第2話
「――誰かに連絡して助けて貰おう。このままじゃ俺はダメになる」
監禁が始まってから一日。現状を振り返り、俺はそう決意した。
監禁生活は意外と快適だった。
ちゃんと世話をするというクロナの言葉は嘘ではなかったらしい。食事は三食きっちり用意され、15時にはおやつ。また娯楽も頼めば用意してくれたからだ。
至れり尽くせり。自由がない事を除けば、素晴らしいとさえ言える。
しかし――だからこそ、俺はいつまでもここにいる訳にはいかなかった。
「俺の夢は最強の探索者だ。ダンジョンに潜り、自身を鍛える必要がある。けどここで過ごせばどうだ? 頼めば食事も娯楽も用意され、生活費を稼ぐ必要すらない」
確かに快適ではある。……だが、そこに探索者としての成長はない。
なら俺の居場所はここじゃない。狭苦しく甘ったるい檻ではなく、厳しくも自由なダンジョンこそが俺の居場所。檻から出る決断を下すのに、躊躇いはなかった。
「クロナ。いい加減俺をここから出してくれ。ダンジョンに行きたいんだ」
「ダメ。ここから出せばきっとすぐに他の女の子達が群がってくる。ハル君はとっても魅力的だもん。だから他の子達に見つけらないよう、私と一生ここで暮らすの」
「……一生って、勘弁してくれ。俺はいつまでもここで暮らしたくないぞ?」
……とはいえ、簡単にはいかなかった。クロナが出してくれないからだ。
クロナにとって俺はとても魅力的らしく、外に出せばすぐに他の女子たちが寄ってくると言って聞かなかった。俺自身がどれだけそんな事はないと説明しても、だ。
そう思ってくれるのは嬉しいが、置かれた状況を思えば素直に喜べない。
説得出来なければ、彼女の望み通りここで一生を過ごす羽目になるしな。
だから助けを呼ぶしかない、と判断した訳だ。
「……リーナに連絡するか。彼女なら信じてくれるはず」
金守リーナ。俺が世話している新人探索者だ。現在は二桁階層に潜っている。
彼女なら素直な性格をしているし、幼馴染に監禁された今の状況を説明しても信じてくれるだろう。連絡する事さえ出来れば、すぐに助けに来てくれるに違いない。
面倒見ている相手に助けて貰うのは少し抵抗があるが、背に腹は代えられない。
それに……俺は何故か他の男探索者連中からはあまり好かれてない、というかぶっちゃけ嫌われているしな。連絡してすぐ助けに来てくれるだろう相手がリーナしか思い付かなかった。他の連中は命の危機でもない限り、助けてくれるとは思えない。
「……でもクロナに持ってかれてるんだよな。スマホ」
そう、問題はそこだった。手元に連絡手段がない。
「おいおい、スマホを取るのは流石にやり過ぎなんじゃないか?」
「そんな事ないよ。だってハル君は今日からずっとここで暮らすんだもん。他の女の子達と連絡を取れる手段なんて必要ないよね? 話し相手なら私がいるんだから」
そんな感じで他の電子機器も合わせて撤去されたからだ。
おかげで部屋はがらんどう。
だいぶ殺風景になっている。
元が俺の部屋だとはとても思えない寂しい部屋になった。
「はぁ。マジかよ。これから一生スマホ無しで暮らせって?」
出来ない事はないんだろうが、とても耐えられる気がしない。
俺は生粋の現代っ子。スマホ無しの生活とか想像も出来ない。
――たまらずスマホを探せば、思いのほかすぐ見つかった。
「見つけた。……けど、ギリギリ届かない位置にあるな」
スマホが置かれていたのは意外と檻から近い場所。
距離にして大体1メートル弱。檻の隙間から腕を伸ばしても、辛うじて指先が届かないくらいだろうか。とはいえ絶対に届かない距離という訳でもない。頭を捻って知恵を出せば、どうにかなりそうではあった。なんとういか、絶妙な難易度なのだ。
