15節.歴史を変えるロマン砲


「タルツータ川から流れてきた魔物は全て駆逐し終わりました」

「東のダナや北のアカルガ方面から魔物の群れが現れましたが、銃で威嚇射撃をしたところすぐ退いていきました」

「閣下がダナにいて不在だった間、カリギュラ様が見事陣頭指揮を務めてらっしゃいましたよ。まあ、多少混乱はありましたが……」


 俺の郎党達が戦況の報告をしてくれていた。

 地震によって活性化した魔物らがリンデン周辺にも現れたが、その数はそこまででもなく簡単に撃退出来た。


 カリギュラが調子に乗って、魔物との実戦を望んだことでひと悶着あったそうだ。

 武官らに慌てて止められたらしい。

 能力値ポイントを得たからって油断しすぎだ。

 あとで叱っておかないとな。


 俺の郎党らは皆赤の軍服に、ダナ家の紋章である赤竜が描かれた外套を羽織らせている。個人的にすげー格好いいと気に入っている。

 かなり金をかけたかいがあった。

 魔水晶の粉末を繊維に織り込み、物理魔法防御を高めている。

 

 あと、自慢したいポイントは、郎党武官全員に魔動銃を配備したことだ。

 アルバが開発した初期型よりもかなり小型化に成功しており、持ち運びが可能となったのだ。まあ小型化したと言っても、台座となる三脚付きで160㎝の18㎏と扱いにくいので、まだ改良しないといけない所は多いんだけどな。

 しかし、その威力は折り紙付きで、魔法障壁持ちの悪翼鬼というガーゴイルのような魔物の頭を一撃で吹き飛ばすことが可能なほどだった。


「閣下、失礼します」


 オーランドが疲れた顔で、今回の被害報告書を持ってきた。

 

「魔物による街への被害はありません。ただ魚人系の魔物に小舟が二隻沈められ、一部商品が水没しました。商人連中がニール様の警備の不備だと騒いでおります。損害賠償を請求するといった動きもありますがどうないさいますか?」

「その船が沈められたのはリンデンから遠く離れた水域だろう? そんなとこまで面倒見れるか。無視しろ」

「へいへい。そう言うと思ったよ」

「ついでに南街区の商業区の組合や連合会の長に会って、もう安全だってことを伝えておいてくれ。商売はいつも通り続けてくれていいってな」

「うへー。嫌な役回りだな。また減税減税って詰められる俺っちの身にもなってみろよ」


 オーランドは文句をぶつくさ言ってくるが、笑顔で無視してやった。

 こんな時のためのお前だろう。

 頼んだぞ、優秀な我が秘書よ。

 馬車馬のように働け。




¥¥¥




「小型化魔動銃は命中率、連射性ともに最高のパフォーマンスを発揮してくれました。今後はもっと威力を高めるとともに、さらなる小型化、軽量化を試みていきます」


 リンデン中央区で新しく建設された軍事工場の研究棟。

 アルバが俺やルター、リンデンの武官といった面々の前で、今回の魔物討伐の成果をプレゼンしていく。


 ちなみに、ダナの丘周辺の魔物もアンカラが無事駆逐し終わったと報告があった。明日領庁に出発するそうで、補正予算ヒアリングにはなんとか間に合うらしい。今回の地震の発生源、魔物が大量に生まれた土地は、レイズブルクよりもさらに南、キーリング領のベアーノと呼ばれる所だったらしい。


 よって、心配されていた魔物との戦争で、俺が徴兵されるなんて事態は避けられそうだった。ただ、海の向こうの大陸のパナメスっていう国が軍船をキーリングに派遣したなんて噂をルターから教えてもらった。北のオルミ領では相次ぐ反乱で騎士が一人討たれ、魔剣が奪われるなんて事態にもなっているらしい。

 

