16節.暴君と予算ヒアリング
補正予算のヒアリングを受けるため、俺とアンカラは領庁に出張していた。
外はあいにくの吹雪で、一歩先が見えないほどの悪天候であった。
白亜の防壁に守られた風雪の中佇む巨城は、変わらず美しくも荘厳で偉大な印象を見る者に与える。
しかし、外面は取り繕えても、内面は隠せない。
レイズブルク領庁であり南の都とも呼ばれるアカルガは、今や見る影もなく衰退していた。
中央公園で草をのんびり食むトナカイの姿も数が減ってしまっている。露店が軒並み潰れてしまっており、あれだけいた観光客や行商人の姿も見られなかった。
街道の石畳にはホームレスや孤児らの凍死体が並んでいる。
さらに川辺には斬首された大量の遺体が雪に埋もれ放置されていた。その横には立て板が置かれており、ネロとマグネンを批判したデモグループを反乱の罪で処刑したと記載されていた。
貴族である俺とアンカラが通りを歩くと、民衆が怯えた目で逃げ去っていく。経済はガタガタ、人口は減る一方であった。
「ニール。領庁はここまで酷くなっていたのか? 君は毎週土曜日、授業を受けるためここに来ているんだろう? この1年で一体何があったんだい?」
久々に来る領庁に、父が愕然とした顔をしている。
まあ無理もない。
リンデンが反乱から復興を遂げ、急成長を続ける中、反対に領庁は見る影もなく衰退しているからだ。
「全部マグネン卿の専制政治と、それを見て見ぬふりしているネロ様のせいですよ。今領庁ではカジノが空前の大ブームなんです。予算がないのにIR(総合型リゾート)整備法を無理やり通して、カジノとか劇場みたいな民衆そっちのけの貴族向け施設ばっかり建設されています。ネロ様はマグネンと一緒になって政治ほったらかしで賭け事に興じ、公費で借金を繰り返して、今や財政は火の車です」
「ぜ、税金で賭け事をしているのか⁉ ジョンは、執事長はなぜ諫言しない? どうしてこんな事態になるまで放置している?」
「ジョンさんは執事長から外されました。ネロ様にお小言を言いすぎて閑職に回されたので。今じゃマグネンがここの王様みたいなものですよ」
アンカラが頭痛がしてきたのか、こめかみをおさえる仕草をとった。
本当、なんでこんなことになったんだろうな。
俺も頭痛どころか胃痛がしてきたよ。
¥¥¥
予算ヒアリングとは、各領地の統治を任されている騎士が提出した予算要求書を、領庁の財政課に所属している文官が要求内容を聴取し、審査するものとなっている。
アカルガの城の中、二階にある会議室で俺は文官らに資料を配っていた。
領庁の内政官とは言っても、俺は貴族で彼らは平民にあたる。
一応、俺の方が身分が高いので、彼らは立礼のうえ着座せず静聴してくれていた。
「ニール=ダナです。ではこれより予め提出させてもらった予算要求書の概要を説明させてもらいます。ではまず資料の1頁をご覧ください」
俺が予算編成した内容は以下の内容である。
主に一般会計・1款、税収の大幅増。工場が多く建設されたことによる法人税や固定資産税が増えたこと。
次に18款にある財産収入(事業収入)の異常なまでの増額を報告する。
合計にして70,000テーリンを超える増収が見込め、これは当初予算からすれば2倍の決算見込みと言えた。
領庁の内政官が俺を見る目がヤバい。
俺の淀みない説明に本当にこいつ子供かよって顔をしている。あと、反乱後ボコボコにされたリンデンで、なんでこんなに稼いでんだよってコソコソ言い合っている。「優秀っていうか異常だろう」「これが噂の麒麟児か」「化物」「怪物」と半ば悪口に近い言葉も聞こえてきた。
俺は無視して説明を続ける。
「次に歳出の説明に移らせてもらいます」
歳入が爆上がりした分、支出に回すことにしたのは、領民税の負担軽減だった。
30,000テーリンを減税するための財源にする。
あとは12款の災害復旧費の名目で、リンデン中央区の官公庁建設の追加予算にさせてもらった。13款で膨れ上がった公債の大部分も返済し、利子に追われる生活を脱出。
余った予算は俺や郎党らの戦力アップに使わせてもらう。
魔法スクロールの大人買いをしまくるのだ。武官をもっと増やす。それから強い魔法をどんどん習得するのだ。
魔法局で上位の攻撃魔法を手に入れよう。
筋力増強や守備力上昇、魔法防御上昇といったバフも覚えれたらいいな。
ネロが使っていた魔法反射とかめっちゃ便利そうだから是非手に入れたい。
能力値ポイントもあるだけ買おう。
金じゃ。世の中金なんじゃー。
金さえあれば無限に強くなれる。
それがこの世界のルールなんだから!
