第45話 ギンリンソウを求めて
グリジネ集落での交渉はきわめてスムーズに進みます。
トキトがグーグー族の依頼を受けたのが幸いしました。
集落でいちばん大きな家が村長の家です。部屋が三室と大きな台所。これも集落では最大のようです。三つの家をひとつにつなげた長屋の作り方になっています。
ニマティが「ここに移ってきたばかりのときは、この家で住人四十人ほど、ともに過ごしたのさ」と教えてくれました。
パルミが気の毒そうに言います。
「あの、さ……ツチュのアリンゴたちに井戸の木を奪われたせいで、そんなに人が減っちゃったの?」
ニマティは手をさっと振って否定します。
「違うよ、ばらけたんだ。井戸の木がなければ大人数では生きられないからね。ケルシーでグーグー族以外と暮らすことを選んだ村人がほとんど。グーグーの暮らしを続けることを選んだ少数が、ここで暮らしているんだ」
「そうなんだねぃ……。たいへんだけど、生き延びられてよかったって思う」
そう言うパルミに、ニマティはお礼を言います。
「俺たちのこと、考えてくれてありがとう、パルミさん」
わざわざ名前を呼んで、少し熱がこもった口調でした。
村長の家が客人を招く場所を兼ねているのでした。シルミラと同様です。
四人が村長の家に通されると、主だった村の男女が集まってきます。十人ほどです。若者はニマティと、彼とともにルシアの護衛をしていた者たち三人だけでした。
ネリエベートを中心にあらためて村長と村人たちに
村長は女性で、大柄な老婆でした。彼女はニマティを世話係に任命します。
「ニマティよ、ご縁があったのはお前だ。客人にできるかぎりの礼を尽くしなさい」
「はい、母さん」
血縁ではあるものの、実母ではないのだそうです。小さな集落で、村長は大人たちから『母さん』と呼ばれているのでした。
ニマティはウインの症状を聞いてすぐに教えてくれました。
「なるほど。草が秋の花粉を飛ばしている。花粉のせいでメヌシュンの大暴れの症状が出る人もまれにいる。昨日までなんともなかったなら、原因はそれだよ」
ひとまず原因がわかりました。トキトが「聞こえてた?」とポンロボ・ホンに言うと、アスミチから「完全ばっちり! 覚えたよ。花粉だったら魔法で対処できる。よかった」との返事でした。
さらにニマティは村長と大人たちに許可を求めてから、特効薬も教えてくれました。
「ギンリンソウがよく効く。群生地の洞窟を教えてもいい」
ギンリンソウは銀色の
「けれど、今俺たちはギンリンソウを持っていないし、採取に行くこともできない。そこは、俺たちの部族の薬草師の女が見つけた場所でな。彼女以外は入ったことがなかったんだ。でもギンリンソウを取りに行った日、帰らなかった。彼女を捜索に行った者も見つけられない。グリジネ集落では、立ち入らないことに決めているんだ。これ以上一人も犠牲にできないからな」
トキトが危険のことを気にします。まっさきに仲間の命を考えるトキトです。
「どんな理由で帰ってこなかったんだ? 危険があるってことだよな」
「わからない。危険なモンスターはあたりにいないんだ。だが洞窟は深いところにある。ロープで大人の背丈の十倍以上も地下に降りる。前は彼女が一人で行っても帰ってこられたんだ……」
パルミが推測を口にします。
「モンスターじゃないんならさ、地下っしょ? ガスが溜まってたとか、中で穴にでも落ちて動けなくなったとか……ありそうなんだけど?」
「グリジネの人間も、たぶんそういう原因なんだろうと思ってる。ただ、危険が推し量れないところに人数をやって、万が一のことがあったら、集落の人手が足りなくなってしまうんだ」
グリジネ集落はあまりに規模が小さいので、一人ひとりの役割が大きいものと思われました。
「うぎぎ、もどかしいじゃん……原因くらいわからないと、薬草師さんも浮かばれないっちゅーか……いや生きてるかもしんないなら、助けを待ってるかもだし」
ネリエベートが二人のあいだにたちます。
「群れの動物と同じね。ウファルクも、平原の遠吠えには答えるが、谷底の悲鳴には耳塞ぐ。手を出すべきではない危険には、近寄らない。そうすることで群れを守る」
と、グリジネに寄り添う言い方をしました。そこでネリエベートはトキトを見ます。
「でも、今はグリジネにはいい客人が現れたよね。ガスがあっても風魔法で防げる。深い洞窟にも勇敢に飛びこんでいける。そんな狩人で戦士の若者が、いるから」
