第27話 男二人で深夜に非常階段に集まってるみたいです
いつからここにいるのかは大分前にもう数えるのを止めてしまったので分からない。
足元には無数のチョコレートバーの包装紙が落ちているからまぁ、それなりに時間は経っているのだろうけど、はっきり言って今はそんなことどっちだって構わなかった。
「……はぁ、何してんだろオレ、ダセぇなぁ」
独りごちながらオレはチョコレートバーを噛る。
持ってきたのはこれで最後の一本。
元々ストリートチルドレンだったオレにとっては今でもチョコレートバーは特別で、何かの記念日にしか食べないのに、今日一日で一生分食べてしまった気さえしてくる。
「こんなところにいたんだね」
後ろから聞き知った声がして振り替えればアベルが立っていた。
普段だったらここまで近付かれる前に気配で気付けるのに気付かなかった辺り、やっぱり疲れているのだろう。
色々と、あったから。
「アベル……どうしたんだよこんなところ来て、もしかして探してくれたとか? なーんてな」
ここは男子寮の中でも人がほとんど来ることのない非常階段の中間辺りだ。
ここからはよく今日の事件の現場となった本校舎がよく見える。
そう、オレが近くにいなかったばかりにハイネが一生消えない傷跡を背中に作ってしまったその場所が。
校舎の崩壊具合を見ているとより強く、鮮明にあの瞬間を思い出せる。
血塗れのハイネが担架で運び出されてきた時のことを。
「その通りだけど」
「……マジ?」
きっと何かの偶然でたまたまこの場に居合わせたのだろうと思って昼のことを少しでも紛らわそうと口先だけでもおちゃらけて見せたのに即答でイエスと答えられてついオレは聞き返す。
「君を探してたんだよ、君みたいに探知魔法が得意なほうではないから足で探してたけど、まさかわざわざこんなところにいるとは思わなかったからかなり探して……でも見つけられてよかった」
足でこの広い敷地を探し回るなんて大分徒労をかけたようで少しだけ申し訳なくなってくる。
まぁさっきの今でわざわざ一番よく事件現場が見えるところに陣取っているなんて誰も想像つかないだろう。
でも、ハイネだったら何故か迷うことなくオレを見つけてくれるような気がするのは、あまりにも驕りが過ぎるだろうか。
そもそもハイネは入院中てあまり動ける状態でもないのだけれど。
「一国の王子様がわざわざなんでそんなことするんだよ、少なからず大事に思われてるって勘違いしちまうぞー」
またすぐにハイネのことに思考が持っていかれるのが嫌で、わざとアベルをからかうような言葉をかけておどける。
あれ、いつものオレって……どんな感じだったっけ。
こんなキャラだったか?
話していれば話しているほどにそれすら分からなくなってくるから大分自分も重傷らしい。
「いや、大事に思ってるけど……」
「え゛……」
そんなことを考えていればアベルが普通にそう即答してきて変な声が出た。
カエル踏んづけたみたいなやつ。
あれ、こいつ七年前からユーリにご執心じゃなかったか?
「あ、いや、言葉足らずでごめん、友人として、大切に思ってるって伝えたかったんだ、大切な友人だからこうして探してたわけだし、ハイネじゃなくて申し訳ないね」
オレの反応ですぐに言葉が足りなかったと気づいたようで慌てて訂正して、それから苦笑いで謝ってくる。
いや、本音のところ来たのがアベルで安心していたというのが事実。
ハイネが来ていたら、うまく話せる自信がまだ、無い。
「……物好きも良いところだな、身分違いも甚だしいのに」
言ってからまた自分らしくないこと言ってるなって感じた、卑屈だし、ヤバいとも思った。
昔のオレは身分の違いに頓着していて、ハイネのことだって罠にはめようとするぐらいに汚いやつだったけど、今は、そんなことほとんどの考えなくなった。
だけど、ハイネのことを考えると、どうしても真っ先にその言葉が口から飛び出していたというのが全てを物語っていると言ってもいいだろう。
「私達は身分なんて垣根、とっくのとうに越えたと思ってたけど、勘違いだったかな」
「いや、勘違いじゃない、と思う……」
あくまでもいつもの調子でその笑顔を崩すことすらせずに聞き返してくるアベルにオレは視線を反らしながら辿々しく返事をする。
自分で改めて言葉にさせられると少しだけ、こう、恥ずかしいというかこそばゆい。
「それならよかった」
そんな臭い台詞を吐いた張本人はオレの返答に満足といった様子で頷いているだけで、少しも恥ずかしがる様子はない。
昔から、アベルのこの変わらない芯の強さは、少しだけ羨ましかったものだ。
「で、わざわざ探して何の用? 昼のこと笑いにでも来た?」
オレは残っていたチョコレートバーをポケットに押し込むと階段の柵に背中を預けてわざとそんな風に聞いてみる。
わざわざ人を笑うためにこんなところにいるやつを探し出すような歪んだ性格をしていないことはよく知ってるのに、今日のオレはずっと少しだけ、卑屈で、そこから這い上がっては来れないらしい。
