14節.地震


 アルバが家出してきたその夜、ダナ家の屋敷でも大騒ぎになっていた。

 マラソン大会の後、ヘトヘトなんだけど、休む暇もなく家族会議が開かれていた。


「アルバの様子はどうですか?」


 俺がルゲーナに問うと、困った様子で笑った。

 

「ファーフと一緒にぐっすり眠っているわ。ずっとあなたに迷惑をかけたことを謝っていたけど」

「ゴンは本当に困った奴ですね。で、どうするんですか、父上?」


 アンカラも疲れた顔で、頭を抱えていた。

 机の上には空になった酒瓶がある。最初は祝い酒だったようだが、最後はやけ酒になったようだ。最近は目出度いことが続いていた。俺の騎士就任から領地拝領、カリギュラの魔法習得、アルバの発明品がもたらした莫大な富。これでダナ家も安泰だと思ったのだろう。しかし、親友であり幼馴染であるゴンの愚行を知り、美味い酒が台無しになったようだった。


「うーん。ゴンは昔から短気なところがあったからな。酒が入るとすぐに情緒不安定になるし。自分よりも弱い奴をすぐ見下す癖もあった。俺の言うことはよく聞くんだがな」

「アルバの給与の半分、1,000テーリンをあいつに渡すなんて僕は嫌ですからね。あれはアルバの頑張りに応じた正当な報酬なんですから」

「わかっているよ。自分の娘のお金を奪うなんて許されないことだ。まだ7歳の娘に辛く当たって嫉妬して情けない。アルバレアが家出する気持ちも分かる」


 アンカラは珍しく鼻息荒く言い切った。

 優柔不断な父にしては珍しい。

 

「わかった。明日俺からゴンにきつく言っておくよ。ルゲーナもあいつの奥さんを呼び出して叱っておいてくれ」

「わかったわ」


 おお、ルゲーナも協力してくれるようだった。

 これでちょっとはゴンにお灸をすえられればいいんだけどな。




¥¥¥




「はい。暗い話はこれでおしまい。私からあなたにお話しがあります」

「なんですか、母上?」


 アルバの話の後、突然改まった様子でルゲーナが、俺の対面に座った。

 表情はにこやかで、どこか浮足立っている。

 一体なんだろう?

 俺は若干、嫌な予感がした。

 ルゲーナの膝に置かれた大量の手紙の束がさっきから気になっていた。


「なんと、なんと。あなたにお見合いの話がたっくさん来たの。100通以上あるわ。同じレイズブルクの騎士家のお嬢さんがほとんどだけど、他の領地や教会関係者の方々からもお手紙が届いているわ。選り取り見取りのモテモテね、ニール。母として鼻が高いわー」

「えー。なんで急にそんなことになっているんですか?」

「そりゃあなたがもうすぐ7歳になるからでしょうが。大体の貴族は確定申告の後、婚約者を決めるのよ。噂の麒麟児で、魔力量優判定、最近は大金持ちになって、領地持ち。こんなのモテない方がおかしいでしょう? 妾でもいいからってあなたと繋がりを得たい貴族がたくさんいるのよ」


 うわー。

 なんて不純な奴らだ。

 俺の金とか地位目当てかよ。まさに政略結婚じゃないか。


「あら? 嫌そうな顔してるわね」

「母上は父上と恋愛結婚に近い形で婚約したんでしょ? 僕の理想もそんな感じなんですよ。愛のない結婚はしたくありません。あと、僕は妾って概念そのものがあんまり好きじゃないんです」

「妾が嫌って、じゃあ正妻を複数娶りたいってこと?」

「いや、そういうことじゃなく……」

「我儘ねー。私達だって恋愛結婚って言っても、親同士が決めた半ば政略結婚よ。貴族の結婚なんてそんなもんよ。諦めなさい。あと、私も側室とか妾って汚らわしいって思うけど、不思議と息子がモテモテだと嬉しいものなのね。新発見だわー。孫がたくさん見られそうってワクワクする」


 好き勝手言ってくれるぜ、ママン。

 ハーレムなんて実際はろくなもんじゃないよ。

 前世でかすかに覚えている記憶がある。

 学校だったか、会社だったのか。それすら思い出せないけど。

 女ばかりの集団の中に、男一人所属している苦痛。気は使うし、馴染むのに苦労するし、ストレスフルだったのを覚えている。

 あれに比べれば男だらけのむさ苦しいラグビー部にでも入った方がマシだったと思えるほどだった。

 だから俺にそこまでハーレム願望はないんだよ。


「それに……、多分カリギュラが許してくれませんよ」

「ああ……。カリギュリーナ様はたしかに嫉妬深そうだものね。浮気なんてしたら殺されそう。最近ステータス強化出来るようになったんでしょ。ボコボコにされそうね」

「いや、冗談じゃなく、マジでそうなりそうで怖いんですけど」


 今週もアリス婆さんが順次完成させた魔本を読みこんでいる。

 どんどん身体能力が強化されていっていた。


「昨年ちょっとあなたのお仕事ぶりを見にリンデンに寄ったじゃない。その時にカリギュリーナ様と会ったんだけど、いきなりお義母様って呼ばれちゃったわ」

「あいつ、気が早すぎだろう。まだ色々問題もあるのに」

「あら。領主の娘と騎士の子って身分の差はあるけど。今のあなたの格ならありえない話じゃないわよ。それに、私はお義母様って呼ばれて嬉しかったけどね。最初のトゲトゲしてた頃と大違い。今のカリギュリーナ様とならうまくやれそうだもの。さてと、情けない息子のかわりに、このお母様が骨を折ってあげましょうか」

「え?」


 何する気だ、母上?

