ハロウィーン特別編 リオマルディアの秋祭り

 ◇◇◇


 束の間の秋は、そろそろ終わりを迎えようとしています。

 虫たちも鳴き声を潜め、赤く色づいた葉が落ち始めたころ、ラフィはディアナに声をかけました。


「ディアナ、ディアナ! 明日はお祭り用の服を買いに行くぞ!」


「え……?」



 リオマルディアは、お祭りが大好きな国です。春は咲き誇る花々をたたえ、夏は打ち上がる花火に歓声をあげ、秋には豊かな実りに感謝を捧げて、冬には厳しい季節を越せるよう神に祈る────……そんなふうに、しょっちゅうお祭りをしては国中で楽しむのです。


 そして、ラフィが現在わくわく胸を膨らませているのは、もうすぐリオマルディアに訪れる『ルミリオ祭』でした。


 ルミリオ祭は、秋の終わり、冬の足音が聞こえ出したときに催される大きなお祭りです。

 その由来は、この日は死者の世界とこちらの世界の門が開いて街に死者たちや魔物たちが現れる、という言い伝えから。死者や魔物たちは隙あらば生者を死者の世界に連れ去ろうと狙っているので、こちら側は生者だとばれないように魔物に仮装して街を歩く、という風習がありました。また、生者か死者かの違いがはっきりわかるようにと持つようになったランタンも然りです。

 しかし現在となっては、ルミリオ祭はそのような怖い意味を持つお祭りではなくなっていました。ルミリオ祭はいまや、みんなでお化けに仮装してランタンを持ち、この日にちなんだご馳走を食べてみんなで踊る、という陽気なお祭りになっています。


 ということで。

 このお祭りを心より楽しみにしているラフィは、仮装用の服を買いに行こうとディアナに言いつけたのでした。


「い、いいですけど……わたしは仮装しませんよ?」

「えっ? しないの?」

 念のため言うと、ラフィは案の定ぎょっと目を見開きました。

 しかししないのも当然とばかり、ディアナは首をかしげます。

「だってわたし、ただの召し使いですし。明日のお祭りも、あくまでラフィさまの付き添いというかたちで行こうと思ってるんですけど」

「………」

 ラフィはぽかんと目も口も開いて、呆然としています。

「……?」

 ディアナは何を驚くことがあるのかと不思議そうな表情を浮かべました。


 しばしの沈黙。


 数秒かかってディアナの言葉を飲み込んだラフィは、


「ええー! もったいないだろ! せっかくの祭りなのに!」


かっと食ってかかりました。

「あの日しか仮装なんてできないんだから、楽しもうぜ!」

「で、でも……」

 わたしなんかが仮装したって、とぶつぶつつぶやくディアナ。そんな彼女に、ラフィは両のこぶしを握ってまくしたてます。

「それに! お化けに仮装しないと、お化けに連れ去られちゃうんだぞ? お前、それでいいのか?」

「うっ」

 ディアナはぐっと言葉に詰まりました。お化けの世界……それは、なるべく行きたくありません。

 どうしよう? やっぱりした方がいいのかな? でも、自分はラフィさまの付き添いでしかないわけだし……

 ディアナが悶々と悩んでいた、そのときでした。


 ばーん!

 派手な音を立てて、部屋の扉が開きました。


「わっ」

「なんだ!?」

 二人が弾かれたように顔を上げます。

 扉の向こうに、二人の影が見えました。


「ディアナちゃん、ラフィ王子ーっ! 話は聞かせてもらったよ!」

「ディ、ディアナさまには悪いっすけど、仮装一択っすよ! ディアナさまの仮装、ボク見たいっす!」


「み、ミルリィ先輩!? チュチュ先輩!?」

 ディアナが驚いた声をあげます。

 そう、やってきたのはディアナの仕事仲間の侍女たちであるミルリィとチュチュでした。いつも一緒の仲良しな二人は、今日も歩調すらぴったり揃えて悠々と部屋の中へ入ってきます。

