第26話 よし無罪ですよ……。 えっ?それはもうやった?

 俺たちは隆行と弓絵を連れ、一旦ダンジョンの階下へと降りた。彼らの身柄をダンジョン保護局(警察)に引き渡すためだ。 ダンジョン管理局の受付担当職員に、犯罪者の引き渡しについて相談すると、状況を確認した上で調査官のいる部屋へと案内された。


「初めまして。私はダンジョン管理局の調査官、佐藤 直樹だ。ダンジョン内の秩序維持と犯罪者の監督を担当している。 君たちが引き渡しを希望している犯罪者について、詳しく話を聞かせてもらおう」


 調査官の鋭い眼差しが俺たちを見据える。職務に忠実な態度の中にも、経験に裏打ちされた冷静さが感じられた。


 部屋の奥では、別の引き渡し手続きが進められていた。

 一人は、動きやすい軽装鎧の迷彩柄の男。

 一人は、深い紺色のローブを纏った男。

 最後の一人は、軍人のような黒い戦闘ジャケットを着ている外国人の男性だった。


 それぞれ、斥候、魔術師に…最後の外国人はなんだろう?遊撃ぽい服装だな。

 いずれにしても、ダンジョン犯罪者のようだ。


 俺は一歩引いて、あおいちゃんたちに犯罪者の引き渡しの件を託した。

 佐藤調査官は、冷静な表情を崩さぬまま、手続きを進めるための書類を取り出す。

「では、正式な受け渡し手続きを始めよう」


 あかねさんは小さく頷き、書類を手に取ると、そこに記載された犯罪者の情報を確認しながら口を開いた。

「対象は隆行と弓絵。罪状はダンジョン内での襲撃行為、それに……」

 彼女は書類をなぞるように視線を落としながら、静かに説明を続けていった。調査官はじっとあかねさんの言葉を聞き、手元の資料と照らし合わせながら頷く。

 俺は少し離れた場所から、その様子を見守る。隆行と弓絵は黙ったまま、素直に事の流れを受け入れている。

「……確認した。この犯罪者はダンジョン保護局へ正式に引き渡される」


 佐藤調査官が手にした謎めいたアイテムが、突如として輝きを放った。

 隣に置かれた真っ白な紙の表面に、ゆっくりと文字が浮かび上がっていく。


 あのアイテム魔道具か…。

 書類内容をコピーしたのかな?この部屋にはコピー機が置かれてないしね。


 手続きの書類に押印を済ませたちょうどその時、扉の向こうから足音が響いた。まっすぐ佐藤調査官のもとへ歩み寄る。


「久保田です。引き渡し案件の確認に参りました」

 芯のある声が場に響く。制服姿の女性は静かに立ち止まり、鋭い目で周囲を見渡した。


 久保田さんは佐藤調査官から書類と魔道具を受け取った。

 書類を指先で慎重にめくる。だが、その瞬間——

 指先がわずかに滑った。

「——っ!」

 紙の束がバランスを崩し、ふわりと宙に舞う。久保田さんの手が紙片を追うが、空を切る。そのまま身を乗り出した瞬間——


 彼女の足元がわずかに揺らぐ。

 踏んだ。しかも、ちょうど書類の上だった。

「……しっ、失礼しました」


「久保田」

 静寂を切り裂くように、調査官の冷たい声が響いた。

 佐藤調査官の視線が鋭く、久保田さんを射抜く。空気が張り詰め、周囲の温度がわずかに下がったように感じる。


「この書類が何を意味しているか、理解しているのか?」

 ただの紙ではない。ただの手続きではない。この場にいる者すべてが、それを理解していた。


「これは正式な引き渡しを証明する重要な書類だ。一枚の汚れが、信用を揺るがすことになる」

 静かに、しかし確実に圧をかけながら調査官は言葉を続ける。久保田さんはわずかに息を詰め、眉をひそめた。


「書類をなくせば、耳を持つ者に渡り、金に換えることもある。慎重に扱え」

 ちらりと、佐藤監視官は、そう言って犯罪者たちを見た。

 斥候の男が鼻を鳴らし、「金になるなら、俺も欲しいところだ」と呟く。

 魔術師の男は書類を一瞥し、唇の端を僅かに持ち上げる。「魔導書と同じ価値があるなら、話は別だがね」

 外国人の男は、関心を示すことなく、沈黙を保ったまま、ただ一点を見つめている。


「その書類を、床に散らした上に踏みつけるとは……軽率にも程がある」

 声に怒気はない。それでも、その言葉の鋭さは心臓を刺すようだった。

 久保田さんはすぐに姿勢を正し、深く頭を下げる。

「申し訳ありません。すぐに確認を——」

「言葉より行動で示せ」

 調査官の声が一段低くなる。場に漂う緊張がさらに増す。久保田さんは息を詰め、もう一度深く頭を下げる。

「今後、このようなことが決して起こらぬよう、肝に銘じろ」


 うわ……すごい迫力。

 空気の重さが違う。

 久保田さんなんて、あからさまにしょんぼりしているし……。

 いやいや、ここでふざけるなんて絶対ダメだろうな。

 この場でやらかしたら職務経歴書に『行方不明』って書かれるんじゃないか?


「そう言えば――カナタさん」


 華怜さんの声掛けに俺は反応した。


「そんな書類をこの前、紙飛行機にして飛ばしてましたね」


 ……げっ、華怜さん!?今それ言う!?この空気で!?

 この空気の中で、ぶっ飛んでるの飛行機じゃなくて、その発言だよ。


 その瞬間——俺は背筋に寒気を覚えた。

 視線。

 鋭く、容赦なく、研ぎ澄まされた意識の刃がこちらに向けられた。

 佐藤調査官が静かに顔を上げ、俺へと視線を向けている。

 何も言わない。眉一つ動かさず、ただじっと俺を見つめていた。 まるで、この場で何が行われたのかをすべて見通すような、そんな目だった。

 ……やばい。


「あの紙飛行機は、どうなりました?」


 華怜さんは空気を読まずに続ける。たぶん小声で話しているので、二人だけの会話だと思っているらしい。

 めちゃくちゃ聞こえてますよ。

 なんなら、外国人の男までこっち見始めてるんですけど…。


「ええ、あの紙飛行機は既に華怜さんに手渡しましたよ?」


「あっ、もしかしてあの時の…」


 華怜さんが考え込むように首を傾げる。

 そして、軽く微笑みながら——

「この紙でも飛行機作りますか?」


 ……いや、華怜さん!? この空気で、冗談まで飛ばす!?


 一瞬、華怜さんの言葉に気を取られたのか、床に散らばった書類を拾っていた久保田さんの動きが、その拍子に、わずかに体勢を崩した。

「あっ!」

 俺は反射的に前へと踏み出す。彼女を支えようと手を伸ばした。

 びりびりっ。

 乾いた音が、場の静寂を切り裂いた。

 俺の足元からした音だった。

 久保田さんは、転ぶことなく体勢を立て直す。 しかし、その視線は俺に向けられ——そして次の瞬間、すぐに佐藤調査官へと移った。


 ……紙飛行機になって空の彼方へ飛んでいきたい。

 行方不明者約1名。


「水に流して許してもらいましょう」


 華怜さんが笑顔で言った。


 華怜さん……その紙、トイレットペーパーですよ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 後書き

 華怜さん、さすがの余裕ですね。

 カナタもユーモアで返してるところを見ると、実は結構余裕あるのでは!?

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