 余計な火種は起こさないでくれよ。


「ニール。もういい加減、覚悟を決めなさい。アルバレアちゃんを妾にするのはもう決定事項よ。もうダナ家に必要不可欠な人材でしょうが」

「母上、いきなり何を馬鹿なことを……」

「お馬鹿なのはあなたよ。あんなにたくさんのお金を稼いで貰っておいて何を言っているの?」


 手放すことの出来ない、必要不可欠な人材……。

 正論ではあった。

 婚姻という手で身内に取り込むのは当然の戦略だった。


「いや、それはそうなんですけど」

「カリギュリーナ様にも今のうちに覚悟をしてもらいます。うちのお嫁さんに来るのなら、将来アルバレアちゃんとうまくやっていくようにって」


 マジかよ。

 それから俺は反論しようとしたが、口から何も出てこなかった。

 



¥¥¥




 マラソンや結婚話など色々と疲れた。

 俺はなんとなく頭がさえてしまって眠れなかった。

 深夜11時を過ぎても、ベッドに入らず、予算ヒアリングの資料をチェックしていた。

 来週は忙しくなる。

 補正予算ヒアリングを領庁の文官達交えて行わなければならない。その次の日には法令審査会があり、その2日後にはレイズブルク騎士総会が開かれる。

 かなり重要な会議が続くことになる。

 

 俺もリンデンの騎士として、今年の決算見込み額などを説明しないといけなかった。 

 リンデンの公会計のうち、アルバの発明品による収益53,000テーリン含め、税収の大幅アップを報告しなくてはならない。本来歳入は当初見込んでいた予算よりも多く入っても別に困るものではない。むしろ喜ばしいことなのだが、あまりにも桁違いの収入があるとさすがに補正する必要が出てくる。


 あと、基本官公庁の予算ってのは、歳入と歳出の額が一致していないといけない。つまり収入が増えた分、何かしら支出を求められるのだ。

 俺はその支出をどうするかをずっと考えていた。

 民が重税に喘いでいるので、減税をするための財源にするべきか。

 または、さらなる商業の発展のための投資にするべきか。

 あと、俺も勘違いしていたが、国や領土の予算って余ったら財政調整基金とかで積み立てることも可能らしい。来年度予算に繰り越すってのもアリだしね。

 アンカラからはこの多額の資金を使って、俺や郎党らの戦力強化を行うことを提言されていた。魔法スクロールを一気に大人買いして、さらなる富国強兵を目指すというもの。この危険な世界で、その理屈も一理あった。

 

 さてさて、どうするべきか。


 俺は資料を机に置いて、ぐーっと背伸びをするように天を仰いだ。

 おっと。なんだ?

 その時、椅子がぐらっと揺れた気がした。

 思わずこけそうになってしまう。


「地震か? 珍しいな」


 この世界に転生してから初めてのことだった。

 天井からパラパラと埃が落ちてくる。本棚から筆記用具や趣味で拾い集め飾っていた翡翠の石なんかが落ちていく。

 結構揺れるな。

 今二階にいるから余計に震度が大きく感じるのかもしれない。




¥¥¥




「ニール! 地震だ! 大変だぞ、これは!」

「ニール、早く起きて! 地震よ!」


 その時だった。

 両親が寝巻姿で俺の部屋に飛び込んできた。

 顔が真っ青になっている。

 世界の終わりでも来たかのように、右往左往していた。


「どうしたんですか、父上母上?」

「どうしたんだって。地震だぞ! これが落ちついていられるか!」


 アンカラが泡を食ったかのように叫ぶ。

 いやいやいや、もうおさまりかけてるじゃん。震度大体2~3くらいだったよな。

 確かに長い揺れだったけど、そんな焦ることかな? レイズブルク領は内陸の盆地だから、津波の心配もないし。

 前世が日本人だったせいか、地震って妙に慣れてるんだよね、俺。

 

「そうか。ニールが生まれてから地震は初めてだったね。君が知らなくても無理はないのか。いいかい、ニール。パシフィッカ王国で地震が起こったら———魔物が大量発生した証拠なんだ」

「え?」

「非魔法使いの国では地震は地下の岩盤の急激なズレが原因だなんて言われているけど。この国で地震が起これば、魔物との戦争の合図だと思いなさい」


 え? 嘘。マジかよ。

 知らんかった。

 

「地震が起こると、普段森の中で息を潜めている魔物達もスタンピードを起こす可能性がある。だから、騎士や郎党は森周辺をくまなくチェックしないといけない決まりがあるんだ」

「わ、わかりました。僕もすぐ軍服に着替えて、見回りに出ます」


 しかし、アンカラは首を横に振った。 

 ルゲーナが持ってきた軍服を急いで羽織り、魔剣を腰に帯び始める。


「君はリンデンの騎士だろう? まず心配すべきは己の領地だ。アルバレアを連れて早く飛翔魔法で帰りなさい」

「リンデンの近くに森はありませんよ」

「それでもだ。不安がる領民の側にいてあげなさい。川から魔物が出てくるかもしれないしね。ここには俺やゴン達がいる。さっ、早く支度しなさい」

「わかりました」

「ふむ。まあ、揺れは長かったけど、そんな大したことなかったし、多分震源はレイズブルクのかなり南の方だろう。そこまで俺達が気を張る必要はないのかもしれないけどね」


 また南、か。

 レイズブルク領の南部は魔物の巣がある。本当にエンカウント率が高いと聞く。食うか食われるか、魔物との戦いが日常茶飯事という修羅の地らしい。

 この地震でまたさらに戦いが激化するのだろうか。

 どの地方に生まれるかどうかでも、運命変わるなこの世界。

 可哀そうなことだ。

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