第8話 ゴブリン退治 3

黒い霧が晴れると、魔物達は3匹共倒れ、俺だけが立っていた。ユニは驚き思わず声を上げたが、注意をゴブリンに戻すように彼女の名を呼び、振り返って手を前に出し、注意を引くポーズを取った後、残りの魔物達を指さした。


 素早く残りのゴブリン達も狩らなくては。ユウトの傍にいたゴブリンは自分達が不利な状況に気づき、加勢しようとその場を離れ、近づいてきた。最悪、縛られた彼を人質に取られるのではないかと危惧したが、どうやらそんな考えも思いつかない程テンパってるらしい。手に持っていた松明をこちらに放り投げて、代わりに手製の鉄斧を拾った。


 俺は、投げられた松明をひょいと身を横にずらして避けると、それを拾い上げた。そしてすぐに三角系のテントのような形をした粗末な建物へと走り出す。ゴブリン達は俺の後を追ってくるだろうと予測していた。先程の俺の力を見たら、残りで一斉に叩いてくるだろうと。その予想は概ね当たっていたが、一匹だけユニに向かっていくのが見えた。


 思わず、舌打ちしてしまった。仕方ない、出来るだけ早く討伐して彼女に加勢しよう。


 俺は、魔物の家の中に入り、大黒柱となっている太い木の側で待ち構える。ゴブリン達が全員入ったのを確認したら、木材を固定しているロープを片っ端から短剣で切った。支えを失った家は勢い良く倒壊する。上で固定されていた木材に魔物が圧し潰される。ついでに、亜麻色の布も覆いかぶさり、ゴブリン達を視界を遮った。


 俺は、【盗賊】としての素早さを生かして崩れる粗末な建物から脱出した。振り返ってゴブリンの家の残骸に向けて、持っていた松明を放り投げた。たちまち火が燃え移り、木材に圧し潰されたゴブリンもろとも焼かれていった。


 ユニの方を見ると、丁度残ったゴブリンと相対していた。一瞬加勢しようと考えたが、やめた。彼女の実力を試す良い機会かもしれない。一対一の状況に持ちこむ事ができた。彼女には悪いが。


 ユニはゴブリンを注視している。自分よりも背の低く胸程の高さしかないはずなのに、一歩引いてしまいたくなるような威圧感を感じる。どうやら魔物は自分より弱い相手だと舐め切ってきるようだ。


「え、え~い!」


 ユニの方から先制攻撃を仕掛けた。構えも取らずに、ゴブリンに持っていた棍棒で叩きつけようとする。だが、力の入れ方を完全に間違えたヘロヘロな威力だったので、難なく片手で止められてしまった。


 そしてそのまま棍棒がゴブリンにもぎ取られてしまう。茫然とし、後づさってしまうユニ。力の差を完全に理解したゴブリンは邪悪な笑みを浮かべ、棍棒を彼女の方へ投げ返した。


「きゃ、きゃあ!?」


 悲鳴を上げたユニは、咄嗟に両手を顔の前に出し、ガードする。棍棒は装備していた籠手に当たったが、衝撃を受けた籠手が勢いで彼女の顔にぶつかった。


「うっ!」


 彼女にしては太い声で後ろに倒れてしまった。倒れた後、しばらくしても起きる気配がない。ブルブルと震え、両手で顔を覆い縮こまってしまっている。


「ユニ! ユニ!」


 彼女に何度も呼びかけるが、反応がない。完全にパニックになってしまっている。仕方ない。


 足元に転がっていた石ころをすぐさま拾い上げて、魔物の頭めがけて投げた。石ころは、ゴブリンのこめかみにヒットして魔物は痛がる仕草をし、俺に注意を向けた。その間にユニは、棍棒を拾い、距離を取った。


 ゴブリンは俺を一瞥すると、にやりと笑い、再びユニの方へ向き直った。くそっ、挑発には乗ってこないか。それにしても、今の笑い方はとても不愉快だった。奴らの言葉は分からない。しかし。


《待ってろよ。今からお前の可愛い仲間をなぶり殺しにしてやるぜ!》


 まるで、そう言いたげな邪悪の笑みだった。手を貸してやりたいが、このままでは彼女の為にならない。加勢する代わりにしっかり聞こえるよう、彼女に大声でアドバイスした。


「ユニ、もっとリラックスするんだ! 余計な力が入ると威力が伝わりにくい!」

「リ、リラックス‥‥‥」


 アドバイスを受けて、彼女から力が抜けていくを感じた。


「片方の手は柄のできるだけ先端を持つんだ! 長めに持つ事で力が伝わりやすくなる!」

「片方の手を柄の先端に‥‥‥わっ!」


 手に持った棍棒に集中していたのだろう。魔物の攻撃に気づかず、接近を許し慌てて鉄斧の一振りを棍棒のグリップ部分で受け止めた。と、ここで余裕の笑みを浮かべていたゴブリンの顔が歪んだ。余計な力が抜け、自然体となった彼女の体はグググっと押してもびくとも動かなかった。


