第40話 底にある希望

 ポケット・パンドラでの買い物の際、透壁スコープというアイテムを売ってもらおうと、ミカちゃん相手にスキルを行使した。その時、カナタさんは私たちが他の人に記憶操作スキルを使用することを暗に指摘し、辞めるよう諭してきた。

 そう、彼はとっくの初めに気づいていたのだ。


 この時、私たち家族は、カナタさんたちにすべての事情を打ち明けることを決めた。

 彼の力を利用しようだなんて、あまりにも傲慢だった——やっと、そのことを悟ったのだ。

 25階層への目的が破綻しても構わない。

 覚悟はできていた。

 しかし、その考えすら甘かったことを、カナタさんによって思い知らされる。

 彼は、私たちの謝罪だけを受け入れ、事情を聞くことよりも、まず目的地である25階層へ向かうことを優先してくれた。

 私たちの過去の行いを咎めることもなく、私たちの目的を遂げることを選択してくれたのだ。


 では、私たちは何をしようとしていたのか? ただ彼の力に恐れを抱き、謝罪しようとしていただけではないのか? 彼の優しさも気遣いも考えず、人として向き合うことすらせず、圧倒的な力に怯え、ただ伏して謝ろうとしていただけなのではないか——。

 本当に愚かだった。それすらも、彼によって気づかされることになった。


 その後は、華怜さんが仲直りの握手を提案してくれた。

 私たちが記憶操作スキルを行使しないことを前提とした信頼の握手。

 彼らと交わした初めての握手だった。

 彼女への感謝も、忘れてはならない。


 カナタさんと共に向かった25階層でも、あかねお姉ちゃんは2度も罠を踏んで道を戻るハプニングがあった。案内人がいるとは言え、揺らぎの道しるべのスキルは有効だった。

 ……お姉ちゃん、スキルのせいだよ…ね?


 再び、癒しの泉を目指した。

 すると、山尾隆行と出会った。

 隆行は、結果的に降伏し、すべての事情を私たちに話した。


 冥府の超克とは、死んだ者が自ら生き返りを果たすこと。


 冥界の恩寵――それはダンジョンエネルギーの極限の活用。

 波多野弓絵が行使したその力は、まさに異質であり、圧倒的だった。

 常識を超越した魔力が奔流となって放たれれば、トップ層の冒険者ですら一瞬で消し飛ぶほどの絶望的な威力を誇る。

 そんな強大な力が解き放たれ、カナタさんを襲った。


 しかし——それはまるで微風。


 圧倒的な威力であるはずの攻撃は、彼の前では意味を成さなかった。

 どれほど強大であろうと、その力は彼には届かない。

 弓絵が繰り出した冥界の恩寵である力のすべてをもってしても——カナタさんには無力だったのだ。

 彼は別格だった……。


 隆行が兄を殺した理由は、あまりにもくだらないものだった——。

 ダンジョン外でスキルを使える力。それだけではない。

 エネルギーを活用し、己自身に強大な力を宿す。

 それを私欲のために利用しようとした——ただ、それだけの理由だった。


 私は、崩れるようにその場に座り込んだ。呼吸が乱れ、視界が揺れる。涙が溢れて止まらない——いくら泣いても、胸の痛みは薄れることはなかった。

 兄がもういない。その事実が、今になって私の胸を深く抉る。

「……なんで……どうして……」

 声に出しても誰も答えてくれない。隆行が兄を殺した理由は、くだらないほど浅ましいものだった。そんな理由で、大切な兄が奪われたなんて、信じたくなかった。

 震える手をぎゅっと握りしめる。心の奥に広がる空虚さが、じわじわと身体を蝕んでいく。 兄の声が聞きたい。もう一度だけでもいい、話したい。けれど、それは絶対に叶わない——兄は、もう、この世界にいないのだから。


 涙に押し流され、気持ちは押しつぶされ、私はただ震えていた。その時——。

 私はそっと肩を抱かれた。

 目を向けると、あかねお姉ちゃんだった。彼女も静かになんて泣いていなかった。

 しゃくりあげるように涙を流し、苦しげに息を整えながら、私の背を必死でさすってくれていた。 強気な姉が、こんなにも泣いている。その姿に、余計に涙が溢れて止まらなくなった。

「……菜々花……」

 彼女は、そう一言つぶやき、ただただ泣いていた。

 その隣には、華怜さんがいた。彼女も涙をこぼしていた。華怜さんも私の手をそっと握り締めた。言葉はなかった。ただ、その手の温かさだけが、私の悲しみを少しだけ和らげる気がした。


 涙が床を濡らしていく。 どうしようもなく、苦しくて、悲しくて、息が詰まる。でも——私は独りではなかった。

 兄は、もう戻ってこない。どれだけ泣いても、どれだけ願っても。この現実は変わらない。それでも——私たちは、共に泣いていた。兄を失ったこの悲しみを、共に抱えていた——。


 父は、沈黙を破るように、低く呟いた。

『冥府の超克……。あおいを生き返らせることは可能か?』

 いつも強気なはずの父の声が揺れているのがわかった。

 私は、その言葉を聞いた瞬間、息が詰まった。


 そして、兄を想いながら、ブローチをぎゅっと握りしめた——。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あとがき


 2回にわたる記憶操作スキルのネタバレ回、皆さんはいかがでしたか?伏線やミスリードを見抜かれた方がいらっしゃれば、本当にお見事です!


 正直、まだまだ私の実力不足を感じる部分もあります。

 その結果、最初に読者を掴むストーリー構築には至りませんでしたが、今回の回を通して私の作品の傾向をより深く知っていただけたのではないでしょうか。


 これからも皆さんに楽しんでいただける構成になっているかと思いますので、ぜひ楽しんでください!

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