仕合

1

「風の期とはうまいことを言ったものよ」

 と孫六は感心している。

 風の期は、炎の期特有の厚さを、まるであつものを冷まそうと吹きかける息のようにして、暑さが和らいでいく特徴を持っている。それを孫六は、

「秋だな」

 と、いった。


 アーデンの町で剣術の道場の主であり、レベリウスの客の一人でもある、クロムンド・バトーが工房にやってきたのは、炎の期から風の期に移り変わろうか、という頃であった。

「先生、珍しいですね」

 と、レベリウスが言った。

「ああ。実はね、剣を一本、欲しいんだ。金はいくらでも払う」

「あ、よろしゅうございますよ」

「ただし。一つ条件があってね」

「はい」

 レベリウスが不思議そうにしている。

「そこのマゴロクさんに、打ってもらいたいんだ」

「へ?いや、冗談は困りますよ。この工房は俺の工房ですよ」

「そいつは分かっている。無理を承知で言っているんだ」

「なぜ、そんなことをいうんですか?先生」

「ウィリシュから聞いたんだよ、良い剣を打ったそうだね」

「おかげさまで」

「あの剣は全く使いやすい、と。野生の大鹿トマスが暴れたとき、ウィリシュはその剣で一閃したそうだが、そのときは骨までしっかりと断ち切って、しかも刃こぼれひとつしなかったそうだ」

 レベリウスが孫六に目線を送ると、孫六は確信めいて頷いている。

「だが、私はあれはレベリウスが打ったものではないのではないか、と思っている。それまでのレベリウスの腕を考えると、出来過ぎだ。レベリウスではない誰かが打ったのだろう、もしそれができるとしたら、そこのご老体以外にはない、とね」


 クロムンドはわざとらしく目線を孫六に送る。

「いや、儂はレベリウスの弟子でしかない。打ったのはレベリウスであって、儂ではない」

「ご謙遜されるな。このクロムンド・バトー、少しは目端の利く男、と自負しております。マゴロクさん、是非ともお願いしたい」

 孫六は少し考えて、

「そこまで申されるに及んで、それでも、と断るわけにはいくまい。ただし、当方にも一つ条件を申し入れたく思うが如何に」

「……、条件ですか」

「左様。もしその御目にかなわなければ、代金は要り申さず。されど、必ずや引き取ってもらいたい」

「わかりました。では、出来上がり次第、教えてください」

 クロムンドが出て行ったあと、

「親方」

 とレベリウスは情けない声を上げた。

「そう泣き声を出すな。儂とて鍛冶屋の端くれ、恥になるようなものは作らんわい。それよりも、ナイゲルに会うぞ」


 ナイゲルの工場では、ナイゲルが出来上がった鋼を鎚で小割にして、出来具合を確かめていた。

「親父」

「おお、マゴロクか。鋼か?」

「入用が出来た。見せてもらえんか」

 そこだ、とナイゲルが指さした先の鋼には目もくれず、

「今、親父が小割にしたやつをくれ。代金は出す」

「これか?」

 ナイゲルが鎚で指すと、そうだ、と孫六は頷く。

「まあ、別に構わんが、まだ選定が。……」

 言い終わらぬうちに、孫六が小割の鋼をじっくりと確かめている。そして、

「やはり、いい仕事をしているな、親父。これだといい心鉄が出来る」

 と、袋に入れようとした。

「まったく、お前にはかなわんな。もっていけ、それでよければな」

 ナイゲルはレベリウスに手のひらを見せると、指で金を催促した。少しうんざりした顔で、レベリウスは銀貨を渡す。

「マゴロクは実に目がいい。鋼の目利きは鍛冶屋にとっては実に重大な事だ。レベリウスも『いい弟子』を持ったな」

 レベリウスは何とも言えない顔をしていた。


 孫六は普段のとおり、作刀の作業に入る。

 心鉄に使う、小割の玉鋼を熱っしては叩いて不純物をはじき出し、レベリウスに手伝ってもらいながら折り返してまた叩く。

 気の遠くなるような作業を繰り返し、四方詰めの作りこみを経て、素延べ、形を作りながら整え、さらに土置きを施して、赤め。焼き入れをし、焼き戻しはほんの少し。そして仕上げに入る。

