第9話 ゴブリン退治 4
目的であった冒険者二人は、想定よりも早く見つかった。ゴブリンの巣の中心地からそう遠くない場所にいたからである。恐らく、逃げ切ろうとしたが、魔物の足が想像よりも早くすぐに追いつかれてしまったのだろう。ちなみに二人とも生きていて、手首をグルグル巻きにロープで巻かれていた。
とにかく、二人の命がまだある事に安堵した。その気持ちは、ユニも同じだった。しかしまだ安心できない。20匹近いゴブリンが彼女達の周りを囲んでいたからである。
やはり、奴らの大半はこの二人を追っていたんだな。いくら弱い魔物でも、これ程の群れを成せば、経験の浅い初心者パーティーはいとも簡単に全滅させられてしまうだろう。俺一人ならいくらでも立ち回る事が出来るが、ユニを庇いながらは厳しい。奴らはまだ、こちらに気づいていない。
俺は、近くの茂みを指さして、ユニに無言で合図を送った。彼女がこくっと頷くのを確認すると、左側の茂みに二人で身を隠す。
「先生‥‥‥。どうしましょうか?」
「幸い、二人は無事だ。すぐに殺される事はないだろう。焦らずに行くぞ」
そういうと、左に大きく円が描くように、用心深くように魔物の群れに接近していった。中央で一匹も逃さずに始末したおかげで、こいつ等は状況を把握できすにいる。余裕の勝ち誇った笑みを浮かべていた。
なら、このアイテムが使えるはずだ。俺は、鞄から深紅色の液体の入った小型の瓶を取り出した。
「それは何ですか?」
「この瓶の中には、ワインが入っている。ゴブリンは酒やワインを好む習性があるんだよ。それを利用する」
金が殆ど残っていなかったからかなり安物のワインだけどな。こんなでも奴らには十分効くだろう。
「ユニ、俺が今からこの瓶を投げてゴブリン達の注意を反らし、その間に奇襲して、奴らの数を減らす。君はここで待機しているんだ。いいね?」
「でも、先生。私だってやれます」
彼女の気持ちは分かる。自分だって一緒に囚われている二人を助け出したいだろう。追放されたとはいえ、約一年旅を共にしてきた仲間だ。ユニはとりわけ仲間意識が強いと感じた。
「いや、ダメだ。厳しい事を言うようだが、今の君では足手まといだ。」
意識して少し強い口調で彼女の言葉を否定した。また、茂みから飛び出したら今度は庇いきれるか分からない。彼女を一人の弟子として大切に思う心からの言葉だった。だが、この言葉は、予想以上に彼女を傷つけてしまったようである。しゅんっとして下を見てしまったユニに俺は苦笑して、優しく頭を撫でた。
「まあ、そこで見ていてよ。茂みから出るタイミングは俺が合図するから。」
そう言って、ゴブリンの群れの奥側にワインの入った瓶を投げた。瓶は一匹のゴブリンに当たり、勢いよく割れ、ワインが降りかかった。ワインの強烈な香りに釣られ、ゴブリン達の目が一方向に集中する。近くで囚われていた少女達も突然の出来事に困惑している。これで、魔物の殆どが今、俺に背を向ける形で立っている。先程の広場でのような戦い方はできない。ワインに目が行っている間になるべく数を減らさなければ!
『
これは、【盗賊】職のスキルの一つだ。音を完全に殺し、通常よりも素早く動ける。まず、少女二人の安全が第一だ。俺は、優先的にマリーとイリアの側にいたゴブリンから狩り始めた。音も無く近づき短剣を振るうので最初の数体は始末しても気づかれなかった。だが、10匹殺す頃にはさすがに異変に気付き、ゴブリン達はバラバラに散らばり、離れた。
だいぶ数を減らす事ができたな。これならユニを呼び、少女二人と協力して戦えば、怖くはないな。マリーとイリアの手首を縛っているロープを短剣で切断しながら、次の戦略を考える。
「お、おじさん、ありがとう! もう駄目かと思った。」
マリーと呼ばれたユニを目の敵をして追い出していた少女は泣きながら、俺にお礼を言った。傷だらけだが、命に別状はない事にとりあえずホッとした。だが、計画性無く冒険し、身を危険に晒した事は大いに反省してもらわなくては。初心者冒険者は年々増えてきているが、それと比例して冒険者の一年当たりの死亡率も上がってきている。未来ある有望な若者にはなるべく死んでほしくない。まあ、もう冒険者を辞めた俺には、どうする事も出来ない話ではあるが。
「もう大丈夫だよ。おじさんの後ろに回って。君、装備からして魔導士だよね。できれば、攻撃魔法でおじさんを援護してくれると‥‥‥」
俺の言葉が言い終わらないうちに、森の奥からズシンズシンと地響きが鳴る。言葉を切り、音が鳴る方向へと顔を向ける。闇の中から顔を出したのは、オークと呼ばれる大柄な悪魔であった。
