弟子入り

1

 鍛冶屋のレベリウスは薪を背負ったまま、森の中を走っていた、息せき切って。


 大地を踏み割らんばかりの音を鳴らし、とにかく走っていた。森をぬけ、アーデンの町に入った。


 レベリウスは町の領主であり、またミレバル王国の重臣であるトーハン卿のいる石造りの屋敷に飛び込んだ。

「何があったんだ?そんなに慌てて」

 護衛の兵士のウィリシュにおどろかれながらも、レベリウスは水を望んだ。わかった、と兵士から水の入った木のジョッキを貰い受けたレベリウスは一気に飲み干した。

「い、行き倒れだよ、行き倒れ」

「森でか?」

「ああ、今もそこで倒れてるはずだ。だから、人がいるんだ」

 わかった、とウィリシュは一旦屋敷の中にはいりしばらくすると、数人の男を連れて戻ってきた。


「どこか案内をしてくれないか」

 ウィリシュに乞われたレベリウスは、こっちだ、と、森の中に再び向かった。

「それにしても、なんでそんなところで行き倒れが出たんだろうか」

「さあね」

「町の者か?」

 ウィリシュにたずねられて、レベリウスは見たことがない、といった。

「じゃあ、町の者ではないのか」

「いや、そういうんじゃない」

「町の者以外でもない、というのか?」

 そのようなことがあるはずがない、と兵士は笑った。

「そうなんだよ。町の者でもないし、町の者以外でもない」

「なんだかよくわからんな。まさか、怪物とかじゃないだろうな?」

「いや、それはない。人間であることは間違いないんだ。だから、行き倒れなんだよ」

「とにかく、その者を見つけて町に連れてくるほかないだろうな」


 レベリウスが案内した場所は、森の奥深く、日の光もそれほど入らない暗い場所だった。

「レベリウス、何でお前はここに居たんだ?」

「薪が欲しくてね。それを見つけにここまでやってきたんだよ」

 レベリウスが指さした場所には、人が倒れている。

 その様を見たウィリシュは、

「ああ。……、なんとなく言いたいことは分かるな」

「だろ?どういっていいのか分からないんだよ」


 倒れていたのは、見た目からして男で、しかも相当の年齢でありそうなことは分かる。

 ただ、髪型から服装までが明らかに町の者と違う。

 髪型は、頭頂部をきれいに剃り上げ、側頭部の髪を伸ばしていてそれを留め、頭頂部に戻している。

 服装も町の者の、筒袖の上着とズボンではない、幅の広いものだった。


「こんな服装は見たことがないな」

 ウィリシュが戸惑っている。

「そんなことより、早くこの爺さんを町へ運ばないと死んじゃうぞ」

「ああ、そうだな。……、おい、この爺さんを呪医の所まで運んでくれ」


 町で唯一の呪医であるトルキアの看板が風に遊ばれて揺れている。

「トルキアさん!!」

 ウィリシュとレベリウスが例の老人を運んできた時、トルキアは錬金の調合をしているところだった。

「どうした?そんなに慌てた声を出して」

 トルキアの手にあるのは小さな試験管で、二つの液体を混ぜ合わせていたらしい。

「行き倒れなんだよ、診てくれないか」

 老人の姿を見るなり、トルキアは顔を引き締めて、

「そこのベッドに寝かせろ」

 といった。


 トルキアが老人の服を脱がそうとするが、

「どうなってんだ、この服は」

 といって、老人の服を脱がすのに苦戦をしている。トルキアは脱がすことをあきらめ、

「ここなら広がるか」

 と、胸のあたりで交差している場所を、両手でひろげた。存外容易く広がり、老人の胸があらわになった。

 心臓の音を聞く。鼓動が弱く、小さくなっている。

「レベでもウィリシュでもいい。水を汲んできてくれ。そこのバケツにだ」

 トルキアが指さしたのは、木の桶で、レベリウスがトルキアの家の裏に回って水を汲んで戻ってきた。

「これくらいか?」

「これでいい。ひとまず、中心の鼓動が小さい。こういう場合は、何度か叩いてやると、鼓動が強くなることがある」

「大丈夫か?」

 レベリウスが気弱な声を出す。

「俺の仕事はなんだ?」

「そりゃ、呪医だよ」

「呪医の仕事は?」

「人の命を助けること」

「分かってるじゃないか」