「仮装をしない? 付き添いをするだけ? なあにをふざけたことを言ってるの、ディアナちゃんは!」

「そ、そうっす! せっかくのルミリオ祭がもったいないっすよ!」

「なんでわたし怒られてるんです……??」

 つかつかとディアナのもとへ歩み寄ると、二人はくわっと牙をむいて彼女を叱りつけました。当本人はただただ困惑していますが、二人の言葉はもはや誰にも止められません。

「ディアナちゃんはかわいいんだから、こういうときこそみんなにそのキュートさを見せつけなきゃダメってもんでしょ! ね、チュチュ?」

「はいっす! 吸血鬼のディアナさま、魔女のディアナさま、悪魔のディアナさま……はわわ、どれも悶絶級のかわいさっすよ!!」

「もはやシーツかぶってお化けの格好するだけでもすでにかわいいよね」

「そ、そうっすね……!! さすがミルリィ姐っす……!」

 きゃっきゃと盛り上がる二人。もはやこちらのことは見えていなさそうです。

「………」

「………」

 完全に蚊帳の外へ放り出されてしまったラフィとディアナは、困ったように顔を見合わせました。

 ラフィがぼそりとこぼします。

「……やっぱオレ、いいや。オレのほうで服買ってくるから、お前はミルリィたちと行ってこいよ」

「えっ。別々なんですか」

 ディアナは目を丸くしました。

 ラフィが気だるげに耳を揺らします。

「いや、一緒でもいいけど……どうせこいつら、ディアナの服ばっか買ってオレのことなんかこれっぽっちも見てくんねえだろ」

「う……」

 ラフィの寂しげな瞳に、ディアナはぐっと言葉を詰まらせます。

 そんなことないですよ、そう言いたかったのですが、ラフィの言葉は珍しく的を射ていたのでした。というか、そうなる未来しか想像できません。

 ディアナはなんだかいたたまれない気持ちになりました。気まずそうに目を逸らしながら、しっぽをぎゅっと握ります。

「……代わりになるかどうかわかりませんが、うちの弟たちをお貸ししましょうか。ファッションセンスはないと思いますけど、一緒に遊ぶと楽しいですよ」

「………うん」

 しばし悩んでようやく、ラフィはしぶしぶと言ったように頷きました。

 そして、小さな声でそっとつぶやきます。

「……その代わりお前、とびっきりの服買ってこいよ。オレのこと差し置いて買いに行くんだから」

 ディアナは目を丸くして、顔をぱっと上げます。

 ディアナの耳元から口を離したラフィは、もはやぷいっと顔を背けて明後日の方向を向いていました。顔が見えないので、どういう意図で今の言葉をささやいたのかすらディアナにはわかりません。

「はあ……」

 ベストアンサーが思い付かず、ディアナはあいまいな返事を返しました。


 ◇◇◇


 ということで。

 ディアナ、ミルリィ、チュチュは、王城の近くの街へ遊びに来ていました。


「こっちこっち、ディアナちゃん! こっちにね、かわいい服がいっぱいある仕立て屋さんがあるの!」

「わあっ! 急に引っ張らないでくださいっ」

「ミルリィ姐、気をつけてくださいっすよ! 転ばせて怪我でもさせたら……殺すっすからね?」

「ひい」


 あっちにふらふら、こっちにとことこ。方向音痴なミルリィに引きずられ、ディアナは街中を駆け回りました。チュチュもチュチュで地理はわかっていないのか、文句こそ言うものの前に立とうとはしません。全く、道がわからないなら地図を持ってくればよかったのに。

 街を何周もぐるぐる回って足が棒のようになったころ、三人はようやく仕立て屋に到着しました。

「こんにちは!」

「いらっしゃいませー。本日はどのようなご用件で?」

 ドアを開けた向こうで待ち構えていたヒツジの店員さんが、にこにこ笑顔で出迎えてくれます。どうやらミルリィは、ここの常連であるようでした。バーならまだしも仕立て屋に常連なんて概念があるのか、というのがディアナの本音でしたが。

 店中をきょろきょろと見回すディアナとそのあたりの帽子をかぶって遊んでいるチュチュは放っておき、ミルリィはご機嫌に店員さんに駆け寄っていきます。ばばーん、とディアナを手で指し示しました。


