第39話 迷える道しるべの行方
兄・京極あおいは、ダンジョン外でも治療スキルを使うため、25階層の癒しの泉のエネルギーを活用する方法を思いついた。
兄は山尾隆行たち数名を連れて25階層へと向かった。けれど、——兄は帰ってこなかった。
兄以外の者は戻ってきた。私は山尾隆行に兄のこと、そして25階層で何があったのかを尋ねた。でも、彼は何も話そうとしなかった。
ただ曖昧な言葉を繰り返すばかりで、焦点の定まらないまま流れていく。その中で何度も繰り返されたのは——「公爵」だった。
「……公爵が……公爵は……」
まるで、その言葉自体に呪われているかのように。彼の声はかすれ、視線は定まらず、話そうとするたびに何かに怯えるようだった。
私は確信した。公爵に対して、彼は尋常でない恐怖を抱いている——いや、それ以上の何かがあるのかもしれない。
しかも、その公爵は——現実には存在しない。エンチャントワールドというゲームの中にのみ存在する、公爵だった。
記憶操作というスキルがある。それは兄も使っていた能力で、私たち姉妹も使うことができた。山尾たちは、そのことをすでに知っていた。
だからこそ、記憶操作を使って無理やり情報を聞き出そうとしていることに、すぐに気づいたのだろう。そして、それを察した山尾は、距離を置くようになった。
山尾たちとの接触をあきらめ、兄が何をしたのかを調べるため、25階層へ向かった。 しかし——癒しの泉にはたどり着けなかった。
そこでは、必ず道に迷う。
道に迷う理由……それは、山尾隆行のスキルのせいだと気が付いた。
彼のスキル、「揺らぎの道しるべ」。
使用した対象を道に迷わせ、目的地から逸らせる能力で、本人は「こんな弱いスキルじゃ、冒険者として何の役にも立たない」といつも嘆いていた。
揺らぎの道しるべの弱点は、使用者が対象者の認識を曖昧にしてしまうことにある。
使用者は対象者に目の前にしても正確な判断することができず、たとえ対象者が偽りの情報を提示しても、それを疑うことができなくなる。
山尾に接近し、記憶操作を行うため、私たちは身分を偽ることを決意した。私は男装し、“兄・あおい”として振る舞い、姉・あかねは侍従のメイド、父・慎吾は執事として、それぞれの役割を演じた。
しかし、真実を確かめるため、私たちは25階層の探索を続行することにした。道案内として人を雇ったが、冒険者は荒くれ者が多く、約束が反故にされたり、揉め事にまで発展することがあった。そのため、こちらの安全を確保するために、多少の記憶操作を施し、彼らを円滑に扱えるようにした。
彼らと同行している最中、イレギュラーモンスターと遭遇し、そこでカナタさんと出会った。
カナタさんにとってそれは脅威ではない。ただの雑魚と変わらぬ扱いで、軽くいなし、一瞬で片付けてしまった。
彼の力は圧倒的だった。だからこそ、彼に協力してほしかった。今にして思えば、躊躇せず、素直に協力を願い出るべきだったと痛感している。
しかし、当時の私たちにはそんな余裕はなかった。ただ前へ進むことだけを考えていた。彼に誠実に向き合うこともせず、記憶操作を用いて、強制的に協力させることを試みた。
記憶操作のスキルは、対象者に直接触れることで発動する。操作できる人数には限りがあり、力を持つ者に対しては、より多くのリソースを消費する。
しかし、その効果が確実に発揮されたかどうかは使用した本人には判別できない。だからこそ、私は毎回、記憶操作が正しく作用したかどうかを確認するようにしていた。
結果的に、カナタさんに記憶操作を施すことはできなかった。
この時、カナタさんへの記憶操作のリソースを割くために、案内人たちの記憶操作を解除した。
1度目の試みでは、私たちの記憶と強制協力を刷り込むことにした。そして、彼が私たちのことを覚えているかどうかを確認した。すると、彼は前日、受付付近で私たちが揉め事を起こしていたことを覚えていると口にした。その言葉を聞いた私たちは、記憶操作が成功したのだと勘違いしてしまった。
2度目の念押しの記憶操作。彼がアイテムを落とした時に、それを悪役貴族のゆかりの品として仕立てること、そして記憶の更なる植え付けを行った。
一緒にいた連中にも貴族の懐中時計であることを語らせた。
すると彼は、それをまるで祖父の形見のように語り始めた。
その様子を見た私たちは、カナタさんが完全に術中にあると確信した。
ただ、彼は懐中時計が祖父と同じものだと語っただけとも知らず……。
次にカナタさんと再会した際、本来の目的地である25階層の癒しの泉へ同行するよう記憶を植え付けた。
しかし、ここでも記憶操作の失敗に気づかず、彼の優しさに甘える形で同行の同意を得たに過ぎなかった。
「あかねさんに小銭を渡されて、買い物してこいって命令されたのも記憶操作だったんですね」
カナタさんはそう笑いながら言った。しかし、お姉ちゃんはそんなことはしていない。それは、私たちの記憶操作などまるで意に介さない彼の余裕を感じさせる、ただのジョークだったらしい。
……お姉ちゃん、してないよ…ね?
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あとがき
どうやら、皆さんにも「揺らぎの道しるべ」が発動してるようですね。
評価・ブックマークはこちらになります……。
あっあれ?……ど、どこだっけ……?
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