パルミにもニマティにも、言いたいことはわかりました。トキト、パルミ、ネリエベートが洞窟を調べてくるという意味です。
トキトが胸をどん、と叩きます。
「俺は、やれる」
ニマティが申し訳なさそうに言います。
「パルミさんが希望を持った言い方をしてくれたのに申し訳ないが、何年も前に行方不明になった村の薬草師は、生きている可能性はない。だから、捜索はしなくていい。危険があったらすぐに戻ってくれ」
聞いていた村長の老婆が、口を開きます。
「ニマティや、それでは失礼にあたるよ。ツチュたちの塔に登って女王の部屋まで入って帰ってきた人たちだ」
「そ、そうだった。では、洞窟の場所を教えるよ。集落の外に出て、丘を登ろうか」
ニマティについて、トキトたちはグリジネ集落を出ました。
ダッハ荒野はどこもでこぼこの多い土地です。ここでも丘がたくさんあり、その一つを登ります。
「俺たちの集落では、金になる植物は見つけた者が採取の権利を持つ。場所は村人に教えるが、採取は見つけた当人だけがしていたんだ。だから洞窟の中のことは誰も知らない。ギンリンソウは、おしいけどさ」
移動がてら、ニマティは語ります。
「売れば、イェットガかケルシーあたりにじゃあ、ギンリンソウはいい金になるとわかっているが……」
惜しいと思っている口ぶりです。パルミが疑問をはさみます。
「ルシアさんの依頼も、危険ってわかってて受けたんっしょ? お金、そんなに必要?」
あけすけな質問でした。けれどニマティは不快を表したりしませんでした。アリバベルに入ってくれと頼んだ立場ですから、そこまで踏み込んだ質問くらいされて当然と思っていたようです。
「ここは、水を買わなければいけない集落だからな。ため池なんかも作ってはいるが、渇水の危機はいつもそばにある。近隣の集落で水を買って、折りたたみ風呂敷で運んできているのさ」
今度はトキトが話します。
「折りたたみ風呂敷は便利だもんな。水も重さを感じずに運べるし。んでもさ、井戸の木の水、お金を払わなくてもゆずってくれそうだけど? イェットガでも俺たち無料で水もらって飲んだし。あ、甘いドリンクはお金払ったけど」
これにはニマティは真面目に答えました。
「無料でいいと言ってくれることも多い。だが、母さんの知恵なのさ」
そして指を立てて、腰を少し前に曲げて、言います。おそらく「母さん」の真似なのでしょう。
「『いいか、ただでもらったら、困った時ほどかんたんに切り捨てられる憂き目の予約をしたようなもんだ。いわく、あいつらいつもタダでたかってムカついていたんだ、ってね!』。まあ、人生経験なんだろうな」
母さんと呼んでいますが、村長の年齢はニマティの祖母か、さらにそれより上に見えました。何十年も生きて、体験したり見聞きしたことが教訓になっているのでしょう。
パルミが答えます。
「ま、わかるわなー。タダでいいよ、って本心から言っていても、あんまり当たり前にされるとだんだん、もっと感謝してほしいって思うようになるかも?」
ニマティはうなずきます。村長の教えの続きを話しました。
「 『逆をやるんだよ。支払いを必ずするんだ。相手がこんなことにお金をもらって申し訳ないと思うくらいに、だよ。こっちが困った時、相手は恩返しの好機と思う。水を高く売りつけたぶん、お返ししたいって思うものだ! その機会を買うんだ。わかったね、せこせこするんじゃないよ、貧しい村の生きる道を間違うな』だ。子どもの頃、ここに住んでから水を買いにいくたびに、言い聞かされたよ」
パルミが「ふむふむー。そーゆーものよねん」とうなずいています。
トキトも感心します。村長が道理をわきまえた人だと思ったのです。
「おー、わかるぜ。そりゃ賢いな。うちの知恵袋みたいなことを言うんだな、村長。さっすが年の功だぜ」
この言葉を聞いてニマティが見たのは、ネリエベートの顔でした。知恵袋と聞いて年長者がそうだろうと思うのは当然でした。けれども、トキトが言ったのはバノのことです。
「わっ、私は、薬草師ってだけで、知恵袋なんていうがらじゃないの。この冒険者の子たちに、もうちょっと年上の賢い子がいるの。うん、今の村長の言葉みたいなことをたしかに言いそうな子だよね」
「そうでしたか。さすが腕の立つ冒険者の人たちだな」
と、ニマティは納得しています。
ともあれ、丘を登りきり、ギンリンソウの洞窟の方角や距離を教えてくれました。
「目印の地形もくわしく言ってくれて、迷う心配はなさそーだねぃ」
