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レベリウスの仕事場は、アーデンの町の中にある職人街の中でも最も奥で、人通りの少ない場所にある。
レベリウスの工房を見た孫六は、まるで値踏みでもするように工房の設備を見て回っている。
「どうだい、立派なもんだろう」
レベリウスが胸を張って言うと、
「なかなかの出来ではあるが、鋼はどこから調達している?」
と孫六がたずねてきた。
「そりゃ、行商から買うよ」
「自分で鋼をつくることはせんのか」
「爺さんは、そんなことをしたことがあるのか?」
「刀打ちはそれくらいのことはせんとな。無論、買うこともある。だが、買った鋼が悪い物であれば、おのずと刀の出来も悪くなるからな」
そういわれて、レベリウスは工房の端に立てかけてある幾振りかの剣から、一振り取り出し、孫六に見せた。
「どう思う?」
「無垢か」
孫六は即答した。孫六は、死に装束のまま、剣を持って工房の裏手に回る。
工房の裏手には薪や炭などが置いてある。孫六はまだ切り分けていない薪のうちの一つを取り出し、それを台替わりにしている切り株の上に置いた。
孫六、端座して目を閉じる。じっくりと剣を手元によせ、目を開いたかと思えば、電光一閃、剣を振るった。ところが、横に切り入れた薪は中ほどで止まり、剣にくっついた。
おお、と声を上げるレベリウスを一瞥した孫六は、
「こういうことがあるから、鋼は自分で作るか、目利きができなければならん。それゆえ、鍛冶屋というのは難しいものだ。それとちゃんと研がないからこうなる」
といって、薪がついたまま、レベリウスに剣を渡した。
「だがよ、爺さん。これだけの量の鋼を作るなんて無理だぜ」
「鋼か砂鉄が取れる場所がないのか?」
「サテツ?なんだそりゃ」
「鉄の混じった砂のことだ」
「ビヒールのことか?それなら北の山ならあるけど」
レベリウスが言う北の山というのは、アーデンの町の北にあるナバリィ山で、ミレバル王国では一番の採取量だという。
「そこへ連れて行ってくれ」
「それは構わないけど、その恰好で行くのか?」
孫六は死に装束のままだ。
「程よいものはないか?」
孫六の体格を見たレベリウスは、
「俺のじゃ無理だな。すぐに脱げちまうだろう。……、そうだ、町の服屋があるから、そこで見繕うとするか」
レベリウスの後をついていく孫六を見て、町の人間がひそひそとしながら見合っている。
「そんなにこの装束が珍しいのかね」
「そりゃそうさ、そんな恰好をしている人間なんぞいないよ」
「そうかい。『郷に入れば郷に従え』というからな」
服屋に入り、レベリウスが仕立師を読んだ。
「この爺さんに合う服を探しているんだけど」
かしこまりました、と仕立師が幾つかの服を並べる。どれも孫六の体格に合った手頃な服だ。
「そうだな。……」
レベリウスは白を基調にした服を一着手に取って、孫六に渡す。
「これ、着てみてくれ」
孫六がその場で脱ごうとするのへ、
「向こうに試着室があるから、そこで着てくれよ」
「あの箱の中でか?」
「そうだよ」
「狭かろう、ここでよい」
「駄目だよ。向こうで着替えて」
試着室にはいった孫六がすぐに声を上げた。
「どうやって着るんだ、これは」
レベリウスが少しうんざりしながら試着室の中に入り、しばらく教えて、ようやく孫六が出てきた。
白の長袖と白のズボン、胸には革ひもが通っている。
「動きにくいな」
「そうか?慣れればどうということはないさ」
「それにしても、随分とへんてこなところだな、ここは」
「贅沢言うなよ、それに俺たちから見れば、爺さんこそ変なんだぜ」
「なるほど。そうともいえるか。……、で、北の山はどこにある」
「今日はもう無理だ」
レベリウスが外を見るように指さすと、日が落ちて夜になっていた。
「泊る所もないんだろう?俺の家に来るかい?」
「そうさせてもらおう。なにせ、儂にとってはお前さんが頼りだからな」
「物分かりがいいじゃないか」
レベリウスの家はアーデンの町の中にある住居区にあって、木造の二階建てになる。
