ルールと気持ち

(はあ、明日私の命運が決まるんだと思うと気が重い……)


 日曜日の昼下がり、テレビの中のシオンくんを眺めていたら、朝霧くんのことが頭に浮かんできて、そんなことを考えてしまい、私はため息をついた。


 その時、ピンポーンという軽やかなインターホンの音色が、私に来客の存在を知らせた。


(誰だろう?宅配とか頼んだ覚えはないけど……)


 「はーい」と返事をしながら扉を開けると、そこには美少女が立っていた。


 白い肌に均整の取れた小さな顔。すらりと細い手足。十人中十人が「かわいい」と評するだろう少女が、そこにはいた。


「えーっと、どちら様でしょうか?」


 どうして芸能人顔負けの美人さんが家の前に立っているのかわからず、困惑した私は首をかしげる。


 美少女さん(仮)はにひひっと小悪魔っぽい笑顔を浮かべた。


「初めまして、ヒスイちゃん!ボクは瀬戸せとリナ。今日はキミに用があって来たんだ」


(うはああ!ボクっ娘きたあああ!現実にいるんだ……かわいいっ!)


 ボクっ娘と無口or毒舌少年が性癖の私は、柄にもなく(?)興奮する。


 心の中で感動をかみしめているため何も言わない私にかまわず、瀬戸さんはするっと体をドアの隙間から滑り込ませ、ニッコリ笑った。


「ヒスイちゃん、大事な話をしよう。——死神について」

「! ……どうぞ、入ってください。部屋に案内します」


(まさか、この人も死神とか?仮にそうだとしたら、死神って美形しかいないの?謎だなあ)


 それにしても、死神についての大事な話ってなんだろう。


 不思議に思いつつ、私は瀬戸さんを自室に迎え入れる。部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルに向かい合わせに座ると、瀬戸さんは話を始めた。


「改めまして、ボクは瀬戸リナ。死神で、朝霧シオンの幼馴染だよ」

「恋塚ヒスイです。朝霧くんの幼馴染で死神、ですか」

「そうだよ。よろしくね、ヒスイちゃん。ボクのことは好きに呼んでね」

「では瀬戸さん、と」

「あはは、他人行儀だなあ。リナって呼び捨てにしてもいいのに」

「……あの、それで、用件は?」

「あ、そうだった。忘れてた、ごめんごめん」


 瀬戸さんは右のサイドテールを揺らして、居住まいを正した。つられて、私も背筋を伸ばす。

 

 瀬戸さんは、身振り手振りを交えながら話を始めた。


「しーくんからはどこまで聞いてるの?」


(しーくん……朝霧くんのことか。幼馴染って言ってたし、仲いいんだろうな)


 そう考えた時、チクリと針で刺したみたいな小さな痛みが、胸に走った。それに気づかないふりをして、私は瀬戸さんの質問に対して返答をする。


「死神と天界や人間界の関係、天界審議について簡単に。依頼と寿命についても聞きました。私の依頼が手違いの可能性が高いことも」

「そう。やっぱり、しーくんは大事なことを言っていないんだね」

「大事なこと……?」


 私が小首をかしげると、瀬戸さんは笑みを深めた。


「死神が依頼を破棄した場合の罰則について」

「罰則、ですか」


 聞き返した私に、瀬戸さんは「そうだよ」とうなずいた。


「死神はね、厳格なんだよ。命はとても尊いものだ。だから、それを扱う死神には、厳しいルールが課されている。天界からの依頼は絶対、今まで手違いなんてなかった。だからこそ、こんなルールが設けられているんだけど」

「その、ルールというのは?」

「死だよ」


 間髪入れずに返ってきた瀬戸さんの重たい言葉に、私は息をのむ。

 瀬戸さんはそんな私を細めた目で眺めて、話を続けた。


「死神は一度受けた依頼を破棄することができない。正確にはできるけれど、それを実行した場合、死神失格の烙印を押される。死神として生を受けたボクらにとってそれすなわち死……。己の職務を放棄した裏切り者には死あるのみ、ってね。仮に依頼内容に誤りがあったとしても、これは覆らない。文字通り、絶対の掟だから」

「っ……」


 二の句が継げない私を、瀬戸さんは感情の読めない視線で見つめる。

 朝霧くんも感情が読めないけれど、瀬戸さんのそれは朝霧くんとは似て非なるものだ。

 瀬戸さんの瞳は色々な感情が複雑に絡まりあって、無になっている。カラフルな色をぐちゃぐちゃに混ぜると黒になるのと同じように。


 私は、震えそうになる声を何とか抑えて口を開いた。


「つまり、私の命が助かれば朝霧くんが死んで、朝霧くんの命が助かれば私が死ぬ、という認識で合っているのでしょうか」

「うん、そういうことだよ」


 瀬戸さんは「話したいことは全部言ったから」と立ち上がった。お見送りをするため、私も並んで玄関に向かう。


 玄関のドアに手をかけた瀬戸さんは、何を思ったのか振り返って、にこっと笑った。


「しーくんはね、魂を導くこの仕事に誇りを持ってる。無気力に見えて、誰より真面目でやさしいし、努力家なんだよ。面倒くさがりなのは本当だけどね。……それだけ。今日は手土産もなしに突然訪ねてきちゃって、ごめんね。ばいばい、ヒスイちゃん。また会えるといいね」


 パタンとしまったドアを、静かに見つめる。


 私の頭の中では、瀬戸さんの言葉がループ再生のように繰り返されていた。



◇ ◇ ◇


 

(私の命か、朝霧くんの命……。どっちかを、選ばないといけないのかな)


 ちょっとしか接していない私でもわかるくらい、朝霧くんはやさしい。

 瀬戸さんは朝霧くんについて「死神という職務に誇りを持っている」と言っていた。

 私が朝霧くんに「殺さないで」と懇願して、私の依頼が間違いだとわかれば、朝霧くんは自分を犠牲にする選択をとるかもしれない。


「それは、いやだな」


 思わずつぶやいてしまった自分に、素直に驚く。

 

 こんがらがりそうな頭の中を整理するために、疑問を脳内で言語化することにした。


(どうして私は、朝霧くんが私のために死を選ぶことが嫌なんだろう。朝霧くんを助ける方を選べば、私は死んじゃうのに)


 そこまで考えて、私はふと、気づいた。気づいて、しまった。


「ああ、そっか。私……朝霧くんのことが、好きなんだ」


 かみしめるようにつぶやくと、無自覚だった自分の感情が湧き上がってきて、頬が熱くなった。


 同時に、この恋は絶対に叶わないものなんだと思い知らされて、私は髪を一房、人差し指にくるりと巻き付けた。


「私はやっぱり、私か朝霧くんかだったら朝霧くんを優先したいな。……だって、朝霧くんは初恋の人だもんね」


 恋は盲目って、きっとこういうことを言うんだよね。ずっと理解できなかった気持ちが、今ならわかるよ。


 私は、枕もとに置いてあったうさぎのぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめた。

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