「クロナはいないな? ……よし、スマホを取り戻すか」
丁度クロナは外出している。探索者としてダンジョンへ潜る為に。俺を監禁している以上、彼女は余分に稼ぐ必要がある。どうしても家にいられない時間があった。
つまり――スマホを取り戻すなら今の内、という事だ。
「さて。じゃあ具体的にどうするかな」
スマホがあるのは部屋の隅にある棚の上。部屋の中央に設置されている檻からは近いようで遠く、俺の腕では少しだけ長さが足りない。届かせるには工夫が必要だ。
「よし、道具を作るか! スマホを取る為の道具を」
悩んだ結果、俺は万物の霊長たる人間らしく頭を使う事にした。
「用意出来たのはこれだけか。なんとかいけるか……?」
ひとまず、集められるだけ集めた素材を床に並べてみた。
コンビニ弁当の容器にお菓子のゴミ。タオルやティッシュ等の生活用品。それと数日分の着換え等。残念ながら電子機器のコードなどは手の届く距離になかったが。
とはいえこれでスマホを取る道具が作れるか? 疑問しか湧かないが。
「まあ悩んでいても仕方がない。とにかくやってみよう」
手を拱いていればクロナが帰ってきてしまう。
俺は早速、道具の作成に取り掛かる事にした。
――そして数分後。
「出来たぞ! スマホを取る為の道具が!」
完成したのは並べた素材を繋げられるだけ繋げたアイテム。
その名も『スマホとれ~る君一号』!
素材が素材だけに見た目はあまりよろしくないが、限界まで伸ばせば数メートル程の長さになる。檻の中から使っても、余裕を持ってスマホに届かせられる算段だ。
「じゃあ早速これでスマホを……!」
俺は檻の中から『スマホとれ~る君一号』を出し、スマホに近付けた。
「よし、いい感じに捉えたぞ。後は届く距離まで引っ張れば――あっ」
油断して狂った手元。ぶつかるスマホとスマホとれ~る君一号。
当然のようにスマホは棚から落下し、バキッと嫌な音が鳴った。
「あ、あぁ! 俺のスマホが……っ!?」
慌てて回収したものの、スマホの画面はバキバキに割れていた。
電源も付かず、これではリーナに助けを求める事など出来ない。
取り返しの付かないミスに絶望した――その時だった。
「――――――――――っっっ!?!?!?」
突然、部屋の壁が吹き飛ばされた。
襲い来る衝撃と爆音。視界が飛び散った粉塵で真っ白になる。
しかも、
「な、なんだなんだ!? 何が起きてるんだ!?」
未だ部屋中に粉塵が充満している中、黒服の集団まで突撃してきた。
彼らは事態が呑み込めず混乱する俺を無視して懐から道具を取り出すと、それを使い檻を壊し始める。「熱っ! 熱いって!?」そして一分も経たずに壊し切った。
「ぐぇっ!」
さらに壊した檻の中から、唖然としていた俺を引っ張り出した。
「お、お前ら……一体なんなんだよ!?」
いきなりやって来てウチの壁を吹き飛ばした黒服集団。
正直怪しいなんてものじゃない。というかこいつら、なんで当然のように俺を檻から出せたんだ? 道具を用意してたって事は、状況も把握してたって事だろ!?
こんな怪しい集団、俺は知らない。一体何者なんだよこいつら!!!
「助けに来たっすよ。先輩」
混乱する俺の疑問に答えたのは、ある少女の声だった。
視線を向ければ、立っていたのは一人の美少女。
後ろで一本に束ねた美麗な金髪。ラピスラズリの様に深い青をたたえた瞳。仄かに朱く色付いた頬。可愛らしい薄いピンク色の唇が、楽し気に笑みを描いていた。
「お前――リーナかっ!?」
俺がまさに助けて貰おうとしていた相手。
探索者の後輩、金守リーナがそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます