第15話 よし無罪……ノンノン

「ここから先は、モンスターの巣窟だ。一匹ずつモンスターを釣り上げ、効率よく経験値や素材を稼ぐのさ」


 マサシは、狩場である広場の先に続く通路を指し示しながら、落ち着いた口調で告げた。 その通路の向こうこそが、いわばモンスターの巣窟というわけだ。


 モンスターハウスへと続く通路を見渡す。

 配置された岩石や古木が、戦闘時に絶妙な遮蔽物として機能しそうだ。

 それらは、冒険者たちが身を潜め、敵の動きを封じ込め、さらには先手を打つための理想的な隠れ場所となることだろう。

 通路の先に広がる狩り場は、開けた見晴らしが良い広場だ。

 複数のパーティーが、互いに干渉せず一匹ずつ敵を引き寄せ、冷静に対処できるほどの余裕ある広さを備えている。


 効率良く経験値を積むための作業か…。

 どうも、モンスターとの戦いというより、実務的な対象のようだ。

 釣りに興味はあるが、狩り方には興味を持てそうもない。

 俺だったら、モンスターを釣り上げ、討伐する。

 これだけで完結するけどな


「カナタさんは、ただ経験値を稼ぐだけの単調な戦いには興味がなく、モンスターとの真剣勝負こそ、熱くなれる瞬間であり、そこにこそ本当の喜びと覚悟を見出しているのですね」


 俺は、目を見開いて華怜さんを見た。

 彼女の瞳の奥には、まるで俺の内面を見透かすかのような温かい理解が宿っているように感じられた。


 ふと、一人の男がこちらをじっと見つめるのに気づいた。

「どうも」と軽い仕草で挨拶を返すと、すぐに槇原の方へ別の男が近づいてくる姿が視界に入った。


「槇原の息子じゃないか。俺の縄張りを荒らしに来たのか?」


 その男は40代後半に見え、背が低く、やや出っ歯が目立つ風貌だった。

 いやらしさを湛えた眼差しで槇原を見つめながら、軽い口調で声をかけた。


「川村のおっさん……。縄張りとはなんのことだ?」


 槇原は、眉間に深い皺を刻みながら、川村という男に冷ややかに返した。

 どうやら、槇原は川村に対して悪い印象を抱いているようだ。


「だから、勝手に狩場を荒らししちゃ困るって言ってるんだ。ここにはルールがあるんだよ」


 こいつ、いきなり、何言ってるんだ?

 まともに真意を伝えるつもりもないらしい。

 ただ威圧的に従わせようという狙いだけが垣間見える。


「おい、おっさん。お前が勝手に決めたルールだろ?そのルールが何を意味するのか、さっぱりわかんねぇじゃねぇか」


 さすが、マサシ、荒っぽいタケシとコンビを組んでいることだけはある(偏見)。


「ノンノン。縄張りぃ?なんの権利があって高貴なミーたちの邪魔するので~すか?オフラン・ドゥ・シャンパイン・ル・クラクルージュ十三世ごにょごにょが、この場に立つというだけで、この空間は気品と栄光に満ちるはず。それを妨げる『ルール』と~は?」


「別にお前を妨げるルールじゃねぇだろ。引っ込んでろ」


 タケシがすかさず突っ込みを入れた。


 もし、オフランをモンスターハウスに投げ入れるってルールがあるなら、俺はイヤイヤながらも従うしかない。


「ここの狩りの運営を俺が全部取り仕切ってるんだ。お前たちが勝手に動けば、皆の効率が落ちて、迷惑をかける。今だって、この瞬間に経験値が稼げなくて、皆に迷惑をかけてるだろう?そんな、当たり前のことすら分かってねぇのか?」


「槇原さんの『蒼煙の翼』の効果でしょうか?ずいぶんと経験値が低そうなモンスターが釣れましたね」


 俺にだけに聞こえるよう小声で、華怜さんがすまし顔で強烈な毒を吐いてる。

 オフランの時もそうだったが……彼女、こんなキャラクターだったか?