「狭い家だが、どうぞ」
「邪魔をする」
一人暮らしらしく、家具も最低限のものしかない。例えば、箪笥、食堂用の机と三脚の椅子、暖炉のそばにあるソファは二人掛けほどの大きさだ。
「寝室は二階だ。予備のベッドがあるから、それを使うといい」
「何から何まで世話になって、申し訳ない。礼を申す」
「?」
「要するにだ、ありがとう、と言っている」
「ああ、そういうことか。……、爺さんの言い回しは変で分かりにくい」
「場所が違うとこうも違うものか」
孫六は感心しながら、
「これからは、儂のことは孫六と呼んでくれてよい。その代り、儂もお前さんのことは呼び捨てにするからな」
「随分勝手だな。……、まあいいだろう。よろしく頼む、孫六」
「よしなに」
孫六にあてがわれた部屋のベッドは、孫六にとっては身が床に沈みそうな感じがしてとても寝られたものではない。
「よくこんなもので寝られるものだな、あの大男は」
孫六はそう呟いて、掛けの布団だけを持ち出し、床に寝そべると、そのまま寝息を立てた。
翌朝、孫六を起こそうと向かったレベリウスは、床に寝ている孫六を見て驚いた。
「よくそんなところで寝られるな」
と。孫六の体をゆすり、孫六を起こすと、
「なんでそんなところで寝てたんだ?」
とたずねた。
「これは寝にくい。どうも、体が沈んでいかん。それ故、ここで寝た」
「まあ、孫六がそういうならべつにいいけどよ、床に寝て体がいたくないのか?」
「儂らはずっと床で寝ておったのよ。床に薄布団を敷いてな」
「信じられないな、こんな固い床で寝るなんて」
レベリウスは閉口した。
「で、今は、何時かね」
「何時?……、外を見てみなよ」
「ほう。……、随分と寝ておったようだな。体が疲れていたかな」
「マゴロク、昨日の約束、覚えているか?」
「お前さんの弟子になるという話か?承諾したつもりだがな」
レベリウスはほっとした。眼前の老人の様子を考えると、前言をひっくり返すかもしれない、と思っていたからだ。孫六はさらに続けた。
「そういえば、北の山というのはどこにあるのかね」
ナバリィ山へは、徒歩で半日ほどの、ごく近くにある。孫六はナバリィ山の麓に立っている。
「ここで、砂鉄が採れるのか?」
「サテツっていうのがビヒールのことなら、ここだ」
レベリウスは少しへこんだ一帯を指さし、
「あの辺りだ」
といった。
孫六はその場所まで向かって足を踏み入れた。
「これだ、これ。ここではびひーると申すか」
レベリウスから借り受けた革袋に砂鉄を入れ始める。革袋をいくつか限界まで膨らませると、
「工房に戻ろうか」
といった。
工房に戻った孫六は、採取した砂鉄をまじまじと眺めている。
「どうだ?」
「……、悪くはないかもしれん。このあたりにたたらはないか」
「タタラ?なんだそりゃ」
「この砂鉄から鋼を取り出すのさ。砂鉄から余計なものを取り除き、純度の高い玉鋼を取り出す」
「そんなことができるのか、爺さん」
「鍛冶屋をやるなら、これくらいのことは知っておかねばならんよ。……、この砂鉄を、どこへ持っていく」
「それなら、ナイゲルっていうドワーフに渡す。そこから、鋼を受け取っている」
「どわーふ?」
「会ってみればわかるよ」
レベリウスは職人街をぬけて、郊外に出た。大きな工場の前に立っているのは、毛むくじゃらで樽のような体型の男だ。身長も孫六の腰より少し上といったところか。
「ナイゲル、ビヒールを取ってきたんだが」
「そうか、こっちへよこせ」
ぶっきらぼうな声が帰ってきた。
「そこのやつは?」
「こいつはマゴロクといって、俺の弟子だ」
変な名前だな、とナイゲルが呟くと、
「弟子の孫六だ、よしなに願いたい」
と孫六が挨拶をした。
「あ。ああ、で、こいつを鋼にするんだな?」
「どうやるか、見せてもらえまいか」
「変な人だな、あんた。そんなもんを見たがる奴なんて今まで誰もいなかったぞ」
ナイゲルは笑いながらも、孫六を興味深そうに見つめた。
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