二人の未来

 約束の月曜日、放課後。


 私と朝霧くんは、私の自室のテーブルに、向かい合わせで座っていた。


 私は無言の空間を破るように、明るい声を出す。


「私の命、あげるよ」


 朗らかに笑うと、朝霧くんは目を見開いた。めったに変わらない朝霧くんの表情が、私の言葉で崩れるんだって思うとなんだかうれしくて、私は目を細めた。


「えっと、瀬戸さんから聞いたんだ。死神は受けた依頼を放棄すると死神失格って判断されて、死んでしまうって」

「……そう、リナが……」


 うん、と私はうなずいた。

 

 朝霧くんのこの反応から察するに、瀬戸さんの話は真実なのだろう。瀬戸さんを疑っていたわけではないけど、なにせ突然のことだったからね。

 

 私は、快活な笑みを浮かべて言った。


「だから、いいよ。私の命、あげる。私は、自分か朝霧くんかだったら、朝霧くんを選びたいから」


(バカだなあ、私も。……本当に)


 心の中で苦笑する。


 恋を知らない以前までの私だったら、出会って二週間の他人のために自分を犠牲にするなんて、バカな行いだって思っただろう。

 こんな素敵できれいで悲しい気持ちを教えてくれた朝霧くんのためなら、私は命も差し出せるんだ。


(出会って二週間の男の子相手にこんなこと思うなんて、びっくりだよ)


 ずっと黙っていた朝霧くんは、今から死ぬかもしれないのににこにこしている私を不可解に思ったらしく、声を発した。


「どうして。どうして、俺のためにわざわざ自分の命を捨てようなんて思うの?」

「え、それ聞いちゃうの?うーん、そうだなあ……」


(正直に答えたら、告白みたいになっちゃうな……。まあ、どの道もうちょっとで死ぬんだし、別にいいか)


 朝霧くんの質問に、私は少し悩んでから答えようと口を開いた。


「朝霧くんのことが好きだからだよ。……うー、これめっちゃ恥ずかしいなあ……」


 自分の言葉に照れながら言うと、朝霧くんは「そう」とだけ返事をする。


 朝霧くんが右手を空に向かって伸ばすと、何もない空間から突如として大鎌が出現した。


(ああ、私、死ぬんだ)

 

 禍々しいそれは、アニメで見るような死神の鎌そのもので、私はそう覚悟する。

 初恋の人の手で逝けるんだ、幸せな方だろう。


 死を覚悟した私の目の前で、朝霧くんは握っていた鎌をわきに置いた。

 不思議に思った私は、閉じかけた瞼を再び開く。


 どうして?と疑問の意を込めて朝霧くんの黒曜石みたいな瞳を見つめると、それを察したらしい朝霧くんが答えを口にした。


「あの後、上に確認をとったんだ。恋塚さんの魂を刈るって依頼は間違いじゃないですか、って」


(あの後……って、お出かけのことかな)


 私が黙って続きを促すと、朝霧くんは話を続けた。


「すぐに調べるから少し待ってほしい、って言われて、昨日の夕方返答があった。恋塚さんの依頼は間違いである、そのことを認めたうえで、依頼を遂行しろ、と」

「それって……」

「そう。恋塚さんは殺されなくて済むはずだったのに、手違いを隠蔽するために手筈通りに殺せってことだった」


(そうだったんだ……。つまり、私を殺さないと、罰則は適用されるってことか)


 ふむふむとうなずきながら話を聞いていた私に、朝霧くんが質問を投げかけてきた。


「……これを聞いても、俺を助けるって考えは変わらないの?」

「え?うん、もちろん。不祥事の隠蔽なんて、こっちでもままあることだし……。自分がその犠牲者になるっていうのは、さすがに複雑な気持ちだけど」

「……そっか」


 朝霧くんは、再び何もないところから何かを取り出した。

 それは文字がびっしり記載されている高級そうな紙だった。そこに書きつけられている文字は見たことのないもので、どこの言語なんだろうと首をかしげる。私が疑問を口にする前に、朝霧くんが答えを口にした。


