22. 放課後フォグ・コンピューティング
夕方の校庭に、白い霧がゆっくりと満ちていく。
まだ放課後なのに、まるで映画のセットの中に迷い込んだような、不思議な世界。
普段見慣れた景色が、霧のベールに包まれて輪郭を失い、
電灯の灯りさえもぼんやりと色を変えて滲んでいる。
僕――湊は、AI気象デバイス“フォグ・コンピューティング”を手に、
校舎裏の広場に足を踏み入れた。
この街では、環境AIと連動した“空間演出”の実証実験が行われていて、
学校の行事やイベントではよく、現実世界にちょっとした“映画の魔法”が降りてくる。
今日のテーマは“放課後映画体験”。
校内AI“シナリオ”が、気象データ、温湿度、照明やBGM、
さらには外部の演出AIと連携して、霧の濃さや色、光の演出まで徹底的にコントロールしている。
――まるで、世界がふたりだけのシーンを用意してくれたみたいだった。
「湊くん、来てくれたんだ」
霧の中から、澄んだ声が響く。
霞んだ視界の先に、白いコート姿の菜々子が浮かび上がる。
「うん。AIから“今がベストタイミング”って通知が来たから」
僕が手にしているスマホ画面には、
「勇気が出たら、この道を進んでください」
というメッセージが、まるで映画の字幕みたいに表示されている。
「本当に、映画みたい……」
菜々子が小さな声で呟く。
霧はゆっくりと色を変え、ピンクや淡い水色が混ざって、
ふたりの周りだけ特別な光が満ちていく。
「今日はさ、ふたりで放課後のエンディングを作ってほしいって、AIが」
菜々子が照れくさそうに言う。
「シナリオAIが? なんか、本格的だな」
笑いながら、ふたりで歩き出す。
霧の向こう、グラウンドの照明が柔らかいスポットライトのように僕たちの道を照らす。
BGMも、環境AIが空気の粒子まで測って最適なボリュームに調整してくれる。
遠くで聴こえる音楽は、まるで映画のラストシーンのように心を包んだ。
ふたりきりの空間――。
見慣れたはずの校舎裏も、
今日だけはどこまでも広がる未知の舞台になる。
「湊くん、もし、勇気が出たら……」
菜々子がそっと、手を差し出す。
その手は、霧に溶けそうなほど白かった。
僕は、心の奥で何かがほどけていくのを感じながら、
そっとその手を握り返す。
「映画みたいな夜も、
ふたりでいれば、現実になるんだね」
そう言うと、AIが照明をもう一段落としてくれる。
霧が、まるで祝福のヴェールのようにふたりを包み込む。
AIのディスプレイに「CONGRATULATIONS!」の文字が浮かび、
BGMが静かにクライマックスを奏でる。
「菜々子、……好きだよ」
思わず素直な気持ちがこぼれた。
「うん、わたしも」
菜々子の声は、霧の中できらきらと響く。
映画のような演出も、現実の手のぬくもりも、
AIとふたりの勇気が協力して、今日だけのエンディングを作り出してくれた。
霧が少しずつ晴れていく中、
ふたりだけの物語は、現実世界の新しいシーンとして、静かに始まっていった。
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