第二十話 泣き笑い

 小さな幼女と、小さなスライムが一匹。もう打ち捨てられたペンシルビルの屋上で空を見上げていた。床は冷たく、布団は無し。畳の神社が恋しいなとエタナは亡くなってしまった社を思い出していた。



 赤い夕焼けを何度見ても、変わらない空だとしか思えず。どれだけの道を歩いても大して変わらない世界が広がっていた。


 ある時は借金に追われる男女がその屋上から飛び降りて、ある時はこの世の全てに疲れ切ったサラリーマンが暗い顔で同じように飛び降りた。


 エタナは殆どの人間には見えない。ダストと一緒にその場にいても、ダストは人が来れば隙間に入って隠れていた。



 何度も何度も同じ屋上で、違う人間が飛び降りていく。



「なぁ、ダストどうして人は飛び降りるのだ」エタナはダストにそう尋ねるが、ダストは「俺には判りません」と答える。



 翼も無く、飛べるわけもないのに飛び降りるその姿を見て。エタナは自分達みたいだなと呟く。



 夏は自分が鉄板の上で焼かれている焼肉の様な気持ちになり、冬は雪でダストを抱きしめて凍えた。


 雪を降らす雲は何処までも厚く暗い。止まない吹雪、止まない飛び降り。


 屋上で座り込んでいるだけで、違う建物に毎回いる筈なのに。既知感があるようにエタナの前で人が屋上から飛ぶ。



 その度に、流れ込んでくる負の感情やこの世への怨み辛み。頭を押さえながら頭を横にふる。それ程憎しみがこの世にあるのなら、飛ばずに戦えとすら思いながら。エタナは、思念が消えるのをじっと待つ。



 そんな、苦し気に脂汗を流すエタナをそっと気遣うダスト。



「大丈夫ですか?」


「すまない、力はなくとも私には悲鳴やこの世を呪う声は良く聞こえるのだ」


 力がないエタナには、その声に耳を防ぐ術はない。神としての力さえあれば、その耳を塞ぐ事は難しくないのだが。エタナにはそれすらままならない程。


 聞く聞かないを選ぶ事すら、今の彼女には出来はしない。


 事ある毎に、泣き笑いの表情を浮かべながら収まるまでダストを枕に蒼い顔で寝ころんでいる。


 ダストを枕に、まるで風邪をこじらせた子供の様に冷たい床の上。ダストはそれを見て、何処までも不憫な存在だと思った。



 一柱と一匹、余りにその存在は小さくて。



 ある時は泥に横たわり、ある時は廃墟に座り込んで。それでも、綺麗な水を探して歩き続け。小さな足で、小さな歩幅で東へ西へと歩いていく。



 この世の何処にもそんな場所が無いとしても、ダストと一緒にならばと幼いその足で歩き続け。


 ダストも枕になり、椅子になり。共に行くと決めたあの時から、ずっとエタナを支えていて。



 彼女の絶望の道のりはまだ続いていく。

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