番外編03-妹の娘

「おじ上、お久しぶりです。お会いできてうれしいです」

 

 リリアーヌは自宅の応接間でロルウンヌ男爵セオドアを迎えていた。

 エドワールの訪問から1年が経っていた。

 

「元気そうで何よりだ。こちらに嫁いでからは、なかなか会えなかったな」

「ええ。皆様によくしていただいて。今日はメリー様がこのお部屋を使っていいと仰ってくださいましたの」

 

 リリアーヌは得意気に部屋を見回した。「第5夫人のわたくしがここを使わせていただけるなんて」と微笑む。装飾は派手すぎず、それなりに品がある。教国の裕福な家庭らしい。

 

「内装にも、少し意見を取り入れていただいたの」

「そうか。良かったな」

 

 セオドアは微笑みを返した。

 姪の所作に、ふと妹エリゼーヌの姿を重ね、胸が痛んだ。

 しかし、違うのはこの子はニコニコと現状を受け入れていることだ。


 ――素直な子だ。エリゼーヌを縛って破滅させたようなプライドもない。案外、幸せなのだろう。

 複雑な感情は胸にしまい、姪の満足そうな笑顔にうなずいた。

 

 ***

 

 かつて「娼婦になりたい」と訴えた姪に、セオドアは頭を抱えた。

 だがリリアーヌは本気だった。結婚を拒み、子どもも持ちたくないと泣いた。

 

 熟考の末、セオドアは教国の娼館経営者・ハワードに辿り着いた。

 教国公認娼館を営むハワードは、4人の夫人と共に事業を運営している。

 経営、教育、財務、衣装管理をそれぞれが担うという、独自の体制を築いていた。


 教国独自の精神幻惑系魔法の活用においても、彼の館は教国随一の実績を誇る。

 娼婦たちの心身の自立支援に加え、男娼部門も軌道に乗せていた。

 セオドアは彼の「商才と倫理」の両立に可能性を見出し、面会を申し出た。

 

「私の姪は、王国で罪を犯した伯爵家の出ですが、元は嫡出の高位貴族令嬢です」

 

 ハワードは即決しなかった。

 しかし、セオドアが「他の娼館にも姪を紹介する予定」と知ると、抑えきれない熱意を込めて言った。

 

「……最初にこちらへお連れください」

 

 こうして、リリアーヌは看板娼婦レイディ・リリ兼第5夫人となった。

 

 彼女は指導を素直に受け入れ、技術を学んだ。

 第1夫人メリーは初対面で問いかけた。

 

「あんた、パクられたんだって?」

「……はい」

「反省してるかい?」 

「はい」

「なら全部忘れな。元伯爵令嬢として、この店の格を上げる。それがあんたの仕事だ」

 

 リリアーヌは涙をこらえ、貴婦人の礼で応えた。

 

「よろしくお願いします、メリー様」

 

  ***

 

 応接間でセオドアは香り高いお茶をすする。

 

「エドワール君が、こちらに身を寄せ、働いていると聞いたが……本当かね?」

「はい、わたくしを頼ってまいりましたの」


 リリアーヌは懐かしそうに微笑んだ。

 

 ***

 

 エドワールとリリアーヌが再会したときの護衛は、ハワードの三男トム。

 男娼候補の入館試験も担当していた。

 

 試験室に招き入れる途中、トムはエドワールに幻惑魔法をかけた。

 幻惑の中で、トムはエドワールにリリアーヌと淫らに交わる錯覚を与えた。

 しかし、それは男娼としての適性検査でもあった。

 反応は良好だった。

 スレていない初々しさを備えていた。

 

「王国の元伯爵令息が参りました。逃亡中で、凛々亭に借金があります。この館で雇うのもよろしいかと」

「よくやった。トムからも報告があった。いい人材じゃないか。今夜、ご褒美をやろう。家族みんなで……熱く過ごそう」


 ハワードは……年齢に似合わない欲に満ちた表情で唇をペロリと舐めた。


「ありがとうございます。トム様からもたっぷりいただきたいです」

 

 リリアーヌは夫の笑みに頬を赤らめ、淫らに笑った。

 ――まさか、こんな人生になるとは。だが私は、母のように他人を踏み台にして生きる女ではない。

 

 背筋を伸ばす。

 

 ――今の私は、誰かを傷つけて手に入れる幸福ではなく、自分の努力で居場所を築く女。

 

 そのとき、ハワードが声をかけた。

 

「メリーがリリを待ちかねていたぞ」

「まあ、お仕事でしょうか?」

「良い魚が手に入ったので、揚げたてを食べさせたいそうだ」


 リリアーヌはぱあっと目を輝かせる。

 メリーの揚げ物は、平民街仕込みの素朴な絶品だ。


「早く行ってやれ」

「はい!」

 

 貴婦人の礼をして、リリアーヌは夫と並んで歩き出した。

 

 ***

 

 現実に引き戻されると、セオドアが従弟たちの話をしていた。

 

「下の子が魔法の初歩を始めてね。7歳になったばかりで魔術騎士団付属学校の試験に受かったよ」

「まあ、すごいわ」

 

 穏やかな会話に、リリアーヌは心がほぐれるのを感じた。

 自分の過去を知らない、まっさらな子どもたち。

 その成長を思うと、胸にあたたかいものが広がった。

 

 いまの自分は、かつて妹をいじめた「リリアーヌ」ではない。

 罪を抱えても、未来を見据えて歩く「レイディ・リリ」だ。

 

 ――どんな道でも、歩み続ければ、未来は変わる。

 

 それが、リリアーヌの新しい信念だった。


【終わり】


番外編を読んでいただきましてありがとうございました。


2025年8月9日 7時から新作の連載を始めました。


彼女と私の幸せなバッドエンド~幼馴染みに溺愛されない男爵令嬢は、魔法を学び、良い仕事を選びます~

https://kakuyomu.jp/works/16818792438099477614



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虐げられた妹は、奪われた名前を取り戻します~継母の断罪を決めたら、溺愛が始まりました~ イチモンジ・ルル(「書き出し大切」企画) @rukakyo

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