23. マッチング指数0 の奇跡

 日曜日の朝、僕はカフェの窓際で、スマホの画面とにらめっこしていた。

 AI恋愛サポートアプリ“LoveMetrics”が表示したのは、信じられない数値だった。


 「あなたと吉乃さんのマッチング指数は“0%”です」


 「……ゼロって、あるのか?」

 思わず呟く。AIによれば「趣味嗜好、性格、生活リズム、会話傾向――全てにおいて一致率0%」。

 なのに、どうして今日は吉乃と“お試しデート”をすることになったんだろう。


 「お待たせ!」

 元気いっぱいの声とともに、吉乃が店に入ってきた。

 短めの髪を揺らして、大きなリュックを背負っている。

 「いや、君こそなんで来てくれたの?」

 思わず聞いてしまう。

 「AIから“絶対おもしろい日になる”ってプッシュ通知が来たんだもん」

 いたずらっぽく笑う吉乃に、思わず肩の力が抜けた。


 僕たちは駅前で待ち合わせ、いざ“0%デート”が始まった。


 最初の目的地はAIが提案した美術館――

 けれど到着したとたん「本日臨時休館」の張り紙。

 AIからのメッセージが届く。


 「申し訳ありません、代替プランを検索中……」


 吉乃が「あっちの商店街、面白そうだよ」と僕の腕を引っ張る。

 途中で傘が突然壊れたり、見知らぬ猫が膝に乗ってきたり、

 入ったカフェでは注文を間違えられ、なぜか“おそろいメニュー”が運ばれてくる。


 「すごい偶然だね」

 「いや、バグじゃないの?」

 笑いながらも、なぜかすべてのアクシデントが“ふたりだけの物語”になっていく気がした。


 次にAIがナビしたのは近くの公園。

 普段は静かなはずなのに、今日は大道芸フェスが急きょ開催中。

 巻き込まれるように風船アートを手伝わされ、

 吉乃と一緒に犬のバルーンを捻ってみたり、

 コーヒーカップの上で手品を披露されてびっくりしたり。


 「吉乃、君ってホントに“マッチ0%”なのかな」

 思わず本音がこぼれる。

 彼女は肩をすくめて言う。


 「逆に、全部がピタッと合いすぎてるのって、逆につまらないかも」

 「バグだって、たまにはいいよね」

 吉乃は笑った。その横顔が、なんだかいつもより近く感じた。


 AIが、ふたりのスマホに新しいメッセージを表示する。


 「システムエラー:バタフライ効果発生中。

 偶然は必然、必然は奇跡。

 “本当にマッチング指数0ですか?”」


 夕方、ふたりで川沿いのベンチに座ると、

 見慣れた景色が今日だけ特別に輝いて見えた。


 吉乃が、そっと言う。

 「たとえデータがゼロでも、今日の思い出はゼロじゃないよ」

 「むしろ、今日がきっかけで何かが始まる気がする」

 僕は、AIの“奇跡のエラー”に心から感謝したくなった。


 ふたりのスマホに同時に届く。


 「Congratulations! 本日のマッチング指数:∞」


 笑い合いながら、吉乃と僕は同時に“もう一度会いたい”ボタンを押していた。


 ゼロから始まる恋も、バグと偶然が織りなす、かけがえのない物語だった。


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