「まさかそんな、いやでも、君のそれは少しだけ……不毛かもしれないね」
君のそれ、その言葉だけでアベルが言いたいことは分かった。
流石に同じ年数片思いしている同士だけあるってもんだ。
別人相手だとしても。
「違いないな……ちゃんと理解は、してるんだけどなぁ、それでも、あの時の気持ちを忘れることは、出来ないんだよ」
あの日、オレがハイネを騙したあの日がオレの中での人生の分岐点。
汚れるのも厭わずにオレの手を掴んだ優しい少女に恋をして、いつからかその優しい手を、存在を守りたいと思うようになった。
だからアダム様に拾っていただいたことには感謝しかしていない。
こうして側でハイネを守ることが出来る役目を頂けたのだから。
でも、それなのにオレは今日、ハイネに怪我をさせた。
そして守れなかったそのむしゃくしゃを自身を省みない本人にぶつけてしまった。
だからきっと、本人に謝られてもこうして心が晴れないんだ。
「まぁ……気持ちは分からないでもないけどね」
アベルはオレの私欲丸出しの弁舌に苦笑いしながらも否定することしないで、オレの隣まで来ると一緒に柵に寄りかかる。
以前ユーリの何処を好きになったのか聞いたことがある。
その時アベルは迷うことなく一目惚れだと宣言した。
声に惹かれてたどり着いた先で木にもたれかかり瞳を閉じて歌うその姿に心を奪われたのだと。
だけどことあるごとにハイネの邪魔が入るから上手くいかないと語るアベルは怒っているどころか楽しそうにしていたからおかしなやつだなとは思ったりもしたけど。
「オレよりはまだ可能性あるんじゃねーか? 身分差って言ったって惚れてるお前のほうが上なんだからそこまでの問題にもならないだろーし……」
オレの場合は相手が高嶺の花。
だけどアベルの場合は自身のほうが格段上の立場だ。
気持ちさえ通じ合えば後は簡単な気がする。
何よりアベルならその手のことも上手くやってのけるだろうし。
「まぁ、そうかもしれないけど、そう簡単には隣は受け渡してくれないだろうなぁ、君のお姫様が」
それはまぁ、とても安易に想像できる……というよりは既に今がそんな感じだ。
いつもちゃっかりユーリの隣を奪い取ってるのはハイネだ。
ハイネがいない時……まぁほとんどないんだけどその時だけはアベルが隣を占拠してる。
なんだかんだアベルはアベルでちゃっかりしてると思うし、シグナに関しては、まずはへたれを直して出直してこいと言うしかない。
自分の気持ちを隠すことをしない二人を相手取ってあの奥手では勝率はほぼゼロだとさえ思っている。
最近はショゲナなんて汚名も着せられていたしそろそろ頑張れ、お前も。
恐らく部屋にいるシグナに一応心のなかでエールは送る。
アベルも言ったがもしユーリがハイネを選ばなければ、もしかしたら、万にひとつの可能性でもあるかもしれない。
まぁ、天文学的な確率でありえないし、そもそもユーリが誰をどう思っているのか分からないからこの話はなかなか進展してはいかない。
アベルとユーリの熱烈なアピールにも気付いているのか怪しいところだ。
「……そうだろうなー、でも」
「でも?」
「譲らないよ、ハイネ・リューデスハイムの騎士としての隣だけは、ユーリにも、誰にも、オレは……ハイネの物だから」
そう、将来隣にオレがいるならそれに越したことはないがいれなくても、騎士としての隣だけは誰にも明け渡す気は更々無い。
オレが死ぬ最後まで、死んだ後ですら、オレはハイネの道具でありたい。
きっとこれは、依存とかそういう言葉を使うのが一番的確だと思う。
ハイネの手を掴んだあの日から、オレはハイネの物で、ハイネの盾で、ハイネの刃なのだ。
「怖いぐらいに一途だね、そこまで来ると盲信的と言ってもいいくらいだ」
だから笑いながらアベルが言った盲信的という言葉も存外的はずれではない。
「……今日のことで、嫌という程分からせられたからっていうのもあるけどな」
ハイネに怪我をさせてしまったことには心のそこから後悔した。
ハイネが傷跡や自身のことに無頓着なことに腹は立った。
だけどララ様の言うようにそれ以上に、その場にいてお守りできなかったことが一番悔しいところだった。
「それだけの想いがあるなら、私がユーリを落とせた暁には君にも、きっとワンチャンあるんじゃないか? まぁそれまでにあのお転婆姫がどれだけ無茶して怪我するか、それはそれで気が気じゃないだろうけど」
「大丈夫だ」
アベルの心配そうな声にオレは迷うことなく答える。
「次は、絶対にオレが守るから」
同じことはもう起こさせない。
オレはもっと強くなる、強くなって、ハイネが言っていたようにハイネの身体にも、心にも、傷をつけさせない最強の魔法騎士になるから。
だから、大丈夫だ。
最強の幼馴染みとハイネは呼んだけど、それは頭のなかでも変に意識してしまうからあえて使うことはしなかった。
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