「今日のお客さまはあたしじゃなくてこの子! この子が今度のルミリオ祭で着る衣装を仕立ててほしいの!」


 店中に響き渡るような大声に、さすがのディアナもぴんと耳を立てます。

(……ひっ)

 やさしい笑顔を浮かべた店員さんの目の奥が、ちかりと獰猛に輝いた気がしました。

「変なの仕立てたら、鞭打ち百回の刑っすよ!」

 チュチュがどやさあ、とドヤ顔をして言い放ちました。



 その後、何度も何度も服を着させられたのは言うまでもありません。



 ◇◇◇


 日は過ぎて。

 ルミリオ祭の日がやってきました。


『あたしたち、まだ着替えが終わってないの! 王子さまは先に会場に行ってて!』

 右にディアナ、左にチュチュをはべらせたミルリィにそう言われ、ラフィはしぶしぶひとりで会場へやってきました。

 祭りの会場になる広場は、日が暮れたばかりであるにもかかわらずすでに賑わいを見せています。

 あちこちに立ち並ぶ、暖かいスープやサンドイッチの屋台。かぼちゃとランタンの光でオレンジ色一色に染められた会場。手を取り合って踊るひとたちもあちこちにいます。

 そして何より、屋台の店主たちも商品を見て回る客たちも、そろってお化けのかっこうをしているのでした。

「………」

 ルミリオ祭独特の不思議な光景を、吸血鬼のマントととがった牙をつけたラフィはぐるりと見渡します。白いわたあめのようなため息をつきました。

「一緒に住んでんだから、一緒に来ればいいのに……なんでわざわざ、待ち合わせみたいな形にするんだろ」

 着替えが終わってないなら、ちょっとくらい待つのに。我慢もできないくらい幼い人物だと思われているのでしょうか。女子の考えることはわかんねえな、とラフィはイライラ足を踏み鳴らしました。

 というか、向こうはお城の中でぬくぬく着替えているから、そんなことが言えるのです。秋の終わりにもなれば夜はすっかり寒くて、野外で待たされるラフィはすっかり不機嫌でした。早くも赤くなった手を擦り合わせても、身を切るような寒さは少しもましにはなりません。

「ああ、さみぃー……くっそ、王子さまたるオレをこんなクソさみいとこで待たせるなんて、いい度胸してんなあいつぅ」

 イーヴァが隣にいたら「言葉遣いが汚いです、ラフィさま!」と怒ってきそうなセリフを白い息と一緒に吐いて、ラフィはぴこぴこと耳を揺らしました。


 ────そのとき。


「ラフィさま。お待たせしました」


 自身に振りかけられた鈴のような軽やかな声に、ラフィは目を見張りました。

 慌てて顔を上げます。

 目線の先に、小柄なコヨーテの少女が立っていました。


「時間がかかってしまい、申し訳ありません。……あの、ラフィさまの思う通りに仮装できているでしょうか?」


 そこにいたのは、小さな魔女でした。

 体に不釣り合いなほど大きな黒いとんがり帽子をかぶり、三角形の耳を自信なさげに揺らしています。体には帽子と同じ黒色のワンピースとマントを羽織って、折れそうに華奢な腰には上品なベルトを巻いて。黒を基調とした服装の中で、金色のベルトの留め具や耳を飾るイヤリングが星のように輝いていました。


「────」

 ラフィは息をのみ、呆然と立ち尽くします。

「え、えと……」

 何も言わないご主人さまに、ディアナは金色の瞳を不安げに揺らしました。

「ら、ラフィさま……? やっぱりダメでしたか?」

「────────」

 しっぽをぎゅっと握って祈るようにそう問いかけますが、やっぱり返答は返ってきません。ディアナはきゅる、と捨てられた子犬のような顔をして、長いまつげと耳をしゅんと伏せました。

「……そ、そうですよね。たかが召し使いの分際で仮装なんてしたって、わたしなんかが似合うわけが────」


「ぅま、待って!!」


 ディアナのネガティヴな言葉を、かん高い叫びが遮りました。ディアナは弾かれたように顔を上げます。

 ようやく動けるようになったラフィが、焦ったように目を揺らしていました。

「……あ、あの。ごめん。あの、その……」

 ラフィはもごもごと口を動かします。その衣装を褒めてあげたいのに、「素直に褒めるなんてダサい」とつまらないプライドが邪魔をしました。

 ディアナの目、なんだか泣きそうだったのに! プライドなんて言ってられるか!!

