第10話 魔石鑑定

ドドーンと音を立てて、オークが横に倒れる。尻餅をついていた二人の少女は、巨大な魔物が一見ひ弱そうな一人の女の子に武器と呼べるか分からない代物で殴り殺されるというあり得ない光景を目の当りにして、唖然としていた。


 ふうっと息を吐き安堵している自分に気づいた。かなり冷や冷やさせられたが、予想していた通り彼女には前衛職の才能がある事が分かった。おそらく、以前のパーティーにいた時はずっと後衛でポジションが固定されていたから、前衛として前に出るという発想がなかったのだろう。


 ユニを見ると、両手で握っているグリップ部分と柄頭に装着した宝石のみを残してバラバラに砕けた棍棒をじっと見つめていた。自分にこれ程の力があったのかと気づき、興奮しているのかもしれない。彼女は自身の力を過小評価していた。もっともあまりにも浮かれているのなら、少し釘を打たなけばいけないが。


 彼女はくるりを俺の方へ顔を向ける。


「すみません、先生。せっかく先生に作っていただいた棍棒を破壊してしまって‥‥‥」


 ユニは右手を後頭部に乗せて申し訳なさそうに謝る。俺はその仕草にクスっと笑みがこぼれた。慢心もしないか。本当に謙虚な子だ。


「気にする事はないよ。武器はまた作ればいいしさ」


 そう言うと、俺はマリーとイリアに向き直った。彼女達を放置してきた事に気づいたユニははっとして慌てて駆け寄ってくる。


「あ、ありがとう、おじさん。本当にありがとう」


 二人共泣きながら、何度も感謝の言葉を口にする。色々ハプニングがあったけど、とにかく皆無事で良かった。ユウトと呼ばれた少年との約束も守る事が出来た。


「ユニもごめんね。あんな酷い言葉を言ったのに‥‥‥」

「全然気にしてないよ。傷を見せて。魔法で治癒してあげる。杖がないからちょっと時間掛かるけど」


 ユニは二人の前に手を翳し静かに《治癒ヒール》を唱える。少し時間が掛かったが、マリーとイリアは彼女の魔法でみるみる回復していった。


 優しい子だと改めて思った。これなら俺と離れても、常識をきちんと教えてあげれば、そんなに苦労せずに新しい仲間にも馴染む事ができるのではないかと考える。そんな想像をすると、何だか少し寂しい気持ちになった。彼女と出会ってまだ数日しか立ってないのに、まるで、自分の子供のように心配してしまうのだ。


 実際、俺とユニは親子程の歳が離れている。そういえば俺、もう39でまだ子供も居ないもんな。なるべく考えないようにしていた悲しい現実に気づき、慌てて首を横に振る。いかんいかん。


 3人の少女は、俺の怪しい行動を不思議がっていた。えふんとわざとらしく咳払いして誤魔化し、彼女達に話しかける。


「さ、さあ、皆! 依頼も達成したし、危険な森からとっととおさらばしようか」


 変に声が裏がってしまって恥ずかしい思いをした。慣れない事はするもんじゃないな。


 途中でユウトと合流し、四人で森を脱出した。気が付くと、辺りはすっかり暗くなり、空に無数の星が輝いていた。


 こんな時間でもギルドはやっている。玄関のガラス窓から優しい光が漏れていて、何だかホッとした。鉄で造られたギルドの紋章をぶら下げた看板がキィキィと音を立てている。この静寂な雰囲気をなるべく壊さないように静かに玄関を開ける。


 音を出さずに入ってきたから暫く気づかずにいた受付嬢は、俺達の姿を見つけると、ぱあっと目を輝かせた。


「クライスさん!心配していたんですよ!」


 今度は本当に心配してくれていたみたいですね、なんて失礼な言葉が出そうになったので慌てて飲み込む。


「ありがとうございます。色々ハプニングがありましたが、無事、討伐が完了しました」


 そう言って手に持っていた大きな袋を開けた。中には、魔物を倒した時に出現する魔石が大量に入っていた。もちろん森で大量に討伐したゴブリンのものである。


「こんなに討伐してきたんですか?」


 魔石の量に受付嬢は唖然としている。依頼は5匹以上となっていたが、結果的に20匹以上始末出来たので、後で持って帰ってくるのが少し大変だった。元々こんなに狩るつもりは無かった。金を稼ぎながら、ユニの実力を把握するのと、魔物退治の経験を積ませるのが目的だったからだ。