「はあっ!」


 大声と共にユニが一気にゴブリンを押し倒した。か弱いと思っていた女の子にこれだけの馬鹿力があろうとは予想できなかっただろう。ゴブリンは驚き、後ろに尻餅をついてしまっていた。完全に腰が抜けてしまっている。


「力を入れずに上段構え、全体重を乗せて一気に振りぬくんだ!」


 はあっと静かに息を吐く音が聞こえた。彼女が俺のアドバイスを聞き入れ、ゆっくりと棍棒を上段に構えた。その時の顔は俺の知っているユニの顔ではなかった。真剣そのもので、魔物に対する怒りもわずかだが、感じる事が出来た。


 ギ、ギィっとゴブリンは唸る事しか出来ないでいる。ついさっき格下だと思っていた相手に恐怖しているのだ。


「全体重を乗せて、振りぬく‥‥‥。」


 先程、言われた俺のアドバイスを小声で復唱する。一瞬時が止まったかのように感じた。が、しかし。


「ええぇぇぃ!!」


 上段に振りかぶっていた棍棒を勢い良く振り下ろす。ゴブリンも何とか体が動き、鉄斧の柄でガードしようとするが、木製の柄を破壊し、そのまま魔物の脳天をかち割った。一瞬衝撃で、風圧を感じた。魔物の頭はベコンと凹み、辺りに紫色の血が飛び散る。


「ふうっ。」


 再び、ユニが息を吐いた。しかし、今度は安堵によるものだった。彼女は俺ではなくユウトの方へ向き直った。


「先生、ユウトを助けなくちゃ」

「ああ、そうだな」


 弟子の成長にうっかり縛られていた男の存在を忘れかけていたが、思い出し二人でユウトと呼ばれた男の元へと駆け寄る。彼は茫然としていた。


「あんた、いったい何者だ? それに、ユニ! お前回復職のはずだろ? 何だその棍棒?」

「え、え~と‥‥‥。話せば長くなるんだけどね。とにかくロープを解くよ」


 ユニは照れ臭くなって頬をぽりぽりかいた後、ガチガチに固く縛られたロープを解こうとした。俺は短剣でロープを切断すると、腕をさするユウトにゴブリンに捕まった経緯を聞いた。


 どうやら、ユニを追放した後、金欠になり仕方なくゴブリン退治をしようと計画していたらしい。金欠の理由は回復役がいなく、ポーションやエーテルを大量購入をしたためのようだ。それで、新たな仲間を向かい入れる余裕もなかっただろう。計画性もなく、勢いと感情で行動するとどうなるか良く分かる見本のようだった。


 と、そんな事を考えていたが、一つ疑問が生まれた。そういえばこの男の他の仲間はどこにいるのだろうか?確かユニの他にユウトを合わせて3人いたはずではないか?


「ユウト、君、他の仲間は?」


 その言葉に、ユウトは状況を思い出したようで、はっとして青ざめた。


「そ、そうだ。マリーとイリア! 俺が囮になって二人を逃がしたんだ。」


 ユウトはマリーとイリアという名の二人の少女について話し始めた。どうやら二人は俺達が来たのと逆方向に逃げたようだ。ユウトが囮になろうとしたが、二人はゴブリンの大群を引き連れていってしまったらしい。成程、だから魔物の数が少なかったのか。謎が解けた。


「お、お願いします! 二人を助けてください!」


 ユウトに両手をがっちり掴まれ懇願された。その勢いに少しびびってしまった。


「あ、ああ。二人の事は任せろ。」


 俺の言葉に彼は安堵しているようだった。そこにユニが割り込んできた。


「先生、急ぎましょう。私、二人が心配です」


 確かにその通りだな。二人がそのまま逃げ切ってくれれば良いが、捕まっていたらどうなるか分からない。後で喰らうために、生け捕りにされていれば良いのだが、ゴブリンとは獰猛な生き物だ。自分達が楽しむ為に彼女達をなぶり殺しにするかもしれない。


 最悪な未来を想像して思わず身震いした。悪い結末ばかり考えていても仕方ない。彼女達が逃げた方向へ二人で走り出した。


「二人共無事だと良いのですが‥‥‥。」


 自分を追放した相手だというのに、ユニは優しいな。横目でちらっと見ると、本気で心配している表情をしていた。変に期待を持たせてもいけないが彼女を悲しませてはいけないと思った。


「分からない。だが、二人の為にも一刻も早く探そう」




 そう言って、慰めになったか分からない言葉を掛けた。

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