完璧な大作戦
——『朝霧くんと仲良くなって説得しよう大作戦』。
死神(?)の朝霧くんに殺されることを阻止したい私が考案したその作戦の内容は、こんな感じ。
朝霧くんと仲良くなる!
↓
朝霧くんを説得する!
↓
私の命が助かる!
(うん、我ながら完璧な作戦だね!)
もちろん、一番最初にして最難関の『仲良くなる』という工程についても、詳しく考えてある。
あいさつから始めて、お互いのことをよく知るために自己紹介をして、ウザがられない範囲で一緒に行動して、一緒にお昼を食べる。ここまで来たらだいぶ仲良くなっていると思うから、「一緒に遊びに行かない?」とできるだけ自然にお出かけに誘い、そこで説得を試みるのだ。
あんまり性急に事を進めると怪しまれる恐れがあるけれど、何しろ自分の命がかかっているのだ。朝霧くんは一週間後に私を殺すと電話の相手に話していたので、猶予はない。悠長に作戦を進めていたら、すぱっと死神の鎌みたいなやつで首をはねられてしまう恐れがある。それだけは絶対に避けなければならない。
さっそく明日から、ガンガンアピールしていこう。朝霧くんやアキに怪訝に思われる可能性大だし、女子からの視線は怖いけど、命のためなら安いものだ。
(私って、もしかしなくても天才なのかも……!)
今日が日曜日だから、さっそく明日から作戦を開始して、金曜日にお出かけに誘って、土曜日に説得しよう。
メモ帳に書き出した作戦内容を満足げに眺め、にんまりと笑みを深める。
その時、私の部屋のドアがノックもなしに無遠慮に開かれた。
「ねえお姉ちゃん、今日のご飯何がいい?……って、何ニヤニヤにしてんの、気持ち悪……」
「え、ひど。それがお姉ちゃんに対する態度ですか、ザクロ?もうちょっと姉を敬いなさいよねー」
「敬うポイントが一個もないんだし、しょうがないでしょ。で、ご飯何が食べたい?特に希望ないなら勝手に作るよ」
「特にないかな。ザクロの好きなものでいいよ」
「あっそ、分かった。じゃあ、野菜炒めと豆腐ハンバーグにするから」
出来たら呼ぶからすぐ来てね、と言い残して階段を駆け下りる妹を笑顔で見送って、開けっ放しのドアを閉める。
作戦メモをカバンに仕舞い、私は「そろそろ勉強しなきゃなー」と大きめの独り言をつぶやき、学習机に向かった。
◇ ◇ ◇
「ねえお姉ちゃん、悠長にパンをかじっている暇なんてあるの?もうすぐ八時だよ」
ポニーテールを揺らしてリュックみたいな中学カバンを背負う妹が、呆れで飽和した声をかけてきた。
いちごジャムをたっぷり塗ったトーストをもぐもぐしていた私は、ザクロの言葉を聞いて時計に目をやり、目を見張った。
「ち、遅刻するー!」
「はあ。お姉ちゃんってば、たまにこうやって寝坊するたびにのんびりして、いっつも遅刻ギリギリなんだから。本当に学習しないよね。我が姉ながら情けないよ。……じゃあ、わたしはもう行くから。お弁当はテーブルに置いてるから、自分で持って行ってね。行ってきます」
「うわーん!やばいよー!ザクロ、いってらっしゃい!」
バタバタと大急ぎで準備をする。うう、どうして妹のザクロはあんなにしっかりしているのに、姉の私はこんなにダメダメなんだろう……。
身だしなみもそこそこに、急いで家を出る。家から近いという理由で学校を選んでよかった、これならギリギリ間に合いそうだ。
「ふう、セーフ!」
「おはよう、ヒスイ。ギリギリセーフ、さすがだね。今日も寝坊?リボン曲がってるよ、直してあげるからこっち来て」
「ん、おはようアキ。ありがと」
アキお母さんに適当だった服装と髪の毛を軽くセットしてもらったところで、朝霧くんが登校してきた。相変わらず無表情で、何を考えているかわからない。
(これは、あいさつチャンスでは!?席が近い私があいさつしても、ごく自然だよね!よーし!)
「あ、朝霧くん、おはよう!」
自分の命を狙う死神かつ推しと瓜二つのイケメンにあいさつするのって、こんなに精神力を消費するのか……。噛みそうになりながらも普通にあいさつできた私は、にっこり笑う。背中に殺意のこもった視線のナイフがぐさぐさ刺さっている気がするのは、うん、気のせいだよね!
自分の席に着いてぼんやり窓の外を眺めていた朝霧くんがちらりとこちらを向いて、小さな口を開いた。
「……おはよ」
「! うん、おはよ!えへへ」
ザクロちゃんとアキ以外の誰かとこうやって朝のあいさつを交わすなんて、いつぶりだろう。なんか心なしかスッキリする気がするし、いいものだなあ。……突き刺さる女子からの視線を除けば。
はあ、今日も朝霧くんの芸能人顔負けの顔面が眩しいよ。推しのシオンくんにそっくりだからかな、三倍増しでキラキラしてる。今すぐ激写してスマホの待ち受けにしたいくらいだ。そんなことをしたら社会的にも物理的にも死ぬのが目に見えているので、やらないけれど。
上機嫌で席に着くと、右隣に座っているアキが神妙な顔で耳打ちしてきた。
「ちょっとヒスイ、転入生が推しにそっくりだからって、まさか好きになっちゃったなんて言わないよね?」
「そんなわけないでしょ。フィクションと現実の区別くらいついてるよ。まあ、仲良くなりたいとは思ってるけどね」
自分の命が惜しいので、と心の中で付け加える。笑顔で「席も近いし、クラスメイトだしさ」と建前を口にした。
アキは納得していない様子で何かを言おうとしたけれど、その時にタイミングがいいというか悪いというべきか、ハジメ先生が元気よく教室のドアを開けたので、アキは渋々といった感じで引き下がり、自分の席に戻った。
そのあともつつがなく授業を終え、その間にある休み時間にアキになにかを追及されることもなく、昼休みがやってきた。
昨日のうちにザクロが作ってくれたお弁当をカバンから取り出す。
弁当箱のふたをパカリと外すと、綺麗に詰められた彩のいい昼ご飯が顔をのぞかせた。今日もとってもおいしそうだ。私は目を輝かせ、箸を手に取る。手を合わせると、パンと小気味いい音が鳴った。小さく「いただきます」と呟く。
まず黄色の卵焼きをつまみ、口に運ぶ。ザクロが作ってくれる卵焼きは塩味である。ザクロは卵焼きはしょっぱい派なのだ。ちなみに私の作る卵焼きはだし巻き卵。うむ、今日も大変美味だ。
黙々と食べ進め、弁当箱の中身を空にして、手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟く。ザクロの作ってくれるご飯はおいしくてレパートリーが多いので、本日のメニューはなんだろうなと考えを巡らせた。
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