「この字は魔界と天界の共通語なんだ。この世界の文字じゃないから、読めなくて当然だよ。これは依頼書。ここに、恋塚さんの間違った寿命と恋塚さんの魂を刈れっていう依頼の内容が書かれてる」

 

 そう言って、朝霧くんは紙を私の眼前に掲げる。


 そこに記された文字は、生きてきた中で見てきたどの字とも違って、これが異世界の文字かあなんて思った。


 その刹那。


 ビリビリビリッと大きな音を立てて、朝霧くんが依頼書を破り捨てた。


 あっけにとられる私の前で、朝霧くんは依頼書を細かく裂いていく。

 依頼書はすぐに、粗いシュレッダーにかけたかのように粉々になった。書いてあった文字も、わからないくらい。


 原形をとどめていない依頼書を前にして、私はようやく金縛りが解けたかのように言葉を発した。


「ちょ、ちょっと朝霧くん、何してるの!?大事な依頼書を破くなんて……!こんなことしたら、朝霧くんが死神失格って判断されて、死んじゃうかもしれないんだよ!?私のこと殺してもいいよって言ったじゃん!なのに、どうして……」


 朝霧くんは、そうまくしたてる私の唇にそっと人差し指を押し当てた。私は思わず口をつぐむ。朝霧くんは突然の行動の説明を始めた。


「さっき言ったでしょ、上は依頼が間違いであることを認めて、そのうえで依頼を遂行しろって指示したこと。その時に、もしこの依頼を破棄したらどうするんですかって聞いたんだ」

「それで、なんて言われたの……?」


 どきどきしながら尋ねると、朝霧くんは相変わらずの無表情で返事をした。


「罰則は適応されて、死神失格になる。でも、この場合は特例として、死神じゃなくてただの人間になるって言われたんだ」

「ただの、人間に……。で、でも、朝霧くんは死神って仕事に誇りを持っているんでしょ?瀬戸さんが言ってたよ」


 私が言うと、朝霧くんは小さくうなずいた。

 

「確かに俺は、迷える魂を導く死神という仕事に誇りを持っている。それは正しいけど、誇りを持っているからこそ、間違った人の魂を刈りたくない。だってそれは、死神をやめたくないっていう俺のエゴのために、あったはずの誰かの未来を奪うってことだから」


 強い覚悟がうかがえる朝霧くんの言葉の気迫に、私は唇を引き結ぶ。


(そうか。朝霧くんは死神というこの仕事が本当に好きで、だからこそ、それを汚したくなかったんだ。たとえもう二度とそれに携わることができない、ただの一般人になったとしても……。それが朝霧くんが死神という職にかける情熱で、誇りなんだ)


 本当に、綺麗な人だ。真っ白で純粋で、強くてやさしい。そんな人が、自分のプライドを守るためであっても私を選んでくれたんだって思うと、どうしてもうれしい。私って、結構性格悪かったのかもな。


 私は、「そっか」と笑った。朝霧くんは、この選択はあくまで自分のためだと言った。それなら、お礼を言うのはお門違いというものだろう。


(……本当に、やさしいな)


 私が笑みをこぼすと、朝霧くんは「それから」と言った。そして、続けられた言葉に私は固まる。


「あと、さっきの告白の返事だけど……」

「えっ!?ちょ、ちょっと待って!それはもう死ぬからって思って言ったことであって、二人とも生き残ってうれしいなーってなった今はもう忘れてほしいっていうか」


 恥ずかしい発言を告白として蒸し返されて、私は声を裏返らせて焦る。

 慌てるあまり早口になる私を見て、朝霧くんがふっと笑った。レアすぎる朝霧くんの笑顔に、私は固まる。

 急な萌えの過剰供給で私が動けなくなった隙に、朝霧くんは言葉を重ねた。


「俺も好きだよ、恋塚さんのこと」

「へっ?」

 