 俺は周囲を見渡し、今のやりとりをしている自分たちの姿が、誰かの迷惑になっていないかを確かめた。

 確かに、周囲の連中は我々の声に特段の不快感を示すこともなく、ただその存在を静かに受け入れているようだった。

 しかし、どこか奥の空気からは、早くこの無意味なやりとりを終わらせてほしいという、かすかな苛立ちのような雰囲気を感じ取った。


 マサシも、その場の空気を敏感に察知したのか、言葉を選びかねていたようだ。

 しかし、どの一言で状況を収められるのか、彼は戸惑いを隠せぬ表情で苦慮していた。そして、限界を感じたのか、困惑の色を浮かべながら、俺に向けて助けを求めるような目線を送ってきた。


 俺はマサシに対し頷くと、すぐさま周囲に目を走らせた。

「今日のルールって、本当に皆が認めた正当な決まりなのか?それとも、誰かの勝手な判断によるものか?」


 すると、一人の男が口を開いた。

「……実のところ、その男が自ら釣りの役目を買って出るって提案してきたんだ。試しに彼に任せてみたら、狩りがかなり効率よく進んだ。それで、この場にいる全パーティーも文句も言わずに同意してるって感じだ。」


 俺は辺りをくまなく見渡し、この男の言い分が事実かどうか確認しようとした。

 川村をはじめ、周囲のパーティたちの表情や微妙な頷きから、同意していることが窺えた。


「わかったろ。ルールも守らず、邪魔してるのはお前たちだってことがよ」

「小物が小さい悪事をしても、許される」

「大物は大きい悪事をしても、許される」

「小物が大きな悪事をしたら、許されない」

「許されてるうちに帰んな。小物風情が」


 川村は、捲し立てるように暴言を吐いた。


 川村は狩りに必要な同意は得ていたが、その合意を盾に、自らの独断ルールまで皆が受け入れたかのような、勝手な振る舞いを見せている。


 川村の言ってることが、全然わからん。

 こいつのルールを当てはめたところで、狩りすらしていない俺たちが何に対してルール破りをしているっていうんだ?


 俺は再びマサシに軽く頷くと、振り向いて川村に向かい、

「あんたのルールは知らねえが、こっちはいつもの通り狩りをさせてもらう。その枠内であんたのルールに触れるとすれば、それはあんたが勝手に定めたものに過ぎねえ。皆からの意見は受け止める。だがお前の文句は、認めねえ」


「ああん。なんだ、このガキは、下手にできっ」 ――「黙れ、お前は、に従え」

 川村がさらに口を滑らせる前に、俺は一蹴するように言葉を継いだ。


「ん~んっ――」


 川村はこちらを睨むように見据えると、顔が真っ赤に染まり始めた。彼はじたばたと体をよじり、文句を口に出そうと必死にもがいたが、結局、口がふがふがと動くだけで、はっきりとした抗議の声は上がらなかった。


 ちょっと威圧しただけなのに、ごほん…もとい、抗議しただけなのに…強気に出る奴に弱腰になるタイプだね。


 結局、何も訴えることができないまま、川村は不機嫌な表情を浮かべたまま、その場を足早に去っていった。


 ふと思い立った俺は、周囲をぐるりと見渡し、話し相手になりそうな人物を探し始めた。

 すると、俺が一人に視線を送った瞬間、彼はさっと地図を抱えながら顔を覆い隠す仕草をした。

 この先モンスターハウスしかないのに地図は必要ないよね。

 俺は、そのまま地図越しに男をじっと見据え続けた。


 男は地図をさっとのかし、ちらりとこちらを覗いた。

「どうも」と軽い仕草で挨拶を返すと、あきらめ顔で「もし協力できることがあれば」とでも言うかのような態度を見せた。


「どうも、カナタと申します。あの男、川村が言っていた言葉を確かめたくて」


「カナタ様。私、宝田一樹と申します。いかなるご質問にも誠心誠意お答えいたしますので、何なりとお聞きくださいませ。


 カナタ様?ってなんだ?

 宝田さんめちゃくちゃへりくだってないか?

 それでも、宝田さんは面構えを崩さず、さらに口を継いだ。


「川村は、この広場に集う全パーティーの『モンスター釣り』役を、買って出てひとりでこなしていたんですよ」


「よし無罪」


「はえーよ。あいつはそんな男じゃねぇ」


 俺の判決に、槇原をさっそく異議を唱えた。


「川村は、皆さんとうまくやっていたのですか?迷惑などは掛けてなかったのですか?」


「はい、川村さんとは、うまくやっていましたし、迷惑行為や問題行動も特にありませんでした。だから、急に貴殿方に突っかかって行ったのでびっくりしたぐらいです」


「やっちゃったね。槇原さん」

 俺は振り向いて槇原さんに冗談めかした口調で投げかけた。


「やったのはお前だろっ。てか、カナタの態度は正解だ。気にするな」

 槇原は、自身の判断に確信を持っているかのように、マサシたちに確認する姿勢で静かに頷いた。

 すると、その意図を受け取ったのかマサシたちも、頷きを返した。


「よし無罪ですよ。カナタさん」


 最後に華怜さんの出番がやってきたね。

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