身長は2メートルを超えていると思われる。オークの中でも大きな個体だ。口から突き出ている2本の巨大な牙が特徴的である。屈強な体格で、膂力も体力も高い。ゴブリンと同じように斧を持っているが、自分の身の丈と同等の巨大な鉄斧だった。
あれで攻撃を受ければ、一たまりもないな。まあ、当たればの話だが。ちらっと後ろを見ると、二人の少女は表情が凍りつき、尻餅をついてしまっていた。
「あ、あれは、オーク? なんて巨大な‥‥‥。あんなのがいるなんて聞いてない」
依頼はゴブリン討伐だったからな。想定外だったのだろう。それに、この森は凶悪な魔物がいない比較的穏やかな場所だったはずだ。今の二人に援護は期待できないかもしれない。
よく見ると、ゴブリン達は先程、恐怖し縮み上がっていたが、オークが登場した途端、歓喜しその場でぴょんぴょん飛び跳ね、勝ち誇っている。何とも間抜けな奴らである。確かにオークは腕力では人間を凌駕するかもしれないが、巨体になるにつれて動きが鈍くなる。マリーとイリアが動けなくなっているならこちらに近づかれる前に、片を付けるしかない。俺が短剣を収めている
「先生!」
居ても立ってもいられなかったのだろう、ユニが茂みからまたもや飛び出してきた。
「ユ、ユニ!?」
俺は叫んで彼女を静止しようとしたが、構わず駆け寄ってくる。オークはこの時にユニを発見し、彼女に接近していった。位置が俺よりユニの方が近かったからだ。くそっ!またその場で戦略を考えなきゃならないのか?ゴブリン達が勢いづいてしまっている。俺がこの場を離れれば、蹲ってしまっているマリーとイリアを一斉に襲うだろう。まずは、ゴブリンの殲滅が先だ。それまで、ユニが凌げるかどうか‥‥‥。
「任せてください、先生。私はずっと後衛で魔物を観察してきました。動きはある程度把握できています。それに私、こう見えて目はいいんです。」
オークが巨大な鉄斧を構え、振り下ろしてきた。それをすんでのところで躱す。かなり危ないが見切れてはいる。おそらく、目では見えているが、体が追い付かないのだろう。彼女は、自分の想定よりも動けるが、長くは持たない事が分かった。俺はオークの頭に向かって投擲用ナイフを投げた。多少焦っていたが、走りながらの高度な動作を要求される必要はなかったので、狙い通りに後頭部に命中した。オークが痛みのあまり頭を抱える仕草をする。
「ユニ! 今だ!」
ユニは、広場でゴブリンを倒した時と同じ手順で構えを取る。息を吐き、一撃に集中し始める。
「‥‥‥全体重を乗せて、振り抜く」
上段に構え、止めていた棍棒を一気に振り下ろす。ガゴンと鈍い音が木霊し、大きな衝撃となって響いた。ゴブリンの頭をかち割った時よりも、威力が増している。棍棒に叩かれた横腹は大きな痣となっていた。
オークに大ダメージを与えたユニの一撃にゴブリン達は戦慄した。ついさっきまで優勢だと考えていた自分達が一瞬にして敗色が濃くなった事によってパニックに陥っている。その隙に、完全によそ見をしている間抜けな魔物達の首を俺は、容赦なく短剣で切りつける。
よし、これで残りのゴブリン達を討伐出来た。これで、マリーとイリアの身を心配する必要はなくなったな。後は、ユニに加勢するだけだ。彼女の方へ目を向けると、丁度力を溜め、強力な2撃目を与えるところだった。
「‥‥‥全体重を乗せて、振り抜く!」
気づけばオークの背後に回っていたユニが先程と同じ要領で渾身の一撃を魔物の背部に叩き込んだ。グゴォっと悲痛な叫び声を上げ、今度は地面に左膝を突く。彼女の掛け声も棍棒の威力もみるみる上がっていく。自身の一つ一つの所作から学び、感覚を研ぎ澄ませている。凄まじい速度で成長していく彼女に俺はぞくぞくした。おそらく、次の一撃で完璧に感覚を掴むだろう。そう予感させるものがあった。
ユニは静かに棍棒を横に構えた。まだ扱って一日目で己が扱う武具への力の加え方やコツを理解し始めている。上段で打ち込んでいたものを、いきなり横振りに変えても彼女はその持って生まれたセンスでどうにかしてしまうだろう。ゆっくりと後ろへ力を溜め、一気に放出した。
「はあああぁぁぁ!!」
バゴォっとこれ以上にない程鈍い音が響き渡る。衝撃で空気が震え、耳がキーンと鳴った。見ると片膝を突き、顔を下げていたオークの顔面に棍棒が直撃し、その粗末な木の固まりは、バラバラに砕け散った。オーク自慢の巨大な牙も見るも無残に砕けている。
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