 どこもかしこも物騒になってきた。

 いざという時は逃げる準備を整えておくことにしよう。まったく嫌になってくるよ。


「あのなー、アルバちゃん。ちょっとお姉さんから提案があるんやけど」

 

 プレゼン中にいきなりルターが着座のまま手を挙げてきた。

 今日は修道服ではなく、ぶかぶかの白衣を着ていた。

 背後にエルヴァン商会の幹部なのか、部下を二人連れて会議に挑んでいた。

 

「なんですか? 魔力回路の接続方法のことなら決着がついたはずですよ。直列こそ至高です。それ以外は認めません」

「ついとらんわ。うちはニコラお爺ちゃんの推す並列の方がええと思っとる。並列回路の方が魔力消費を減らせるし、魔道具の故障が少なくて済むからな。メリットだらけやないか」

「はー。これだから効率厨は嫌なんですよ。ニコラさんももうお歳ですから、相当頭が固くなっているみたいですね。直列の方がシンプルにパワーが出せます。魔動銃のあの威力は直列だからこそ可能なんです」


 おお、アルバが珍しく他人をディスっている。

 やっぱり発明のことになると、目の色が変わるな。

 アルバの部下から賛同の声が響いた。内容は魔法科学の最先端のことなので、俺には半分理解出来なかったが、白熱した議論が展開されていた。


「うちはスポンサーとして言わせてもらうけどな。高威力高コストのロマン砲ばっかり作っとっても運用し辛いんよ。将来売れる商品にするためにも、威力が多少落ちても大量生産出来る並列回路の魔動銃も開発したいねん」

「いーやーでーす! 試しに作ってみましたけど、魔法障壁を破ることは出来ませんでした。対魔法使い戦ではちっとも役に立ちません」

「そんなことあらへんわ。長さ80㎝の5㎏。ニールはんの意見も取り入れて銃口にナイフも取り付けて、近接戦闘でも戦えるようになった優れものやんか」

「う……、もちろんニール様の銃剣って発想は素晴らしいと思っていますよ。でもでも、せっかくの銃の威力は落としたくありません」


 アルバの舌があまり回らなくなってきた。

 この子は発明家研究者であって、商売人ではない。コスト面での議論は商売人の娘であるルターには勝てないようだった。アルバの部下らが喧々囂々と直列回路の素晴らしさを叫ぶが、ルターの「研究費半分くらい出しとんのうちやねんけどなー」という一声に黙ってしまった。

 うーん、こりゃ勝負ありかな。


「別に対魔法使い戦闘ばっかり想定して銃作らんでもええと思うんよ。魔法障壁習得してない奴らも大勢おるし、魔物や非魔法使いとの戦争で役に立つと思うんよね」

「えー。じゃあスポンサー様のおっしゃる理想の銃ってどんなのなんですか?」

「うっわ。えらい嫌みったらしい言い方やな、アルバちゃん。まあええわ。うちはあんたのこだわる電気で撃ち出す仕組みそのものもどうなんやろって思っとる。最悪銃なんてもんは弾を撃ち出せたらなんでもいいんやから、火薬の代わりになる爆裂魔法とかでもええんちゃうん? 魔力消費えぐい雷魔法使うより、爆裂魔法の方がお得やん。しかも並列回路にすればさらにその半分の魔力で運用可能やし」

「はんっ、そんな貧弱な豆鉄砲は初期の段階で考えていましたよ。即ボツにしましたけどね。試しに作りましたが、威力は非魔法使いの作る銃と同程度。魔法障壁に傷一つつけられません」


 初期に考えついてたのかよ。

 自分の発明に関してプライドと理想が高すぎる。

 アルバの中で、魔動銃は高威力じゃないとダメだっていう固定観念があるらしい。

 俺の素人考えでは、レールガンも爆裂魔法で撃ち出す銃も両方研究したらいいと思うんだけどな。


「なんやねん。その魔法障壁への対抗意識は。アルバちゃん魔法障壁になんか恨みでもあるんかいな。魔力と弾さえあれば撃ち放題。素晴らしいやんか!」

「とにかくっ、私は今の魔動銃の小型化と高威力化を進めていきます。爆裂魔法の銃が欲しいなら1挺作っておきますから、勝手に構造を解析して量産でも何でもそっちで勝手にしてください」

