を帯びて赤色に湧き上がる所で、孫六は鋼を取り出し、
「レベ」
声をかけた。鎚を持ってきたレベリウスから受け取り、鍛錬を始める。見ていた鍛冶屋の親父は、
「本当に、この爺さんは、お前さんの弟子か?」
「え?」
「俺だって長いこと鍛冶をやっているからわかる。この爺さん、相当な腕だ。鎚の打ち方一つ、あの目。ぶれることのない姿勢。どれをとっても只者じゃない」
鍛錬を終えた孫六、今度は作り込みを考える。
「これは。……、レベ、手伝ってくれ。これは、無垢でやる」
「あいよ」
無垢鍛えとした孫六は、レベリウスと共作しながら、一振りの剣を作り上げた。
孫六には珍しく両刃の長剣で、柄も金属のものを使用した、典型的な西洋の剣である。
「珍しいな、親方」
「この素材にはこの方がいい。どう思う、親父」
鍛冶屋の親父は、目を見開き、呆けたように口を開けたままになっていた。
「どうした」
「こんな立派な剣を、俺は見たことも作ったこともない。爺さん、あんた何者なんだ」
「儂は、アーデンの町で鍛冶屋をやっている、孫六というものだ」
「マゴロク、ねえ。……、俺はアーディン。アーディン・バストフだ」
アーデンの町に戻る馬車の中で、トーハンは言った。
「それにしても、陛下のあのご様子よ」
ええ、とゲインズも思い出して笑いをこらえている。
「おそらく陛下がお考えになっていたものと全く違うものが出来上がったので、虚を突かれたのでしょうね。……、それにしてもマゴロクさん、いつもと違う剣でしたが」
「あれは、あの使い方の方がよい。少し考えたのだがな、変に色々と合わせるよりは、あの素材のまま使ったほうが良いと考えたまでだ」
「なるほど。……、マゴロクさんの懐の深さには驚かされます」
親方、とレベリウスがたずねる。
「本当に、断ってよかったのか?」
「お前は、儂が向こうに残ってほしかったのか」
「そうじゃないさ。ただ、せっかくだったのに。……」
「確かに、世の中名誉はあるに越したことはない。が、名誉で腹が膨れるわけでも、誰かが施しをしてくれるわけでもない。名誉とは、そのくらいのものさ」
アーデンに戻る馬車は、疲れたようにゆっくりとしていた。
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