3
ナイゲルの工場を見た孫六は一言、
「実に大きなたたらだ」
と、見上げながら感嘆した。
「使うのはそっちじゃない。こっちだ」
ナイゲルが指さしたのは、小型のたたらで、それでも孫六の背の高さほどにはある釜だった。
「ここにな、これを入れるんだ」
「炭ではないか」
「スミ?こいつはケテランというんだ。スミじゃない」
「まあよい。それをその中に入れるのであろう?その下には何を敷き詰めている?」
「ドーサとか、ストン、スールを敷き詰める。そこから見えるだろう」
孫六が首を少し伸ばして中を見る。
「訳の分からんことを言うから何かと思えば、粘土に砕石、砂利のことじゃないか」
「……、ようわからんが、ここにケテランを高くつむ。ここで火を入れて、神の願いが通じたらば、ここにビヒールを流し込むんだ」
「やはり、たたらのやり方ではないか。そうなると、だ」
孫六はレベリウスにたずねた。
「お前さん、もしかして、あそこから出来上がった鋼を叩いて伸ばしたのか」
「そりゃそうだろ。そうしなけりゃ、剣は作れない」
「切れ味が悪いと言われたことはないか?」
「すぐに悪くなるんだ。だから、剣を研ぐばかりで、剣が作れない」
孫六はくすくすと笑っていたが、やがて大きな笑い声になった。
「なにがおかしいんだよ」
レベリウスはさすがに気分を悪くした。
「いやなに、こっちの話だ。お前さんが気にすることもない。……、親父、出来上がったら呼んでくれんか」
分かった、とナイゲルの言葉を聞いて、孫六とレベリウスは工房に戻っていった。
工房にある剣を取って眺めている孫六に、レベリウスが話しかけた。
「マゴロク、さっきのことなんだが」
「気分を害したなら、この通り謝ろう」
「いや、そうじゃないんだ。あんた、ちょっと詳しそうだから聞きたいんだ」
「何をだい?」
「俺の剣の悪いところを教えてくれないか。俺は、この町で唯一の鍛冶屋だ。俺がいい武器をつくらなきゃ、みんなに迷惑がかかる。だから、悪いところを直して、よりいい武器を作りたいんだ」
「向上心はあるようだな。だが、儂はお前さんの弟子だぞ?師匠が弟子に教えを乞うというのはあまり聞いたことがないな」
孫六はひとしきり笑うと、真顔に戻った。そして、おいてある剣のうちの一振りを持ち出しては、刃に指をあてる。
あぶない、とレベリウスは言ったが、それに構わず、孫六は刃に指を滑らせる。
小さく皮膚を切ったかと思えば、赤く細い筋ができるだけだった。
「これも、ずいぶんと切れ味の悪い刃をしておる。これで斬られた者はたまったものではないな」
「ウィリシュにもよく言われるよ」
「であろうな。さしずめ、あそこ置いてあるのはすべて研ぎに出されたものであろう。それも作ってそう遠くないうちに」
「そこまでわかるのか」
「推量を申したまでのことよ。これだけ腕の悪い鍛冶屋というのは、みていて清々しささえ感じる。……、ひとまずは、あのたたら師の親父から報せが来てからだ」
ナイゲルがレベリウスの工房にやってきたのはそれから五日後くらいだった。ビヒールこと砂鉄から鋼が取り出せので、持ってきた、という。
鋼は両手いっぱいに広げたほどの広さで、手に取るとずっしりと重くあって、孫六は鋼の出来に顔をほころばせていた。
「親父、実に良い仕事をしてくれた。あれだけの量で、これほど採れるとは思わなんだぞ」
「ああ、やってみて俺も驚いたよ。あのビヒールは誰が拾った?」
「儂だ。レベリウスに教えられたところを取っただけのことだがな、運が良かったらしい、時に親父」
「なんだ?」
「鋼は他にもあるか?」
「ああ、あるにはあるが。見に来るか?」
「是非とも」
再び、ナイゲルの工場へ赴いた二人。孫六は、鋼のある場所をナイゲルから教えてもらった。
大きな箱がいくつも置かれてあり、その中には種類に分かれた鋼が入っていた。
「好きなだけ持って行っていいぞ。こっちは使わないものばかりだからな」
ナイゲルが言うのへ、孫六は驚いた。
「いいのか?」
「構わんよ、お前さんならうまく使ってくれそうだからな」