「え? ニールはん、ええの? エルヴァン商会で勝手に作って売り出しても?」


 うーん。どうしようかな。

 魔動銃は俺の持つ切り札みたいなもんだし、軽々しく他人に売りさばくのはどうかと思う。


「僕の許可なく販売しないこと。あと、爆裂魔法の銃もリンデン内に製造工場を置くこと。あと、売り上げの1割をよこせ。その条件でよければ量産してもいいぞ」

「よっしゃ! その条件喜んで呑ませてもらうで!」


 ルターがガッツポーズをとった。

 小麦色の肌に白い歯が眩しく光る。


 俺はわりと即決してしまったが、これが歴史を動かすことになる。

 パシフィッカ王国にとどまらず、世界中で猛威を振るう新型銃の誕生であった。


 爆裂魔法の銃———アルバレア式魔動銃と双璧をなす、ルーテシア式魔動銃と呼ばれるものになってしまうことはこの時全く考えていなかった。


「でもそろそろリンデンに空きスペースがなくなってきとるんよ。ニール様。お願いやから、大規模な工場を建てるのに、街の防壁の外にさらに新区画を用意して欲しいんやけど」

「ふむ。防壁外か。いいと思うぞ。この周辺は森が少ないから滅多に魔物も襲ってこないしな。土地区画整備士令を改正してやる。でもその代わり金はそっちで負担しろよ」

「あんがとー! ほんま話が早いわ! ニール様、大好きー!」


 ルターが抱き着いてくる。

 やめろ。アルバの目が怖い。離れろ。

 

「ほんでなー。うちもう一個お願いがあるんよ。人手がめっちゃ足りへんねん。難民でも奴隷でもええから、エルヴァン商会の伝手で探してきてええか?」

「いいけど、出来る限りリンデンとダナの領民を優先的に雇えよ。安い労働力を入れるからって賃金は絶対に下げるな。あと、ブラックな労働条件は絶対に認めないからな」


 すると、ルターがいきなり目をパチクリさせた。


「はー? なんで貴族のニール様がそんなこと気にするん?」

「普通気にするだろう。僕の領民なんだぞ。僕には彼らの暮らしを守る義務がある」「労働者の権利なんてどうでもええやん。使用者の方が立場上やねんから、黙って言いなりになって働いたらええねん。気に入らんねんやったら辞めてもらっても構わんしな。あ、奴隷は別やで。あいつら仕事サボってたら即殺すさかいに」


 いや、物騒すぎるだろう。

 俺は反論を口にしようとしたが、周囲を見渡すと意外にもルターの意見に賛同している者が多かった。

 

 おおう……、久々に味わったな。

 異世界と日本とのギャップ。

 

 この世界では人権意識とかが全くなく、どうしても野蛮な弱肉強食の言い分がまかり通ってしまっている。ここで俺が反論しても、多分皆戸惑ってしまうだろう。悔しいが、ここは我慢して郷に入っては郷に従うべきか。

 ただ、絶対に譲れない条件は言わせてもらっとこう。


「奴隷や難民に関しては好きにしろ。でも、受け入れ条件とかはこっちの意見も呑んでもらうぞ。リンデン全体の賃金の下落とかデフレに繋がるかもしれないからな。あと、お前が連れてきた奴らが街の治安を乱したり、ルールを無視するようなら即帰ってもらうぞ」

「ええよええよ。ニール様が手を下すまでもあらへん。エルヴァン商会が責任もって処分するわ」


 処分て。 

 こいつ、商売が絡むと、いちいち言い方が怖いんだよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る