 ラフィはぐっと唇を噛みます。両手を強く強く握って、大きく息を吸いました。


「あのっ! めっちゃ似合ってる! かわいい!!」


「────っ」

 今度はディアナが、驚いたように目を瞠りました。

 ぽかんとしているディアナに、ラフィは言い訳のようにぼそぼそ言い連ねようとしました。ただ言葉の代わりに出たのは、意味のない単語ばかりだったのですが。

「え、あ、いや、あの、えっと、えっと……」

 もごもご煮え切らない態度のラフィを、ディアナは目をまん丸くして見つめます。耳をぴんと立てて、まさかそんなこと言われるなんて思っていなかった、と言いたげに。

 しかし、固まっていたのも数秒でした。

 まろいほおをみるみる喜びの色に染めて、金色の瞳にオレンジ色の光を宿して。


「────ふふ、ありがとうございます、ラフィさま!」


 輝くような笑顔で、そうラフィに告げたのです。


「────……」

 ラフィはその美しい笑顔を、ただ呆然として見つめていました。

 顔に熱が集まります。あれ、あんなに寒かったのに。今、すっごくぽかぽかしてる。

 ぽかんとしているラフィの手を、おもむろにディアナが取りました。小さな手でラフィの手を包んで、ふ、と顔をラフィに寄せます。

 きれいに結ったミルクティー色の髪が風に揺れて、やさしく甘い香りが鼻をかすめました。


「ラフィさまも。その吸血鬼の衣装、とっても似合ってますよ。かっこいいです」


「え」

 ラフィは目を見開いて、ディアナを見下ろします。

 ディアナはほおと鼻の頭をばら色に染めて、いたずらに笑っていました。

 その途端、一瞬だけ、ラフィの世界から音が消えました。

 ルミリオ祭の喧騒もミルリィたちが遅れてやってくる足音も、もはやラフィには聞こえなくなって。


 たった今、世界にはラフィとディアナしかいないような、そんな気持ちになったのです。



 吸血鬼は、血の気のない雪のような肌が特徴の魔物です。

 しかし今のラフィはきっと、りんごのように赤いほおをしていることでしょう。


 ◇◇◇


「どうどう、ディアナちゃんかわいいでしょーっ! あたしが服選んだんだよ! 惚れた? 惚れたぁ?」

「は、ハァ!? ほ、惚れる訳ねえだろぉ!! 適当言ってんじゃねえバーカ!!」

「うう、ディアナさまがかわいいのは周知の事実なので惚れるのも当然なんですが……ディアナさまがラフィさまのモノになるのは嫌っす!!」

「それはそれでどうなの!?」

「あ、あの、とりあえず進みませんか? 邪魔になってるかも……」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらみ一同は広場に到着し、さっそく祭りを回ることになりました。

 まずは屋台でこのお祭りではお決まりのランタンを買い、四人でとことこ歩いて行きます。


「お前の弟たちはいないんだな」

「ええ。教会のアリアさんと回るらしくて……空気読ませちゃったみたいで申し訳ないです」

 必ずついてくるだろうと思っていた小さいやつらがいないことに気づいたラフィが言うと、ディアナはしゅんと耳を下げました。孤児ながら弟たちもよくできた子たちであるので、きっと同年代同士で回った方が楽しいだろう、と思ったのかもしれないのでした。

