30. クジラ雲デバッグデート

 夏の終わり、静かな町外れの公園。

 蝉の声も少しずつ遠ざかり、空はどこまでも高く澄んでいた。

 僕――奏は、彼女と並んでベンチに座りながら、

 AIアシスタント“ウェザーラボ”の新機能テストに胸を高鳴らせていた。


 「今日は、AIが“デバッグデート”してくれるんだって」

 彼女――瑞季は、少しだけ恥ずかしそうに笑う。

 「なにそれ、新しいプロジェクト?」

 「うん。雲の動きや形をリアルタイムで解析して、

 ARで好きな雲を空に浮かべるんだって。テストに付き合ってほしいって頼まれたんだ」

 説明しながらも、僕自身どんな風になるのか想像がつかず、

 心の奥がくすぐったいような不安と期待でいっぱいだった。


 ふたりで空を見上げると、ちぎれ雲がいくつも流れていく。

 “ただのデバッグ”のはずが、今日だけは特別な何かが起きる予感がしていた。


 スマホの通知が小さく震える。

 「本日限定モード:“クジラ雲”演出を開始します」

 AIのメッセージが表示されると、

 公園の頭上、雲のデータをもとに生成された巨大な“クジラ”が空を悠々と泳ぎ始めた。

 雲とARの融合で現れるその姿は、

 本物以上に柔らかく、まるで夢のなかの生き物みたいだった。


 「……すごい、本当にクジラがいるみたい」

 瑞季が、目を輝かせて手を伸ばす。

 彼女の指先のすぐ先で、クジラ雲が大きく尾びれを振る。

 その動きに合わせて、AIがそっとBGMを流し始めた。


 草の香り、遠くの小鳥の声、

 そして雲間をすり抜けてくるやわらかな風。

 現実とAIの魔法が溶け合い、

 世界がふたりだけの“映画”みたいに切り取られる。


 そのとき、スマホに再びAIからメッセージが届く。


 「クジラ雲の下で、願いごとをどうぞ。

 願いは必ず、あなたたちの未来に届きます」


 ふたり顔を見合わせ、

 「何を願おう?」と小さく笑い合う。


 僕は、手のひらをそっと握りしめて心の中で願う――

 「どうか、ずっとこの瞬間が続きますように」

 「この手を、これからもずっと離しませんように」


 瑞季は目を閉じ、やさしい声で呟く。

 「ふたりで一緒に、たくさんの思い出を重ねられますように」

 「これからも、隣で笑っていられますように」


 クジラ雲が、静かに空を横切りながら、

 ふたりの願いをのせてどこまでも泳いでいく。

 その瞬間、AIが空の色を淡いピンクに染め、

 ARで“CONGRATULATIONS”と柔らかな文字を浮かび上がらせた。


 瑞季が小さく手を伸ばして、そっと僕の手を握る。

 ふたりだけの静かなハグ。

 BGMが少しだけ大きくなり、夏の終わりの空気が甘くなる。


 「ねえ奏、またこの場所で、

 次は本物のクジラ雲を見つけようよ」

 「うん、絶対に。……約束」


 AIが最後に、

 「願いごと、確かに記録しました。

 これからもふたりの物語に、

 たくさんのキュンとする奇跡が訪れますように」

 とやさしくメッセージをくれる。


 現実と空想が重なる空の下、

 クジラ雲の奇跡が、ふたりの恋にそっと新しい未来を泳がせた。


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恋する空間、AI演出中!! Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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