 想定していた4倍以上の討伐数に驚いていた受付嬢だが、袋の中からひと際大きく輝く魔石を見つけて、思わず手に取る。


「これって、もしかして、オークの魔石?」

「はい」


 俺は、頭を掻きながら、人間の5倍以上のオークに遭遇した経緯を受付嬢に説明した。話を聞いた彼女は、右手を顎に当ててしばらく考え込む。


「実は、ここ最近オークの目撃情報が増えているんです。5年前から忽然として殆ど見られなくなったのですが、黒い悪魔を見たという人々の声が多く挙がっているのです」


 俺とユニは無言で顔を見合わせる。


「下級種族であるゴブリンを束ねているという噂も聞きます。クライスさん達も気を付けてください」

「そうなんですか。忠言ありがとうございます。それであの、魔石の鑑定とゴブリン討伐の依頼料を頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」


 オークの目撃情報があるという事をしっかり頭に入れ、これから行動しなけばなるまい。しかし、ユニの前で不穏な話をしたくなかったので、少々強引に話題を変えた。受付嬢ははっとして俺の意図を理解し、魔石の鑑定を始める。その作業が終わるまで、俺とユニは部屋の隅の椅子に腰掛けて待つ事にした。


「先生、さっきの話‥‥‥」


 すると、彼女の方から、先程の話題を振ってきた。どうしよう。


「不安になるのは分かるけど、考えすぎるのも良くないよ。今日は疲れたからゆっくり休んで、明日は魔物討伐以外の依頼をこなそうか」

「そうですか」


 少し首を傾げ、きょとんとした声で頷いてくる。そういえば、彼女は一年程冒険者として活動していたようだが、サバイバル知識はどの程度持っているのだろうか。


「ユニ、君は釣りは出来るかい?」

「釣りですか?すみません、あまり経験が無くて‥‥‥。お肉なら上手に焼けるんですが」

「じゃあ、明日は、釣りの仕方を教えようか。冒険者をやるならその辺りの知識も重要だよ」


 彼女はこくっと無言で頷くと静かに目を閉じた。余程疲れたようだ。正直俺も疲れている。戦闘中色々テンパったり、マリーやイリアなどの他の冒険者の安否を気遣う事が多かったので、神経をどっと削られた。それでも、まだまだ体力には自信があると自負していたので、ちょっとショックだった。


 俺も歳なのかな。そんな事を考えて、センチメンタルになっていると受付嬢の鑑定がいつの間にか終わっていた。


「はい、クラウスさん。今日の魔物討伐依頼料と魔石の換金で合計金貨10枚ですね」


「ありがとうございます」


 貰った金貨を丁寧に巾着袋に入れる。結構な額になったが、まだマーモスさんに依頼したユニの新武器を購入できる程ではない。1週間以内に何とか貯めないとな。寝ているユニを起こしてギルドを後にする。暫く歩くとぎゅるるっとお腹が鳴る音が聞こえた。


「先生、お腹減っちゃいました」


 お腹を押さえたヘロヘロ声を聞くと思わず笑ってしまう。


「じゃあ、酒場へ行こうか。言っとくけど、昨日みたいにたらふく食べられないからね。今お金を貯めているから節約しないと」


 この様子だと、前日と同じ酒場、同じ宿屋に泊まる事になりそうだ。ユニはふえ~っと情けない声で残念がる。本当は今日一日頑張った彼女を労って、お腹一杯食べさせてあげたいが我慢だな。


 酒場に着き、席に座ってからのユニはずっと上機嫌だった。フォークとナイフを片方ずつ持ち、軽くテーブルをトントン叩きながら、お肉~お肉~とよく分からない歌を口ずさんでいる。二ポンドあるステーキを頬張りながら幸せそうにしている。本当はもっと節約したいのだが、幸せそうに食べる彼女を見ると、つい財布の紐が緩んでしまった。


 約1kgもある肉の塊をぺろりと平らげてしまうと、今度は俺の席に置かれたステーキを物欲しそうに指を加えて見つめ始めた。思わず苦笑する。


「俺の分も食べるかい?」

「い、いいんですか!」


 目を輝かせて、俺の分のステーキももりもりと食べ始めた。ちょっと甘やかせすぎかな?でも仕方ないか、久々に出来た弟子なんだし。そう自分に言い訳し、頬杖をつきながら、彼女を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る