「ならば、ひとまずは。……」
孫六はいくつかの革袋に種類ごとに鋼を入れると、重たいのか、少し体が沈んだが、どうやら歩けそうではある。
「これだけ持って帰るが、本当によいのか?」
「ああ。また来てくれ」
「かたじけない。では言葉に甘えてもらって帰ろう」
工房へ戻る途中、レベリウスは孫六の行動の真意を分かりかねていた。
「なんで、あれだけの鋼を貰ったんだ?」
「お前さんも鍛冶屋なら、鋼の目利きくらいは出来ておかんとな。あのたたら師の親父、なかなかにいい鋼を蓄えている。これだけのものを無償で譲ってくれるというのは、よほど金目に執着しておらぬか、もしくは無頓着か。いずれにせよ、いい取引の相手を得たものだ」
レベリウスにはさっぱりわからない。これだけの重い物を持ちながら、にこやかにして汗を流している老人が。
工房へ戻った二人を、ウィリシュは待ちかまえていた。
「レベリウス、出来上がったか?」
「いや、まだだ。この爺さんの面倒を見るのに手間取っちまって」
「ああ。……、爺さん、あれから体はどうだ?」
「息災よ。それよりな、大将。その研ぎに出した剣というのは、どれかね」
これだ、とウィリシュが指さしたのは、工房の奥にある鞘付きの長剣だった。孫六が手に取ってみると、黒光りをしているが、光の具合が鈍く、反射も悪い。
ナイゲルからもらった鋼を床に置き、何度か振ってみるがどうもしっくりこない。
「大将、この剣を使ってみてどう思った」
「どうって。……、まあ、悪くはないんだが、もう少し軽くするか、短くしたいんだ」
孫六はウィリシュに剣を持たせた。
「ちょっと振ってみてはくれんか」
言われるがままにウィリシュは振る。はじめは両手で振っていたが、時に片手でも扱った。
「ちと、重そうだな」
「ああ。実際には手に来るずっしりとした感触が悪くないから、このくらいでもいいっちゃいいんだが、いざ戦いとなると、この重さだと隙をつかれかねないんだよな」
「つまり、片手で扱えるほどのものであることが好いというわけだな」
「長い剣は抜くのも一苦労だからな。それに盾も構えることになるから、片手は塞がるし、そういう意味でも片手で扱えるものが欲しいかな」
「では、もし、その剣をそのように造りかえる、と言われれば、大将はどうする」
「そりゃまあ、できるなら、ありがたいけどな」
「ならば、しばらく預かろう。それでいいか?レベリウス」
「あ?ああ、分かったよ。数日待ってくれないか」
頼んだよ、とウィリシュが工房を出て行った。
「マゴロク」
「なんだ?」
「勝手なことはやめてくれないか」
「それはすまんことをした。だが、客の望むことに答えてやるのが鍛冶屋の仕事だと思うが?それに、あの大将の注文を聞いて、お前さんは剣を作ったのか?」
「いや、そこまでは。……」
「もしあの大将が、なんらかの戦に赴き、この剣を使ったらどうなると思う?あの大将がいうように、その隙を狙われて死んだら?寝覚めも悪かろう。剣や刀は人を殺す道具であると同時に、己の身を守る道具でもある。それを任される鍛冶屋という仕事は、まことに難しいものだ」
孫六の言葉に、レベリウスは心臓をつかれたような思いをした。そのような考えで今まで鍛冶という仕事をしていたのかどうか。
「なんか、悪かった」
「お前さん、性根はなかなか素直なようだな。……、一度、お前さんが打つところを見せてくれんか。師匠の手さばきを見てみたい」
そこまでいうなら、とレベリウスは鍛冶屋の服装に着替えた。それは、耐熱用のエプロンと手袋、光を抑えるためのメガネだ。
「面白い恰好をするな」
「俺からしたら、爺さんのあの白の服装の方がよっぽど面白いぜ」
レベリウスは鉄の火箸で鋼を掴み、火と炭を入れて熱した細長い炉の中に入れる。赤くなってきたところで取り出し、鎚を使って伸ばし始める。
何度も何度もたたいて伸ばし、形が出来上がると、水に入れて冷やして出来上がる。
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