 作刀を終えて、さらに研ぎをしなければならないが、それはレベリウスが、

「せめてそれくらいは」

 と言って聞かないので、そのくらいは任せる、ということになった。


 クロムンド・バトーが再び工房にやってきたのは刀が出来上がった翌日で、その頃には銘切も終わり、木から作った白鞘と白柄をつけ終えていた。

 孫六は、クロムンドにうやうやしく刀を捧げ、

「よろしくお納めいただきたく存ずる」

 といった。その態度は、普段とは全く違う、実に神妙で厳かな態度だった。クロムンドは、

「試し切りを行いたいが」

 というと、レベリウスが裏庭まで案内した。

 

 クロムンドは先ず刀を抜こうとするが、上手く抜けない。

「これはな、こうして抜くのだ」

 刀のそりを上に向け、手首を返して中ほどまで抜く。そして元に戻し、クロムンドに渡した。クロムンドは孫六の真似をして、ゆっくりと柄を上に上げるように抜いた。

「ほう。……」

 持った感触を、クロムンドは言葉に表すことができないでいた。何度か振る。片手、両手。

「これは、両方でもいけるな」

「刀は本来正眼では、両手で使うもの。されど、居合などのときには、片手になることが多い」

「イアイ?」

 クロムンドがたずねるのへ、孫六は工房からすでに作り上げていた刀を持ちだし、

「こういうことさ」

 と、薪を放り上げ、目に見えぬほどの速さで切った。地面の落ちた薪が二つに割れる。

「本来、居合はこんな曲芸ではないのだが、片手で使う、というやり方でみせたまでのこと」

 素晴らしい、とクロムンドは激しく拍手した。やってみたい、というので、孫六は仕方なく薪を放り上げるが、クロムンドは上手く抜くことができず、薪は鈍い音を立てて地面にぶつかる。

 クロムンドは何度か試みたが、結局は出来ずじまいだった。

「まあ、こんな曲芸は出来ずともよい。それよりも切れ味の方を見たいのではないのかな?」

「ああ、そうだった。では」

 切株の上に薪を立たせて、クロムンドは刀を抜き、上段から振り下ろす。すると、薪は遅れて真っ二つになった。

「実に素晴らしい!!」

「気に入ってもらえて何よりだ。鍛冶屋の甲斐があるというものだ」

「それにしても、この剣は不思議な形をしている。まず、片刃だ。それでいて、細い印象を受ける。しかしこの切れ味は相当なものだ。一体、どうやって?」

「それは話すことは出来んな。秘密というやつさ」

 なるほど、とクロムンドは鞘におさめると、銀貨の入った袋をレベリウスに渡した。


 中を見たレベリウスは、

「こ、こんなに?」

 と目をむいた。レベリウスは孫六に見せたが、孫六の反応はにぶい。

「ま、儂は、相手方がどれだけ払うかに任せているからな、金で驚くようなことはせん。……、だが一つ聞きたい。道場主殿は、何故所望された?」

「それは、話すことはできない。このような素晴らしい物を打っていただいて本当にありがたいが、それは赦してくれないか」

「まあ、それぞれ事情というものがあろう。取り立てて聞こうとは思わん。失礼した」

 クロムンドは丁寧に一礼をして去っていった。

「気になるな」

 孫六が言うのへ、レベリウスが止める。

「親方、あまり深入りしない方が。……」

「お前は気にならんのか?」

「そりゃ、多少は。クロムンド先生は、この町で一番の剣術家で、人徳もあつい。それに、今まで剣の研ぎを依頼してきたことは会っても、剣をつくるように言ってきたことはなかったからね」

「今まで所望しなかったのは必要がなかったからだ。それに、必要であれば研ぎに出すことで間に合わせることもできた。だが、それでも剣を所望した、ということは何か事情があって、やってきたということだ」

「その事情って?」

「それがわかれば、気になるわけがなかろう。とは申せ、こちらからしゃしゃり出るというのは、道場主殿の気分を害するであろう」

「その方が無難ってもんですよ、親方」

 レベリウスはたんまり銀貨の入った袋を工房に持って行った。

「悪いことが起こらねば良いがな」

 孫六はそう呟く以外にはなかった。

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