 トルキアが老人の胸を強くたたいた。老人の体が一瞬浮き上がる。老人の鼓動はまだ戻らない。

 何度かトルキアが老人の胸を叩き、鼓動を聞くと、鼓動が力強いものになった。それと同じくして、老人が咳込んだ。

「もう、だいじょうぶだ。あとは、水とこれを飲ませればいい」

 と、レベリウスに渡したのは、液体の入った小さなカプセルだ。

「何でおれに」

「お間が連れてきた患者だ。お前が面倒を見ろ。何、その爺さん、すぐに気が付くよ」

 そういってトルキアは部屋に戻り、ウィリシュは屋敷の護衛に戻った。


 しばらくして老人は目を開けた。

「おい、目を開けたぞ!」

 レベリウスがトルキアに声をかけると、トルキアはしかかりの錬金を止めてやってきた。

「おい、爺さん。聞こえるか?」

 老人はうう、と唸っていたが、やがて、

「ああ、気分はよいぞ」

 といった。

「気付けの薬だ。これを飲んでくれ」

「ああ、かたじけない」

「かたじけない?」

「すまんね、といったんだ。わからんか?」

「わからんよ。爺さん、この男に感謝しとけよ?このレベリウスがいなけりゃ、爺さんは今頃『神々の地』へ旅立つところだったんだ」

「神々の地?どこだね、そこは」

「死んだら行くところさ」

 老人の反応は鈍く、

「ようするに冥土のことか?」

 とたずねた。

「メイド?なんだそりゃ」

「なんじゃ、冥土のことも知らんのか。死んだらあの世に行くであろう?それを冥土というんだよ」

「だったら『神々の地』と同じじゃないか」

「呼び名が違う、ということか」

「どうやらそうらしいな。で、爺さん。あんた、どこのだれだ」

 儂か、と老人は自分を指さし、

「儂は、この町で鍛冶屋をやっている孫六というものだ」

 といった。レベリウスとトルキアが笑う。

「どうやら、この爺さん、頭の打ちどころが悪かったらしい」

 レベリウスがそういうと、孫六、と名乗った老人は、

「ここは、関の町ではないのか?」

 と聞いた。

「セキ?ここはアーデンの町だよ。爺さんは、セキという所から来たのか?」

「ああ。美濃国武儀郡関だ。儂は、そこで鍛冶屋をやっていた」

「そんな名前の町、聞いたことがないぞ。全く別の国から来たのか?」

「いや。……、儂は、確かに死んだはずだ。息子と嫁、周りの連中に見守られて、冥土へ行ったと思うたが、冥土は面白いものを見せてくれる」

「ここはメイドじゃないって。アーデンの町だ。……、爺さん、変な薬でも飲んだのか?」

「さっき、変な石ころみたいなのを飲まされはしたがな」

「そうじゃないよ、森で行き倒れる前だよ」

「行き倒れ?儂がか?」

 そうだよ、とレベリウスがうなずくと、孫六は鈍い顔をしている。


「どうにもわからんな」

「なにがだよ」

「いや、実はな、儂は、死んでおるんだ。いや、それは間違いない。それが証拠に、これを着ておるであろうが」

 孫六の服装をレベリウスがよくよく眺めてみる。土の汚れで気づかなかったが、よく見れば白い服装だ。

「これ、白か?」

「左様。死ねばこのような死に装束を身に着けるのだ。それとこの袖の下には。……」

 と、孫六は腕を曲げて袖の下に突っ込んだ。

「器用なことするね、爺さん」

「そうか?……、ほれ、これがあるだろう」

 孫六の節くれだったごつい手に、穴の開いた丸型の小さな板が六枚ある。

「これはな、冥土への渡し船の駄賃だ。六文銭という。これを持っているというということは。……」

 と、孫六が考え込んだ。

「どうした?爺さん」

「儂は、本当に死んでいないのか」

「だから、そう言っているじゃないか。わかったかい?」

「ああ。……、さてもさても、これからどうするか」

「マゴロク、とかいったっけ?あんた、鍛冶屋をやっていたんだったよな?」

「そうだ。この町にも鍛冶屋はあるのかえ?」

「俺が鍛冶屋だ。行く当てもないんだったら、手助けしてくれないか?」

「刀と野鍛冶くらいだが、それでいいのか?」

「……、よくわからないが、まあよろしく頼むよ」

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