ひゃほー、想像しただけで楽しくなってくるわ。
¥¥¥
予算ヒアリングは文官から終始何も突っ込まれなかった。
聞いているのかいないのか、叩いても何も響かない感じ。
案山子相手にプレゼンをしたような気分だった。
あれだけ一生懸命説明したのに、なんだこれ?
ノーリアクションで相槌もなく対応されると萎えてくるよね。
しかし、ヒアリングの後、なぜか俺は別棟の控室に通された。
内政官の若い女が俺を呼び、しばらくすると領主の執務室に連れていかれた。
うわー。何の用なんだろう?
嫌な予感がひしひしとするわ。
俺はノックをしてから、入室した。
もう何度も入ったことのある部屋なので緊張はしない。
執務室の机の上には大量の手紙が置かれていた。壁には剣や槍、そして禍々しい魔物の首が剥製として飾られている。絨毯には足の踏み場もないほど、本が散らばっていた。内容はどれも戦記とか英雄譚ばかり。勉強のための参考書などは一切置かれていなかった。
この執務室の主となったネロの趣味全開となっている。
「待ってたわよ、ニール。あなたの補正予算の内容、見せてもらったわ。全然意味不明だったけど、とりあえずお金をいっぱい稼いだみたいね。愚民をいたぶって、税金を巻き上げたんでしょ。やるじゃない。見直したわ!」
予想通り、そこにはネロが椅子にふんぞり返り、ニヤニヤしながら待っていた。
「そんなことしてませんよ。ちゃんと僕の提出した資料見ましたか?」
「見たわよ。でも訳の分からない数字がいっぱい並んでいるだけで全然つまんなかったからほとんど読み飛ばしたわ。キャハハハ!」
いや、ちゃんと読めよ。
それでも領主代行か。
本当に笑っている場合じゃないぞ。このままだと領地経営が崩壊するレベルだ。ジョンさんを閑職に追い込んだ時点で、俺はこいつを見限っているから、今さらどうなろうと知ったことじゃないんだけどさ。
反乱とか起こったら、絶対ダナやリンデンにも飛び火するじゃん。
はっきり言って迷惑なんだよ。いい加減マグネンをどうにかしろよ。
「これであなたも貧乏騎士卒業ね。褒めてあげるわ。これでいっぱい強い魔法が買えるわね。それでこそ私のライバルよ。次の決闘が楽しみね!」
「僕の負けでいいって言っているでしょ」
「ダメよ! ちゃんと戦うの! 極位の魔法をお互い遠慮なくぶつけ合いましょうよ」
「やめましょうよ。そんなことしたら運動場どころか領庁が吹き飛びますよ。あと稼いだって言っても、さすがに極位は買えません。禁書一歩手前の10,000テーリン以上するじゃないですか。年齢制限もありますし」
「領主代行権限で禁書の購入許可を出してあげるわよ。私の伝手で少し安く売るよう言っておいてあげるわ」
ネロは銀髪をふぁさーっとかき上げ、ドヤ顔を見せた。
しかしその大げさな仕草で、机に置かれた大量の手紙が地面に散らばってしまう。
ん? 特徴的な白無地の便箋に赤の封蝋印、裏面には差出人の名前が記載されていた。カルロス=パシフィッカ。数年前にアノックス公爵に叙された30過ぎの王族だ。俺は手紙を拾いながら、ネロに手紙の内容について尋ねた。
「これってお見合いのお誘いで使う手紙ですよね? ネロ様も7歳になられたんですもんね。僕にも最近よく届くんです。お返事を書くのが大変で仕方ないですよね。カルロス公の息子さんとの縁組ですか?」
「……公爵本人からのラブレターよ」
ネロが憮然とした顔でため息を吐いた。
見れば50通を超える手紙の差出人が全てカルロス公であることが分かる。
え? 30過ぎの男が7歳の女の子に求婚してるってこと?