パルミが言うと、ネリエベートが、ジョークを返します。
「私の夫だったら、それでも迷う! うん、きっと迷うわね」
トキトとパルミは笑います。
「うっは、そうかもなー。ウーキラは迷うかもだ」
「うっかりウーキラだもんにぇー」
こうしてウーキラの話題で楽しそうにすると、ネリエベートがほんとうにうれしそうな笑顔を見せることに、二人は気づいていました。
グリジネ集落に戻ってきました。
ここで引き上げて、あらためて探検チームを組んで洞窟へ向かうことになります。ネリエベートがトキトに言います。
「距離から言っても、明日になるよね? あらためて明日、洞窟探検チームを編成するのがいいと思うよ、トキト」
「だよな。ガスとかの危険もあるなら、魔法が達者なメンバーがいたほうがいいし」
「魔力で言えばウインちゃんとカヒっちが多いけど、こーゆーときは解毒とかの器用なことができるメンツがほしいよね? んじゃ、バノっちかアスっちが絶対に必要ってことかにゃー」
ともあれ、今日ここで決めることではなさそうです。
そこでカヒに頼まれていたことをパルミが思い出します。
「うにゃん、そーだ! ここで言い出すのがいいよね。あのさー、ニマっちー。グッド・ニュースがあるんだけどね?」
カヒから頼まれていた内容を切り出すパルミ。唇が三日月みたいにへんな笑いの形です。いたずらっぽいパルミらしい笑顔。でもよその人からはちょっと不気味に思えたかもしれませんね。
パルミは風呂敷から、木の苗を取り出します。
ニマティはおどろきに目を見開きました。そしてすぐに大声を出します。
「母さん! いや、声の届くところにいる者はみな来てくれ! パルミさんが、この客人が、ムアブ・トリチェラの苗木を!」
パルミは、苗木をこのグリジネ集落に置いてくるつもりでいました。カヒに頼まれていたのはこのことです。
もとはギシャーン・ツチュが取り付いて食い荒らした、彼らの木なのです。そのひこばえが、この苗木になったのです。
カヒがパルミに風呂敷を渡す時に言っていました。
「わたしが、この苗木をグーグー族に返したいんだ。パルミ、お願いしていい?」
だからお礼の金品を受け取るつもりではなかったのです。
しかし、ニマティも、村長も、対価を支払って買うと言ってききません。
さきほどの話と同じ理屈なのでしょう。心が清らかなだけではないのです。「ただでもらったものは、ただで返せと言われかねない」という知恵が働いているのです。
こういう考え方が得意なバノとしばらく旅をしてきたこともあり、善意の話だけではないのだと全員がなんとなく、わかります。
パルミは仲間の中では、条件の対称性への理解が深く、このことをしっかり理解します。
「うん。わかった。対価をもらうね。でもギンリンソウの情報で半分はもらっちったと感じてるから、そっちの考える半分くらいの対価でいいよん。ね、ネリエっぴ、いいでしょ?」
「うん。パルミのいいようにしてくれればいいよ」
と許可も下りました。
このことは旅の助けにつながることになります。
パルミは「できれば貴金属か、情報か」と条件を示しました。貴金属があればドンキー・タンディリーの修復が早まるし、情報は生き延びるために必要だからです。トキトもそれが正しい判断だと思って口出ししません。ポンロボ・ホンでも、思念でもほかの仲間から意見はでませんでした。
ニマティは、貴金属の情報という対価を示してくれました。
「貴金属なら、この集落にはないが、最新の遺跡に金属の光を見たという者がいる」
遺跡の発見者が呼ばれます。
その者はニマティより年下で、成長魔法を使ったトキトより少しだけ年上という感じの若者の男性でした。彼の言うところでは、岩盤流動でごく最近になって地表に顔を出した遺跡があるのだそうです。
ここのグーグー族はソーホ組合に属している者がいません。だからソーホ組合もつかんでいない情報の可能性があるのだそうです。
「わかりづらいところです。だから、目印になる山脈の山並みの重なり方で俺は覚えています」
地面に棒で大きく二つの山脈を描きました。東のカシジャ山脈と、西のキトセト山脈なのでしょう。そこの目立つ峰を大きく描いて、名前を告げ、どのように重なるかも言いました。トキトとパルミ、ハートタマにはさっぱりわからない情報でしたが、ネリエベートが理解しています。心配いりませんでした。
「あとで、地図と照らして、記録しておきましょうか。貴金属が見つかってドンの材料になるなら、私も協力したいから」