「まあまあ、ディアナちゃん! 元気出して!」

 いたたまれなさそうなディアナの背中を叩いて、ミルリィが明るい声を出します。

「せっかく気つかってくれたんだから、その分まで楽しもうよ!」

「そうっすよ! 息抜きも必要っす!」

 チュチュもうんうんと頷きます。

「……そ、そうですね」

 二人にじっと見つめられ、ディアナは慌てて前を向きました。



 それから四人は、広場中を回って祭りを楽しみました。

 この秋にとれたあやかしかぼちゃ(中をくり抜いて火を入れるとふわりと浮かぶ、不思議なオレンジ色のかぼちゃです)のパイやスープに舌鼓を打ち、さまざまな楽器を演奏する楽隊たちの音楽に体を揺らして、オレンジ色に飾り付けられた広場中を歩いて回りました。

「はあー、やっぱ、祭りっていいよな! リオマルディアに生まれて正解だぜ!」

「そんなこと言って……ラフィさま、食べてばっかりじゃないですか」

「そーそー。もっとさあ、お祭りの雰囲気を楽しむとかはないの?」

「ああ? んなことしたって腹は膨れねえだろ」

「はあ。これだから食べることしか考えてないブタさんは。聞いて呆れるっす」

「んだと!?」

 ぎゃあぎゃあ、わあわあ。仲良しとは程遠い騒がしさで、祭りの中をねり歩きます。

 しかしディアナはその喧騒の中で、心地よさを感じていました。


 昔は、こんなお祭りは好きじゃなかった。ひとの騒ぐ声もうるさいだけだし、お母さんもお父さんもいないディアナたちをこんな場所に連れていってくれるひとはひとりもいなかったから。


 しかし、もう違います。

 ディアナの隣で歩く彼は、ディアナを楽しいお祭りへ────いえ、ディアナの知らなかった世界へ自分を連れ出してくれたから。



 わがままで、子どもっぽくて、不器用でも、彼は間違いなくディアナの世界を広く鮮やかにした救世主です。



「おーい、みんなあ! もうすぐルミリオ祭のメインイベントが始まるよー!」

 誰かの張り上げた声に、ディアナたちはそれぞれの耳をぴくりと揺らしました。

「メインイベント?」

「広場の中心でのフォークダンスだよ!」

 首をかしげたディアナに、ミルリィが弾んだ声で教えてくれます。その指が指し示す先には、それぞれお互いの手を取ったひとびとが、くるくると楽しげに踊っていました。

「わあ……楽しそう」

 ディアナはほおをかすかに染めて、その華やかな光景を見つめました。金色の瞳の中で、星のような光がひらめきました。


 ────すると。


「それなら、ちょっと踊るか?」


「わ」


 手を急にぐい、と引かれ、ディアナは目を丸くしました。

 見れば、ラフィがディアナの手をぎゅっと握ってこっちを見つめています。そのほおにはわずかに朱がさし、しかしその黒い瞳は射抜くようにまっすぐディアナだけを捉えていました。

「……エスコートが、オレでもいいなら、だけど。オレ、ダンス得意じゃないし、フォークダンスとかもちょっと習っただけだけど。でも、エスコートの仕方とかも教えてもらったから、忘れてなければできるし」


 いつもなら逸らすはずの、しかし今日だけはこちらを見つめるままの瞳。口からのぞく偽物の牙。はためく黒いマント。

 その全てが、オレンジ色の光に照らされて輝いています。


「────っ」

 その真摯な表情に、ぶわ、とディアナの顔が熱を持ちました。掴まれた手が震え、開いて閉じてを繰り返す唇は音のない息ばかりを漏らします。


 音のない、数秒間。


 それが過ぎたのち、ようやく、



「────それじゃあ、エスコートお願いしますっ」



 ディアナはオレンジ色の世界の中で、ふわりと柔らかく微笑みました。




 ルミリオ祭は、冥界の扉が開いて不思議なモノたちがこちらの世界にやってくる日。

 あやかしの力が強まるこの日だけは、何が起ころうが誰も異を唱えません。


 いつもは自分の気持ちすら言えない捻くれた少年が、愚かなほど素直に少女をダンスに誘ったって。

 いつもは公私混同などありえない真面目な少女が、自身の主人である少年の瞳にほおを染めたって。


 誰も、何も、言わないのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 日・水 21:00 予定は変更される可能性があります

王子さまは今日もふわふわご機嫌ななめ 寒雀 @kansuzume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