なにそれ、キモい。
カルロス公ってロリコンだったのか。確か王太子殿下の弟で、あまり良い噂を聞かないな。
「カルロス公って独身でしたっけ?」
「一応独身らしいわね。過去5回結婚して、全員死んじゃったみたいよ」
「それはなんというか、お気の毒ですね。死因は何だったんです?」
ネロが口に出すのもおぞましいといった顔をする。
「……若年出産が理由の死亡が2人。特殊性癖による乱暴で3人が死んでいるわ。なんでも6歳から12歳までの幼女にしか興奮出来ない個性をお持ちらしいのよ」
「それを個性って言っちゃだめですよ。ヤバいロリコンじゃないですか。即お断りしないと」
「簡単に言わないで。相手は公爵よ。マグネンや南部の騎士達も賛成しているわ。なんでも私がカルロス公と結婚すれば王族と親戚になれるし、お金や魔力がたくさん貰えるらしいの。魔物の巣攻略にも援軍を派遣してもらえるそうよ。お父様も病気になる前は、この縁組に賛成だったみたいだし。もうわりと根回しが済んでいるみたいなのよ」
ネロが珍しくシュンとした様子を見せている。
いつもの傍若無人な我儘娘として振る舞いはどこにいったのか。
そういやこいつ、かなりの身分第一主義者だったな。貴族じゃなきゃ人じゃない。平民はゴミ扱い。逆に王族って上位の身分にめっぽう弱いってわけだ。
へー。ほーん。
これは日頃の恨みを晴らすチャンスか。
めちゃくちゃ言って困らせてやろうかな。
「ネロ様らしくないですね」
「はぁ?」
「王族だからって何ですか。公爵が何だっていうんですか。ネロ様はそんな奴に婿入りしてもらわないと領地一つ運営出来ないんですか?」
「何ですって⁉」
ネロが深紅の瞳をまん丸にしてキレてくる。
俺はここぞとばかりに無茶ぶりをしてやる。
「話を聞いてみれば、相手はかなりイカれた変態ロリコン屑野郎です。そんな奴と結婚したとしても幸せになれるはずがありません。断りましょう!」
「イカれっ、変態っ、屑⁉ あなたカルロス公は尊き王家の血筋のお方なのよ! 不敬過ぎるでしょう!」
「そうだ。こっちから断りにくいって言うのなら、あちらから断るように仕向けたらいいんですよ」
すると、ネロが興味がそそられたのか、俺の話を聞くようになった。
「どうやって公爵から断らせるのよ?」
「簡単です。ロリコンって輩は皆処女厨なんですよ。穢れのない幼い少女をモノにしたいっていうユニコーン野郎です。ならネロ様が清純ではないって噂を流せばいいんですよ」
「処女厨ってどういう意味よ。意味わかんないことばかり言って。つまり、どうしろって言うのよ?」
俺はにやりと笑って言い放った。
今も昔もお偉方はスキャンダルを気にするだろう。
それを逆手にとるんだよ。
「公爵への返事の手紙に趣味は男漁りって書いたらどうです?」
「ふざけているの?」
「まあそれは冗談として。一時の嘘でいいから、アカルガのどこか小さい新聞社にお金を払って、男との密会とかを報じさせてみたらどうです? 多分、すぐに公爵の方からお断りの手紙が届きますよ。それからその新聞社には、記事はただの勘違いで、虚偽の記載だったって謝罪をさせるんです」
レイズブルク領領主代行であるネログレーテ様、まだ7歳にして男との秘密の情事か⁉
そんな見出しの記事が一面に掲載されることになる。
さあ、どうだ?
お姫様であるお前に、自分の名誉を傷つけるような醜聞を流すような真似が出来るかな?
出来はすまい!
「……ふーん。それいーじゃない。やっぱりあなた頭いいわね」
「え?」
ところが、ネロは俺の顔をしげしげと見ながら、感心した様子で呟いた。
え? こいつ乗って来たよ。本当にその作戦でいいの?
ネロは満面の笑みで、椅子から立ち上がり近づいてくる。
俺と強引に腕を組んできた。
「そんなに私が結婚するのが嫌なんだ?」
ニヤニヤした口元を隠そうともせず、上目遣いで覗き込んでくる。
さすが双子というべきか。
表情仕草ともにカリギュラとそっくりだなー、とぼんやり思ってしまった。
「その作戦でいきましょう! さっそく新聞社に連絡をしておくわ。なんだか楽しくなってきたわ。キャハハハ!」
なぜかネロの好感度が上がってしまった。
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