 予想外の言葉が朝霧くんの口から発せられて、私は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまう。

 さっきとは別の意味で固まる私に、朝霧くんが言葉を続けた。


「一人で孤立してた俺にも話しかけてくれたし、途中まで一緒に帰ってくれたし、一緒にお昼食べてくれたし、ずる休みしたときお見舞いにも来てくれたし」

「それは、朝霧くんと仲良くなって、私の命を狙っている朝霧くんのことを説得するためであって……」


 純粋な朝霧くんをもてあそんだみたいな気持ちになった私がしゅんと俯くと、朝霧くんは「分かってるよ」と言った。


「恋塚さんは死にたくなくて、俺に殺されたくないから俺に近づいたんだよね」

「そ、そうだよ。だから全然、純粋な善意なんかじゃ……」

「うん。全部分かってるよ。そのうえで、恋塚さんのことが好きなんだ」


 普段の無表情からは想像がつかないほどやわらかい顔つきで、朝霧くんは話す。叶わないと思っていた恋が成就しそうな気配に、私は顔を赤くして混乱する。朝霧くんは言葉をつないだ。


「恋に落ちるってどういうことか、ずっと分からなかったけど……やっと理解できたんだ。恋は『する』ものじゃなくて、自然と『落ちちゃう』ものなんだって」


 見なくても分かる、きっと私の顔は、真っ赤に染まっていることだろう。

 朝霧くんは、口をはくはくと開閉させる私の手を握って、国宝級の顔面をほころばせた。


「両想いで、すっごくうれしいな。ねえ恋塚さん、俺と付き合おうよ」

「あ、う……。えと、よ、よろしくお願いいたします……?」

「うん、よろしくね、恋塚さん」


 たった今から私の彼氏となった、天使のような微笑みをたたえた朝霧くんを前に、現実逃避をしたい私が思ったことは。


(初恋は叶わないって、迷信なんだ……)


 という、なんともくだらないことだった。


 色々ありすぎて絶賛大混乱中の私に、朝霧くんが微笑みかける。


「ねえ恋塚さん、晴れてお付き合いすることになったんだし、お互いに名前で呼び合おうよ。ヒスイって呼んでいい?」

「あ、う、うん!どうぞご自由に!」

「ふふ、うれしいな。ヒスイも俺のこと、シオンって呼んでよ」

「はわ……。えーっと、シ、シオン?」

「うん。……へへ」


(て、天使!天使がいる……!)


 尊いの化身みたいな元死神と、二次元オタクの平凡な私なんて、釣り合わないどころの騒ぎじゃないと思うけど……今は、この幸せをかみしめていたいな。

 私は、シオンに満面の笑みを向けた。

 ……ちょっと泣きそうになっちゃったのは、絶対に秘密である。



◇ ◇ ◇



 そのあと、ザクロやアキ、『朝霧さまを守る会』の面々にお付き合いのことが即バレて、全員に囲まれて質問攻めにされたり。

 ザクロが親友となった南雲さんを家に連れてきて、南雲さんが実はお父さんが助けたあの女の子だったことが分かったり。

 私の大好きな刀ノ舞の作者様が、実は朝霧くんのもう一人の幼馴染の死神だったり。

 アキの推しである美紅みくるちゃんが無期限活動休止を発表して、アキが死人みたいになったり。

 恋人になった朝霧くんが甘すぎて、私が命の危機に瀕したり……。


 そんな風に私たちの穏やかな毎日が続いていくのは、また別の話。



ー ー ー



これにて完結となります。

少しでも楽しんでいただけましたら、下にある☆☆☆を★★★にしてくださると幸いです。

読んでいただきありがとうございました!

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転入生は死神でした。 月瀬ゆい @tukiseyui

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