と、ネリエベートは地図に落としこむ作業を約束してくれました。
これで新しい遺跡ダンジョンの場所も、確定できることになりました。
「井戸の木ムアブ・トリチェラが根付けば、水の問題は早晩、解決する。だから金目のものは持っていってもらえって。母さんが」
と、奥からニマティが持ってきたのは大きな木箱でした。
ネリエベートが言います。
「いいの? 水を買うときの対価として保管しているのでしょう?」
「だからさ、その水を買う必要が何か月かでなくなるんだって。ここいらに伏流水があることはわかってるんだ。場所取りも、ずいぶん前からしてある。あとは仲間のグーグー族から苗木をゆずってもらうの待ちだったんだよ」
そこでパルミが思い出します。
「仲間のグーグー族っちゅーたらさあ! あれじゃん、それそろダイバイ・バイザールが開かれるわけじゃん? このお宝を持ってバイザールにいって井戸の木をさがすでござーる、の算段だったんじゃないのん? どーなん、ニマっち」
ニマっちは、「ニマっち」とパルミに言われるのがうれしいようです。だらしなくでろりと目尻が下がってしまいました。
「じつはそれなんだよー、パルミさんはすぐわかるんだね。頭のいい人なんだな」
「ぶひゃ、ほめてもなにも出ないよーん。つか、ありりり? なんかいい感じのずっしりした材木? こっちは木の化石? よさげな材料が、箱に入ってるじゃん……」
パルミは箱の中身に引き付けられたようです。手にとっていいとニマティが言ったので、パルミは持ち上げて家屋の入口の陽光にかざしたり、たしかめます。
「きっとあれだね、シルミラで西のほうじゃないと仕入れられないって言った木材かもね……グジャグジャ材木とかゆーやつ」
パルミの言葉に、ネリエベートが反応します。たしかに間違っていないようです。
「グジャス
その言い方は、ジアトクやウーキラがいた時間を大昔と言って受け止めているものでした。パルミもトキトも、そしてヒトではないハートタマさえも、胸の奥に重く響くものがありました。
ニマティもなにかの雰囲気を感じ取ったようです。
「グジャス木で合ってる。石みたいに硬くてぴかぴかしてるのは、マウパーツの
せっかくの勧めです。パルミは興味がわいたので、選びたいと思いました。グリジネ集落に損害を与えるようなものではないことを確認して、ネリエベートとトキトの許可も得て、「じゃあ、もらおうか……な?」と控えめに言ったのでした。
ニマティが布にくるんで渡してくれました。そのときほんのわずかにニマティが指をすぼめてパルミの手に触れました。パルミは気づかないふりをして、受け取り、
「あんがとね! ニマっち」と笑顔を作りました。
あとはトキトの視界をハートタマがバノに伝達して、鉱物や希少な生き物の部位を選びます。ネリエベートは植物に対してはバノより詳しいので、怒りを鎮めるのに役立ちそうな木の皮や草の根を選びました。
ニマティは、洞窟の場所をくわしく教えてくれましたが、ついてくることはないと断言しました。村で定めたことを守るそうです。
「くり返しになってごめん。けど、ほんとうのことさ。若者一人ひとりの労働力が、今のグリジネ集落には欠かせないんだ。俺が万が一帰らなかったら、たいへんなんだ」
とてもよく理解できる話です。アリバベルへのルシアの護衛でさえ、ほんとうなら依頼をされても受けたくないものだったことでしょう。デタンの情報はあっても、あれほどの戦争のまっただ中とは知らなかったそうです。
グリジネ集落を立ち去ります。
野営地までの帰り道、トキトがつぶやきました。
「アリバベルんとき、ニマティたち三人が鼻水噴きながら必死で逃げてたけど。自分の命が惜しいだけじゃなかったんだな。シルミラよりさらに小さい村。井戸の木もない。若者一人がいないだけで苦労がすげー増えちまうもんな」
パルミも思い出します。彼女はその場にいたわけではありませんが、ベッカーの中で視覚も共有していました。
「それなのにさ、トキトっちたちもいっしょに逃がそうとしてハヤガケドリに乗せようとしてくれたじゃん? シルミラの人たちとおんなじだよねー。やさしい人たちだねぃ」
そのあと、ぽつりとつぶやきました。
「あたし、ニマっちにもっとやさしくしてやればよかったかも」
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