第21話 なるほど。確かにひどいね……。
転移結晶で25階層へと移動してきた。
ここは、長い年月を経た建造物のような構造になっている。
朽ちた柱が並び、壁には蔦が絡みつき、足元には崩れた石片が広がっていた。
一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
癒しの泉って、華怜さんの回復魔法のことだと思っていたが、実は『癒しの泉』という名の場所も存在するらしい。
あかねさんは癒しの泉の場所を知っており、自ら進んで道案内をしてくれた。
前回は、泉にたどり着く途中で罠にかかり、最終的に5階層へ飛ばされたとのことだった。
「ところで、転移結晶って25階層のどこかへランダムに飛ばされるアイテムなんですよね?ここがどこだかわかっているんですか?」
「えっ?えっと…わかりません」
あかねさんは、顔を伏せ、恥じらいを隠せずに答えた。
「前回は、知っている道にでも転移したんですか?」
「はい、そうです。…でも、今回は、透壁スコープがあります。ついにその腕の見せ所を迎えるんです」
あかねさんは元気を取り戻すと、今度は、はっきりした声で答えた。
なるほど。きちんとそこまで考えてられていたんだね。
ちなみに、25階層は攻略中であるため、すべてのエリアが探索されているわけではないそうだ。
しかし、癒しの泉へと通じる通路だけは、すでに判明しているとのことだ。
「透壁スコープを使用することで、結局どこにいるのかわからない場合がありますよね?その場合、どうするんです?」
「その場合は、高所に登って確認をします」
「この階層は天井がありますね」
顔を上げ、ゆっくりと天井を指さしながら言った。
「…大丈夫です。ここに転移結晶があります」
そう言って、あかねさんは新たな転移結晶を取り出した。
「そうですね。では、使用しましょう。そして、同じ会話でも始めましょうか?」
「ぐっ…カナタ様のツッコミを期待しておりました。しかし、まさかここでカウンターを食らうとは…。さすがは、悪役貴族」
最後の悪役貴族って言葉いる?
どうにかしてやり返そうとする子供じみた部分が、あかねさんにもあるんだね。
「あかねさんのキャラが迷走していることはわかりました。今、迷子状態こそが本題です。そこに戻りましょう」
「ひっひどい…」
あかねさんは膝をつきうなだれ、哀愁を漂わせている。
やり返しちゃった。俺の方が十分子供じみてるって?
いや、これが悪役貴族のたしなみなんですよ。
そんな俺の視線の先で、小さな影がそっと動いた。あおいちゃんがあかねさんの隣にしゃがみ込み、そっと背中に手を添える。「…あかねお姉ちゃん、大丈夫?」 優しく声を掛けるその姿は、どこかぎこちなくもあたたかかった。
転移結晶は、階層移動を手軽に行える便利なアイテムだ。しかし、移動先が階層の入口に固定されているわけではないため、必ずしも使い勝手が良いとは言えず、状況によってはかえって不便に感じることもあるんだね
それからしばらく歩き回り、あちこち探索してみたものの、見覚えのある道にはたどり着けず、依然として迷ったままだった。
そんな時、遠くから数人の冒険者らしき人物が歩いてくるのが見えた。
あかねさんは、彼らに歩み寄り、礼儀正しく声をかけた。
「こんにちは。もしかして、ダンジョンの管理をされている方々でしょうか?実は、癒しの泉への道を探しているのですが、何かご存じでしょうか?」
たしかに彼らの腕にはダンジョン職員を示す腕章が確認できた。
泉への道を教えてもらった後、彼らに感謝の言葉を伝え、目的地へ足を向けた。
歩を進めると、足元の道は次第に狭くなり、周囲の雰囲気も変わっていった。
しばらく進んでいたその時、突然――。
「あっ!」
あかねさんの短い悲鳴が静寂を切り裂いた。驚いて振り向くと、彼女は足を止め、何かを見つめている。
彼女を中心まばゆい光に包まれた。やがて俺の視界も白く染まり、何もかもが輝きに飲み込まれた。
次第にその光が徐々に収まり、周囲を見渡すと、先ほどまでいた場所とは異なる景色が広がっていた――俺たちは、別の場所へと移動していたのだった。
「なるほど。敵はそう来ましたか」
転移の罠にかかった本人は、まるで芝居じみた様子で『なるほど』を繰り返し口にした。
―― 視線を感じ周囲を見渡す。すると、先ほどの職員たちがぎょっとした表情でこちらを見つめているのに気づいた。
俺が職員たちから再び正しい道順を教わっている間、あかねさんは彼らの視線を避けるように『なるほど』と繰り返していた。
そんなあかねさんの隣で、あおいちゃんが静かに近づき、そっと袖を引く。
「…あかねお姉ちゃん、大丈夫?」
ふと、彼女の手元に目をやると、小さなブローチが指の間に収まっていた。 淡い光を帯びながら、静かに輝いている。
あかねさんの背中にそっと手を添える、その仕草はぎこちなかったが、どこか真剣だった。そして、小さな願いが込められるように、そっとブローチを握りしめる。
「あかねお姉ちゃん、きっと大丈夫だよ」その言葉とともに、ブローチはふわりと一層輝きを増した。
あおいちゃんは、あかねさんのためにブローチに願いを込めたらしい。
あおいちゃん優しいね。
足元の石畳を踏むたび、かすかな音が響く。その音が静寂の中に溶け込んでいく。
歩くうちに、徐々に周囲の空気が変わっていった。
しばらく、順調に進み、見たことのある景色までたどり着いた。
「さっきの場所に戻って来れましたね」
俺がそう言うと、あかねさんはすぐに続ける。
「なるほど、つまりここからの正しい道順は、あちらということですね。」
そう言うが早いか、あかねさんは迷いなく足を踏み出した。
「ちょっと待ってあかねさん!」
そう俺が口にした瞬間、俺たちの周りは、まばゆいばかりの光に包まれた。
柔らかな陽射しが地面を照らしていた。風がそよぎ、木々の間から聞こえる鳥のさえずりがのどかに響く。遠くでは、小さな花々が揺れ、まるでこの場所が迷い人を優しく迎え入れるかのようだった。
すぐ近くには、風化した石の門柱が並んでいる。かつて壮麗だったであろう構造物は、今や苔と草に覆われ、穏やかな時間の流れを感じさせる。
「もう25階層入口にお着きでしたか、お早いですね」
「ええ、先ほどはどうも。ところで、泉までの正しい道順を教えていただけますか?」
「なっなるほど。敵はそう来ましたか……」
あかねさんは膝をつき、沈黙のまま肩を落としていた。目の前の光景に呆然としているのが伝わる。
そんな彼女のもとへ、静かに歩み寄る小さな影――あおいちゃん。まるで習慣になったかのように、そっと袖を引く。
「…あかねお姉ちゃん、大丈夫?」
その声は変わらず優しい。しかし、これまでのような慰めではなく、今回はほんのわずかに安堵の響きが混じっていた。
あかねさんは反応できないまま、俯いたままの姿勢を保つ。 あおいちゃんは少し考えたあと、ふっと微笑み、何気ない調子で言った。
「でも、何度も通った道だから、これで次回から迷わずに行けるね!」
その言葉が響いた瞬間――。あかねさんはピクリと肩を震わせ、ゆっくり顔を上げる。
「…………ひどい。」
ぽつりと呟くその声には、悲しみと諦めが入り混じっていた。再び膝をつき、遠い目をするあかねさん。
一方、あおいちゃんは純粋な笑顔のまま、「?」と首を傾げる。自分の言葉が追い打ちになったことなど、まるで気づいていない様子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます